第二話

 ややあって。


 そんなこんなで、やっとチュロスにありつけるブリュンヒルトだが、5分の3程の長さになっていて、眉間にしわを寄せながらそれを口に運ぶ。


「あっ、美味しい……」


 シナモンが利いたさっくりとした生地と、それを包む歯触りの良いアイシングの風味に、そのしわがすっと消えて無くなった。


 ごちゃごちゃやっている間に、エレアノールも空腹を訴えたため、セレナが専属のシェフを召喚して食べ物を色々と用意してもらった。


 その結果、病室内は即席のティータイム状態になっていた。


「ほう……。これがうわさに聞く『公国』南部産の茶葉ですのね」

「いかがですか、シスター・エレアノール」

「んー。チェルス州産の高級品と比べて、味も香りも格が違いますわね。『白銀の聖女』お墨付きにしても良くってよ」

「農家の方に伝えておきますね」

 

 エレアノールがご満悦なのを見て、ほっとするセレナの横にあるベッドでは、アメリアが血を増やすために猛然とローストチキンをかっ喰らっていた。


「そうそう、『英雄』さん。私、1つ気になっている事がありますの」

「ああ、はい。どうぞ」

「前も思っていたのだけれど、ベイル中将って何者なんですの……?」


 ベイルは亡命の一件で、ありとあらゆる交渉を仲介し、中には軍部のプライドのため、一筋縄では行かない事もあったが、その全てを通してみせていた。


「あれほどの能力がありながら、方面軍指令に甘んじている事情を知りたいのですけれど」


 怪異でも見たかのような表情で、エレアノールはレオンにそう頼む。


「本人曰く、中央の飯はシケてて食えたもんじゃねえからな。がっはっは、だそうだ」

「とりあえず、つかみ所がない御仁ごじんなのは分かりましたわ……」


 言い方と動きを真似しながら、レオンがそのすっとぼけた理由を説明すると、エレアノールは目を点にして両眉を上げそう返した。


「じゃあその、私からも1つ。……あ、普通に喋ってくれて構わないわよ」


 片足を突いてひざまずこうとするレオンを制止して、堅苦しいのが嫌なのよね、と、ブリュンヒルトは続け、


「……私は、ここから先どうすべきだと思う?」


 自身の向かいに座り直したレオンへ、彼女は少し身を乗り出し、すがりつく様な表情で問う。


「……なぜ、僕に?」


 またもや歯切れの悪い口振りで、レオンは小さく首を捻る。


「あなたは、あの「地獄」と言われる戦場で、勝敗をひっくり返してしまうほどの決断力を頼りたいからよ」


 上目遣いでぎゅっと胸の前で手を握り、ブリュンヒルトはレオンの目を真っ直ぐ見つめる。


「それなら、僕より『聖女』様方に頼るの方が適任さ」


 左の肘を触りながら、申し訳なさそうにそう言うと、レオンは断りをいれて中座し、部屋から出て行ってしまった。


「レオンさ――、……マリー?」

「おねえさまでも、わたしでも、たぶんどうにもできない。だから、そっとしておいたほうがいい」


 彼の心の痛みを感じ取ったセレナが、追いかけようとするも、マリーは首を横に振って彼女の修道服の袖を握って制止する。


「ですがマリー。私達『聖女』は全ての迷える人を――」

「でもだめ」

「ですが……」

「わたしたちはきおくをのぞきこんで、かってなことをいっているだけだ。すべてをわかったつもりでいてはいけない」

「マリー……」


 じっと見据えてくる、マリーの瞳の奥から感じる強烈な気迫に気圧けおされ、セレナはなにも言えなくなってしまった。


 見た目にそぐわないその言動に、ブリュンヒルトはただただ唖然あぜんとするしかなかった。


「れおんのいちばんそばにいるひとに、まかせるのがいちばんだ」


 珍しくかなり長々としゃべったマリーは、つかれた、と言ってソファーに戻って身体を丸めると、クッションを枕に寝てしまった。


「『英雄』だの『紅い死神』と呼ばれる彼も人の子ですのね」


 それとなく話を聞いていたエレアノールは、ソファーの2人に向かって、やりきれなさそうな様子で目を伏せてそう言った。


「……エレアノール様?」


 その手から伝わる感情の揺らぎを感じ取り、食べてからすぐ寝ていたアメリアが目を覚ました。


「なにか、あったのですか?」

「いいえ。あなたが心配する事ではありませんわ」

「はあ……」

「ですから、あなたは体力の回復に務めなさいな」


 心配そうに半身を起こしたアメリアを押し戻して、布団をかけ直したエレアノールは、


「まあ、少し自分でもお考えなさいブリュンヒルト」

「分かったわ。……でも、本当に大丈夫なの、彼?」

「ええ。何しろあの方には、導く者がいつもそばにいますもの」


 以前、レオンに加護を付けようとした際に感じた、どこまでも暖かく強い力を思い出し、エレアノールは口元に笑みを浮かべ、窓の外の穏やかな空を見やった。



                    *



 1人病院そばの公園にやって来たレオンは、そこにある庭園の端に置かれた、少し色あせたベンチに座っていた。


 植え込みに隠れているので、人通りの多い通路からはそこに人がいるのは見えない。


 ねえ、セレナ。僕はね、彼女を助けたい、とは思うんだけど、どうしても踏ん切りがつかないんだ……。

 

 レオンは軍服の胸ポケットから出した、ひん曲がった実妹セレナのロザリオをてのひらにのせ、そこに宿る彼女へそう訊く。


 彼女が、お前の死と関係ないのは分かっているつもりなんだ。でも『帝国』というだけで、どうしても奥底の方から憎い、っていう感情が湧いてしまうんだ。


 セレナは当然、彼の迷いへの答えを提示してはくれず、それを取り払ってくれる言葉をかけてもくれない。


「ああ……」


 こんなことで悩むなんて、僕はつくづく『英雄』なんていう器じゃないね。


 ロザリオを強く握りしめたレオンは、覇気のない様子でため息を吐きつつうなだれる。


「おや。先客が――、って、その黄金の髪と存在感は、『赤き戦神』のレオンの旦那だんなじゃないか」

「あっ、えっ、本物ッ!?」


 足音を聞いて顔を上げたレオンは、偶然『公国』旅行に来ていた、『男爵』ジェシカとその相棒『姫』エリーナに遭遇した。

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