第六話

                    *



「私ですわ。ブリュンヒルト」


 扉の前にいる立哨りっしょうにどいて貰い、エレアノールはドアをノックしつつ、中の彼女へいつもより声を張ってそう呼びかける。


 世話係のメイドもおろおろした様子で居たが、アメリアがやんわりとエレアノールに任せる様に言って引き上げさせた。


「……どうぞ」


 扉がゆっくりと開いて、グスグスと鼻をすするブリュンヒルトが顔を出した。目を赤くしている彼女の表情には、全く覇気が無かった。


 エレアノールと共に入室したアメリアは、そんなブリュンヒルトに背を向けて立つ。


「エレノア……。どうしよう……。お父様もお母様も兄上も姉上も……。みんな……」


 少しパニック気味のブリュンヒルトは、泣きじゃくりながらそう言ってエレアノールを抱きしめた。


「ひとまず好きなだけお泣きなさい」


 年に似合わない落ち着きはらった態度で、エレアノールは声を上げて泣くブリュンヒルトの背中をそっと撫でる。


 この時点で、エレアノールの家族の安否は不明であり、実は気が気ではなかったが、それを悟られない様に押さえ込んでいた。


 しばらくの間泣き続けて、ブリュンヒルトがやっと落ち着いたところで、


「今こんなことを訊くのは酷だとは思うけれど、あなたのお父上の愛した臣民と国を受け継いで、護るために立ち上がる覚悟はあって?」


 そっと彼女の身体を放し、部屋の中央にあるソファーに座らせたエレアノールは、将軍に覚悟を問う軍師の様に訊ねる。


「立ち上がる……、覚悟……?」


 鼻の頭を真っ赤にしながら、見たことのない表情をする幼なじみに、ブリュンヒルトはそう彼女の言葉を繰り返す。


「それはあるけれど……、私なんかで良いのかな……? 継承権も第4位だし、お姉様達みたいに『聖女』の紋章もないのに……」

「でもあなたは、誰よりも市井の方々と触れあってきているでしょう?」


 自信なさげに両膝を抱えるブリュンヒルトへ、だから大丈夫ですわよ、とエレアノールはニコリと笑って励ました。


「皇帝という存在は、臣民の嘆き、苦しみ、悲しみを知り、幸せや喜びを護るために尽力すべし、と皇帝陛下は仰せられておいででしたでしょう?」

「うん……」

「その点では、あなたが最もふさわしいですわよ」


 私が保証しますわよ、と言って、エレアノールは自身の胸元に手をかざす。


「ありがとう、エレノア」

「感謝など要りませんわよ。これが『聖女』の役目ですもの」


 エレアノールの導きを受け、涙を拭ったブリュンヒルトの瞳には、国を継ぐ者としての強い覇気と気高さが宿っていた。


「はい、マドックです」


 タイミングを計ったかのように、アメリアの端末にレオンから連絡が入り、会見場の準備が出来た事を知らされた。


 それを聞いて立ち上がったブリュンヒルトは、エレアノールとうなずき合って、共に会見場へと向かった。





 会見に臨んだ2人は、モニターやスピーカーの向こうに居る、『帝国』の民衆や軍人に向かって、まずブリュンヒルトは、自らがエーデルシュタイン二世として皇帝に即位し、『帝国』亡命政府の樹立を宣言した。


 続いて、エレアノールが分家の立ち位置の説明と、自身の暗殺未遂を企てた本家との決別、そして亡命政府の全面的な支持を告げた。


 半日ほどの間に、かなり無理をして『帝国』までつなげた通信は、ルザ州軍令部を皮切りに、『共和国』に付かなかったあらゆる軍組織に、亡命政府の支持を表明させた。


 『共和国』側にはジャミングで届かなかったものの、その会見から1日後、『共和国』の支配地域が領域内の西半分になったところで、その進撃がピタリと止まった。


 ジワジワとそこから『帝国』軍の反撃が始まり、3日目には、数週間前後で反乱は鎮圧に向かうだろう、という予想が『帝国』亡命政府、『大連合』、『公国』で立った。


 実際、急速に『帝国』の支配地域は拡大し、『共和国』は北部のアセル州と、西部のチェルス州のそれぞれ7割と5割、帝都を含む南部シティー州の西側3割に追いやられていた。


 しかし『共和国』政府は、あろうことか、支配地域内にいた『聖女』と『神機』パイロットの3組の家族を誘拐し、従わなければ殺す、と裏で脅して彼女らに出撃を強要した。


「なんて、ことを……」


 自室で『世界教』教会からの緊急報告を受けたレオンは、そう言ったきり絶句して歯がみをする。


 エレアノール達『帝国』の面々は、すでに屋敷の一角に設けられた亡命政府指令室で、西部ユナイツ州都の『帝国』軍総司令部とこの件について緊急協議している。


 この時点で、『帝国』側の『聖女』とパイロットの家族は全員保護されていて、またエレアノールの親族も無事が確認されていた。


 ……憤っている場合じゃないか。


 久方ぶりの怒りの感情を抑え込んだレオンは、すっくと立ち上がって、ひとまずキャクストン公の元へ向かおうとしたところで、


『『英雄』さん、ちょっとこちらに来て下さいの』


 エレアノールからそんな通信が入った。


「良いのですか?」

『この際、国が云々と言っている場合ではないでしょう?』

「確かに」


 今すぐ向かいます、と答えたレオンは、素早く軍服に着替えて足早に指令室へと向かった。

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