第八話

                    *



 レオンとマリーは、『フレイム』のコクピットにて、『神機』の起動プロセスを行っていた。


 レオンはいつものパイロットスーツ姿で、マリーは『公国』制式のそれをそのまま小さくしたものに、胴体を守る軽量アーマーを追加していた。


 マリーのそれは、彼女を娘の様に溺愛できあいしているメイド長が、ごっこ遊びをしたい、というマリーのため、自らのポケットマネーで発注していたものだった。


「さてと、認証してくれよ……」


 そう祈る様に言って、レオンはプロセスの最終段階を行う。


『小さき賢者の前途に幸あらんことを』


 すると、正面モニターに古代語でそう表示され、無事にシステム起動シークエンスに入った。


「けんじゃとよぶにはまだはやいぞ」

「ん?」

「ひとりごとだ」

「そうかい?」


 あまり表情の変化が分かりにくいが、マリーは若干照れた様子を見せていた。


 モニターや操作系統などに異常が無い事を確認した後、背後の隔壁を閉じた『フレイム』は、格納庫の外へと台車で運ばれ、引き込まれた線路上で牽引けんいん車と連結する。


 そこからは、まずいつも通りの鉄道による輸送で、『帝国』国境まで3日と半日かけて移動。

 次にそこから1日かけて、『帝国』軍の拠点西部ユナイツ州都へ。

 さらに12時間かけて、『帝国』中部の南にある『帝』『共』境界線近くまで行き、防衛地点までは機体の足で移動する。


 その道中、『大連合』東部領ウェストリアスで『ライダー1』と、『帝国』軍の拠点西部ユナイツ州都で『シュトゥルム』の2機と合流、という予定になっている。

 

 『ライダー1』は、腕が上向きと横向き2対ある人型の上半身と、6本足の馬の下半身を組み合わせたような、鎧騎兵よろいきへい型の2型『神機』である。

 上向きの腕はレーザー砲2門になっていて、横向きの腕は近接武器である、赤熱ブレード二刀流のためのマニピュレーターとなっている。


 『シュトゥルム』は、ヘルムを被った直立するヒグマの様な形状をした、数ある『神機』の中でも最大クラスに重装甲な3型『神機』である。

 武器は両腕の先に付いた高周波ブレードのかぎ爪と、マニピュレーターでもある両手の掌にレーザー砲、そして、口に当たる部分に格納された実弾砲を装備している。


 レオン達を乗せた車両は、深夜に差し掛かるところで『ライダー1』のニーナ・アリエラ組と合流し、最大限の速度で東部領を一路西へ進む。


 客車の個室で、レオンは車窓を流れる、パイプがのたくっている、無骨で大規模な工業地帯の景色を少し険しい表情でボンヤリと眺めていた。


 そこは『大連合』随一の工業地帯であり、機密指定エリア内には『レプリカ』の製造や、一点物の『神機』補修パーツのみを製造する工廠こうしょうが存在する。


 ……? レイラからだ。


 すると、レオンの端末にレイラからのメッセージが届いた。


 ちなみにマリーは、見たことのない景色にはしゃぎ疲れて、アーマーを外した状態で別室にて熟睡していた。


 内容を開くと、『怒りは勘を鈍らせる。焦りは手元を狂わせる』、とたった1行だけ書かれていた。


 怒り……?


