第十話

「れおん」

「……」

「れおん」

「……」


 マリーはレイラから一瞬遅れて気がつき、何度もレオンの名前を呼ぶが、彼はまるで聞こえていないかのように全く反応しない。


 僕が……、僕がまもるんだ……。僕が……!


 レオンの意識はもはや現在にはなく、ただ見ている事しか出来なかった、あのときの『セイバー1』のコクピット内にいた。


 わたしでは、どうにもできないな……。


 その景色をのぞき見ると共に、レオンが内に押さえ込んでいる、激しく渦を巻く感情をマリーは感じ取った。


 それは、理不尽さへの怒りと嘆きと悲しみと、


 終わらせない…… 終わらせるもんか……。


 妹の運命を最悪の終わりへと導いてしまった、自分の選択への強い後悔だった。


 激しくきしんで悲鳴を上げる、レオンの心を救おうとマリーは思案する。


 確実な方法である、ヘルメットの通信機の電源スイッチを入れるには、駆動中は外れないようになっているシートベルトのせいで明らかに手が届かない。


 マリーが拒絶すれば『フレイム』は止まるが、当然、自分もレオンも最悪死ぬため、それは選択肢の1つですらない。


 これが、はっぽうふさがり、か。


 完全にお手上げとなったマリーの頭に、ある方法が、誰かが助言してくれたかの様に思い浮かんだ。


 普段から眠たげなその目を見開いたマリーは、


「落ち着いて下さい兄様。私はここにおります」


 レオンの過去の記憶をのぞいたときに聞いた、セレナの声を真似まねてそう言った。


「――ッ」


 ビクリ、と大きく震え、息を呑んだレオンは、意識が過去から現在に戻ってきた。


「れおん。つうしんきれてるぞ。いいのか?」


 マリーは1つ息を吐いて、完全にいつも通りの様子でレオンに訊ねた。


「へっ? ……ああ、いつの間に」


 わずかに動きが鈍ったのを見て、『シュヴェールト』は剣で突きを繰り出し、それをバックフリップで避けながら、耳の上辺りにある通信機のスイッチを押した。


「レオン!」


 その数秒後に、レイラから慌ただしい様子で通信が入った。


「どうしたんだい? そんなに慌てて」


 レイラが大声を出すことはあまりないので、レオンは目をパチクリしながらそう訊く。


「ああ、良かった……」


 レオンがいつもの様子で話すので、レイラは胸をなで下ろして大きく息を吐く。


 その反応で、自分が冷静さを失っていた事に気がついて、


「すまないレイラ。心配かけたね」


 もう大丈夫だ、と言って通信を終えると、横向き走りしつつ相手の足元へ砲撃を加える。


 今度は狙って攻撃を外すようになり、動きの無駄と相手のコクピットへの危険が無くなった。


 相手からの砲撃をバックステップで躱した『フレイム』は、河に架かるやや小さめの橋を踏み抜いて、少し左脚がガクッとなりすきが出来た。


 それはレオンの演技なのだが、『シュヴェールト』のパイロットは、これ幸いとばかりに下段に剣を構えて、『フレイム』へと斬りかかる。


 『フレイム』は武器をブレードモードに切り替え中段に構えると、その左下からの斬撃を受ける。


 その後、勢いを利用して2歩ほど下がり、わずかに鈍い動きで右袈裟けさに斬りかかり、『シュヴェールト』に受けさせた。


 お互いに半歩ずつ下がってから、同時に斬り込んでつばぜり合いになる。


 再び距離が空いて、相手の出方の探り合いになったところで、三国連合側に『帝国』軍司令室から、救出部隊が『共和国』の前線基地で人質を発見したとの知らせが入った。


 その他に、『共和国』軍の『レプリカ』部隊の一部が反旗を翻したことにより、『帝国』側の反転攻勢が始まった事も知らされた。


「よし。あともうひと踏ん張りだよ、君たちっ」


 オリビエは届かない相手に向けてそう言いつつ、23回目の前方投げを『デーモン』にらわせた。


 平時の彼女は、『レプリカ』パイロットの新人教育をしているのだが、とにかく楽しそうにスパルタ教育をするせいで、違う意味で非常に恐れられている。


「もう勘弁してくれ……」


 あまりの容赦のなさに、『デーモン』のパイロットは涙目になっていた。


 それから2時間後。


 3人の奮闘によって、完全に思惑通りの陽動となり、救出部隊は無事に作戦を成功させ、全員の身の安全を確保した、という知らせが入った。


 その前線基地の指揮所を制圧した部隊の部隊長は、パイロット達に向けて、もう戦う必要が無くなった事を知らせた。


 彼らはそれを聞くやいなや、全員ほぼ同時に白旗信号を出した。

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