第四章 『神機』:亡国の皇女

第一話

 世界暦234年7ノ月の末、『帝国』の首都・帝都に潜む『大連合』諜報ちょうほう員から、軍事クーデターの発生の情報が飛び込んできた。


 その結果、現皇帝エーデルシュタイン1世とその親族が、継承権第4位の皇女ブリュンヒルト以外の死亡が確定的。

 かつ、重臣の貴族達は軒並み暗殺されるか都落ち、という惨状であった。


 あの強大な『帝国』がいともたやすく陥落したとあって、諸国首脳陣に衝撃が走った。


 それは後に、『234年『帝国』内乱』と名付けられた。


 しかもその首謀者の1人があのハミルトン家の者である、ということもあって、『世界教』教会内にまでもどよめきが広がっていた。


 名高き『白銀の聖女』エレアノール・ハミルトンが加担しているのではないか、という未確定情報が流れ、教会は火消しに追われる事となる。


 その最中、彼女とその守護者たるアメリア・マドックの乗機、『グウィール』が国境を越えて『大連合』領内に突入したとの知らせが入った。


 勿論もちろん、『大連合』南方面軍が迎撃するが、搭乗しているエレアノールが投降を宣言した事と、それを受けたベイルの提言により中止された。


 乗機への攻撃が止まると、彼女はもう1人の同乗者、皇位継承権第4位ブリュンヒルト

皇女と共に、レオンとのつながりを理由に『公国』への亡命を希望した。


「まあ、その辺りはご存じですわよね。シスター・セレナ」

「はい」


 その希望が通り、翌朝にはエレアノール、アメリア、ブリュンヒルトの3人は、『公国』キャクストン家が運営する病院の特別個室にいた。


 その室内のベッド脇で、キャクストン公の名代として来たレオンとセレナは、彼らと向かい合って、同じパイプスツールに座るエレアノールと事の経過を訊いていた。


「では、本題に入りますわね」


 パステルグリーンの病院着を着てベッドで寝ている、青い顔をしたアメリアの手をぎゅっと握って、エレアノールは姿勢を正す。


 その4人の他に室内に居るのは、レオン達の後ろで記録を取る記録係の兵士と、ベッドの手前のはす向かいに置かれたソファーセットに、亡命してきたブリュンヒルト。


 これはうまいな。いいあげぐあいだ。


 そして、レオン達の後ろで壁際にある椅子に座って、レオンに買って貰ったチュロスを両手に持つ、勝手についてきたマリーの3人だ。


「まあ何か勘違いされている様ですけれど、アレは本家の当主の暴走であって、私達分家は無関係ですの。

 むしろ、彼女もろとも殺されかけましたのよ。ねえ、ブリュンヒルトさん」

「ええ。間違いないわ」


 と、話を振られたブリュンヒルトはこくん、と頷いてそう同意した。

 シンプルな黒シフォンドレス姿の彼女は、見た感じは平然としているが、動揺が隠せない様子でスカートを握りしめていた。


「アメリアさんが無茶したおかげで、この通り何とかなりましたけれど」


 2人の私室に侵入した刺客から、エレアノールと皇女をほぼ1人で護ったアメリアだが、腹部に銃弾を受けて重傷を負ってしまう。


 すぐさまエレアノールの力で快復はしたが、彼女とその親友ブリユンヒルトの安全を確保するため、反乱勢力の『神機』と丸1日戦いつつ、ルザ州都から『大連合』まで逃げきった。


 それが原因で彼女は過労になり、『グウィール』から降りた瞬間、糸が切れた様に真後ろにバッタリと倒れ、この病院に緊急搬送される事となった。


 エレアノールもブリュンヒルトの手前、平然を装ってはいるが、『公国』への到着時にアメリアが倒れた際、最愛の人を失う恐怖で悲鳴を上げていた。


「それで、何故『公国』に亡命か、については、1番は単純に『大連合』の人々から良く思われていないからですわね。合ってますでしょう? 『英雄』さん」

「ええ。まあ、そうでしょうね……」


 エレアノール確認をとられたレオンは、彼にしては引っかかる物言いで答えた。


 他にもエレアノールとブリュンヒルトは、自分達の持ちうる情報を、お互いに曖昧あいまいな部分をフォローし合いつつ、できる限り全て伝えた。


「この位で十分ですの?」

「はい、お話ありがとうございました。……ところで、1つ良いでしょうかシスター・エレアノール」


 記録係の兵士が引き上げていってから、セレナはエレアノールにおずおずといった様子で訊ねた。

 ちなみにレオンは、マリーに呼ばれて彼女の横にしゃがんで、その話を聞いている。


「私とブリュンヒルトさんの関係、でしょう? シスター・セレナ」

「ええまあ。これは完全に興味ですが」


 その会話時の話し方が、皇女と貴族の会話にしては気安い事に、セレナは興味をそそられていた。

 

「特に面白い事はないですわよ? 単なる幼なじみ、というだけですの」

「まあ、最近は茶飲み友達ぐらいの付き合いしか無いけれどね」

「国の端同士ですもの、仕方がありませんの」

「お互い軽々しく動けない立場だしね」

「……すいません、私のせいで……」


 寂しげな感情を感じとったアメリアが目を覚まし、覇気の無い声で2人に謝る。


「アメリアさん、以前も言いましたけれど、「せいで」というのは止めなさいな」

「しかし……」

「ブリュンヒルトさんも、付き合いは長さより深さの方が大事、と言っていたでしょう?」

「はい……」


 話しながらアメリアがベッドから降りようとしたので、エレアノールは彼女を押し戻してベッドに再び寝かせた。


「まあ、あなたはゆっくり休みなさい。エレノアにこれ以上心労をかけるのは不敬よ」

「その通りですわ」


 そんなわけには、とアメリアは抵抗しようとするが、エレアノールに一喝されて大人しく寝ていることにした。


「……ところで、何か食べる物頂けない? 丸1日以上、何も食べて無くて」


 そう訊ねると同時に、グーギュル、と腹の虫が鳴いて、ブリュンヒルトは頬を赤らめた。


「くうか?」


 するとすかさず、レオンにチュロスの美味しさを語っていたマリーが、食べていない方のチュロスをブリュンヒルトへ差し出した。

 

「ま、マリー!?」


 敬意もなにもあった物ではない口振りに、セレナは仰天して慌てふためく。


「まあ! 美味しそうね」

「じっさいうまいぞ。わたしがほしょうする」

「すいません……。こういう子なんです……」

「別に良いわよ。『聖女』とはいえ、子どものやったことだもの」


 セレナはすぐさま謝罪するが、ブリュンヒルトは気にする素振りも無く、それをありがたく受け取って食べようとする。


「ブリュンヒルト様! 毒味もなしにお召し上がりになられては……」


 すると、外で待っていた『帝国』の兵士達の1人が、毒味を立てるように進言してきた。


「なに? 『聖女』が暗殺に手を貸すとでも言うの? 不敬よ」

「いえ! 滅相もございません! しかし、そのような取り決めでして……」


 忠誠心と良心の板挟みになって、泣きそうになっている護衛兵を見つつ、


「なるほど。こうぞく、というものはたいへんだな」


 マリーは一言つぶやいて、半分ほどになったチュロスをもひもひと食べ出す。


「本当にね。シスター・セレナなら分かってくださるかしら」

「ええ……」


 仕方なく、毒味のために手渡したブリュンヒルトは、むくれた様子で地方貴族とはいえ、自分と同じ跡取りのセレナへ訊くと、彼女は少し苦い顔で微笑んで同意した。

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