 それを見て、少し怪訝けげんな表情をしたレオンだが、


 ……ああそうか。怒っているんだな、僕は。


 彼女が送ったメッセージの真意を読み取り、自分を客観的に見てそれに気がついた。


 彼自身、先程まで気がついていなかったが、理不尽にパイロットや『聖女』の家族を奪いとらんとする、『共和国』の横暴に強い憤りを感じていた。


 レイラには、いつも助けられてばかりだな……。


 それを見事に見抜かれたレオンは少し表情を緩め、端末に保存してある、レイラと実妹と自身を収めた写真を表示した。


「いつかは、はっきりさせなきゃ、な……」


 自らへの好意がありありと伝わってくる、元部下の表情を見ながら、レオンは口元に手を当てて、罪悪感をにじませつつそう独りごちた。



                    *



 レオン達の乗る3機は予定通り、『帝』『共』境界線となっている、河口付近に三角州が発達した巨大な平原を流れる、『島国』側に流れ込む大河の『帝国』支配領域の東側地点にいた。


 『共和国』の3機との会敵までは、後1時間程といった状況だった。


 それぞれが南北方向に並んで、一定の距離を空けてスタンバイが完了したところで、


「えーっと、確かあんたが『赤い悪魔』だっけか。あ、オレはオリビエだ。よろしく」

「記録見ましたよー。いやあ、敵として会いたくないですねぇー。ちなみに私はバネッサですー」


 1番北側に陣取る『シュトゥルム』のライトル姉妹が、オープン回線を使ってレオンに話しかけてきた。


 彼女達は双子なのだが、姉のバネッサが『聖女』特有の金髪金眼の一方、妹のオリビエは黒髪に灰色の瞳なことと、髪質も真っ直ぐとモサモサで全く違う事もあり、そう見られない事が多い。


「どうもね。僕は『帝国』ではそう呼ばれているのか」

「おうよ。理由は……、なんだっけ姉貴?」

「『叡知の悪魔』の様に、いくらでも知略が湧いて出るからよー」

「おー、そうだったそうだった」

 

 普段はレオンやニーナ達と敵同士であるにも関わらず、2人とも非常に気安い調子で話している。


「疑うつもりは毛頭無いのだが、貴殿らは我々と共闘する事に拒否感はないのか?」


 そういった態度に馴染なじみがないニーナは、堅苦しい口調ではあるが、ほとんど単純な興味で姉妹に訊く。


「全然無いぜ? だって国が対立してるからって、オレらまで対立する必要ないしな」

「普段もだけど、この緊急事態ならなおさらねー」

「それを聞いて安心した。背中はまかされてもらう」


 2人の前向きな価値観を聞いて、ニーナはいくらか柔らかな声色で姉妹にそう告げる。


「まあ横だけどな」

「こーら、そういう野暮やぼなこと言わないのオリビエ」


 そんな姉妹の、サッパリとした物言いを聞いたレオンは、


 ああ、僕は本当に人としてまだまだなんだな……。


 散々悩んでいた事を内心で恥じていた。


「だいたいのにんげんはそんなものだ」

「ありがとう、マリー」

「ん」


 彼の心情を読み取ったマリーは、通信用のマイクが拾えない小さな声でそう助言した。


「では、そろそろ作戦の確認しようか」


 挨拶を済ませたところで、ニーナの呼びかけで、今回の作戦の最終確認に移った。


 それが済んだところで、『帝国』内の指令所から、通信の傍受によって人質の監禁場所を特定した、という情報が秘匿回線で伝えられた。


 傍受で得た情報は他にもあり、それは、パイロット達は中・大破による撤退さえも許されない、という非情な命令を受けている、というものだった。


「何度聞いてもなかなか厄介な話だよな。姉貴」

「普段は目の前の相手を倒せば良いだけだものねー」


 同じ国に住まう者の血も涙もない所業に、ライトル姉妹も苦々しい表情を浮かべる。


「つい先日まで、同胞だった者の悪業を見るのはさぞ心苦しかろう」


 ニーナが重々しくうなずきながら、2人へ気遣いの言葉をかけると、直接何もしてあげられないという苦悩がにじむ声で、痛み入るぜ、とオリビエは返した。


「感傷に浸るのはそこまでにして、我々はやることをやりましょう」

「ああ」

「おう」

「そうね」

「うむ」


 ニーナの後ろに座るアリエラが、決意に満ちた芯の強さを感じる声でそう言うと、各々その意見に賛同した。

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