第三話

「やあ、2人とも。随分と久しぶりじゃないか」

「レオンの旦那のこの頃の活躍は、『自由』でも聞こえてるよ」

「どうも。ところで『男爵』、大怪我おおけがしたって聞いたけど、もう平気なのかい?」

「ああ。愛の力でこの通りピンピンしてるよ」

「ちょっ、人前だから……」


 いつもの様な朗らかな表情を作りながら、レオンは非常にを匂わせる、旧友達に気安い調子で挨拶をする。


「ぶしつけに悪いんだけど、この辺に、貨幣袋が落ちてるの見かけなかったかい?」

「いや、見てない――、ん? これかな?」


 足元に目線を移したレオンは、ベンチの真下にある古びた革袋を取り上げた。


「ああ! そんなところに!」

「助かったよレオンの旦那」


 大喜びで駆け寄って受け取ったエリーナを眺めつつ、ジェシカは満足そうに礼を言った。


「10……、11……、12……。あっ、ちょっとられてる……」

「ありゃ。まあ、幸い三等客車には乗れそうだ」

「そうね……。でも今晩は安宿か……」

素寒貧すかんぴんで野宿よりはマシさ」

「そうなんだけどねえ……」


 袋の中に入っていた銀貨半分と、金貨2枚が無くなっていて、エリーナは泣きそうな顔で深々とため息を吐いた。

 一方ジェシカは、相変わらず強引にポジティブな事を言ってフォローした。


「ところで、妙に浮かない顔だけど、何か悩み事かい? レオンの旦那」

「まあ、そんなところさ」


 自分ではしっかり隠していたつもりだったが、ジェシカにあっさりと見抜かれ、レオンは内心舌を巻いて、後頭部をポリポリとく。


「えっ、例のレイラさんとケンカでもしたの?」

「うーん、多分違うと思うなー。ボクは」


 野次やじ馬根性全開で目を輝かせているエリーナに、ジェシカはやんわりとそう言い、彼女がグイグイ行こうとするのをセーブした。


「彼女とはいつも通りだよ。……まあ、ケンカするほど会えてない、ってだけかもしれないけどね」

 

 なんとも言えない、若干引きつった笑みを浮かべるレオンは、そう言いつつベンチを2人に譲った。


「まあ、それは置いておくとして、これはもしもの話なんだけど――」


 レオンは詳細を伏せて、もし、自分の家族を戦争によって奪った国の人から助けを求められたらどうするか、と2人に訊ねる。


「ボク達、家族との関係がかなり希薄きはくなんだけど、参考になるかな?」

「ああ。そこの辺りは構わないよ」

「じゃあ答えは1つだ。その子を助けるべきだよ。国は国、人は人だしね」

「同感ね。まあ、少し複雑に思うかもしれないけれど」


 彼女達はその答えに悩むこともなく、スパッと答えを出した。


「もし、エリーナのかたきだったとしても、ボクは助けてあげるよ。――まあ、そんな事になる予定は一切無いんだけどね」


 ジェシカはエリーナの背中に腕を回して、彼女をそっと抱き寄せた。


「右に同じね。私の場合後追いするからだけど」


 冗談半分にそう言ったエリーナは、最愛の相棒を見やって小さく笑う。


「ありがとう。2人とも」

「役に立ったようで何より」


 2人の答えに背中を押され、少しスッキリした様子のレオンに、


「で、そのレイラさんとはどこまで――、んっ!?」


 エリーナは再び目を輝かせて、レイラとの関係について訊こうとするが、ジェシカに突然唇を奪われて阻止された。


「らりすんろ……、んんっ」


 彼女はレオンへ、今のうちに逃げるよう目で伝えると、彼は2人の世界を邪魔しない様に速やかに退散した。


 ダメだな……。やっぱりまだ、踏ん切りがつかないや。


 答えを得たとはいえども、動き出すにはもう一押し足りず、病室に戻ったレオンは、ブリュンヒルトにもう少し考えさせて欲しい、と言って答えを保留した。



                    *



 病院でセレナ達と分かれたレオンは、その日入っていた予定を終え、キャクストン邸内の自室に戻った。


 シャワーを浴びてラフな服装に着替えたレオンは、居間の中央部にある1人用のリクライニングソファーに、照明を点けないまま深々と腰を下ろした。


 あの2人と出会ったのは、セレナの導きだろうな……。


 セレナのロザリオを手に、じっと天井を見つめつつ、せっかくの機会を半ば無駄にした事に対する罪悪感に、レオンは喉の奥に痛みを覚えていた。


『あなたは『英雄』である前に、1人の『人間』でしょう?』

『何もかも1人で抱え込こめる程、あなたが強くない事ぐらい、私は知っています』


 そんなレオンの脳裏のうりに、泣きそうな顔で自分にそう訴えて来た、かつて自分の右腕であった部下の姿が浮かんだ。


「……もう寝てるかな?」


 サイドテーブルに置かれた、自身の通信端末を手に取ったレオンは、そう独りごちながら画面を表示させる。


 その端に表示されている時計を見ると、特に何も無ければ、レイラはもう床についている、深夜に差し掛かる時刻を指していた。


 それを見て、翌日にしようとしたところで、そのレイラ本人から着信が来た。


 君は、離れていても僕のそばにいてくれるんだね。


 無意識に小さく笑みをこぼしながら、レオンはそれに応答した。


「なっ、なななっ、なんでかけようとするんですか!?」

「気になるなら直接言えば良いからですよ! 兵士から怖い怖いって相談が何件も――」

「ええっと、切った方がいいかな?」

「あっ」

「あっ」


 わちゃわちゃと端末の取り合いをしていたレイラと、その副官サラは、間違ってレオンに通信を繋いでいたことに気がついて、2人とも画面を見上げる格好で固まった。


「やあ、こんばんはレイラ。元気そうで何よりだ」


 顔が目に見えて赤くなっていくレイラに、レオンは苦笑気味な表情でそう挨拶し、


「サラ准将もね」

「ご無沙汰ぶさたしております」


 ついでにサラにも挨拶した。


「では、頑張がんばってください少将」

「えっ、ちょっ……」


 レイラに端末を返すと、耳まで赤くなっている彼女を置いて、サラはレイラの自室から出て行った。


「なにか、僕に用があるみたいだね?」

「あっ、あのそのええっと、本当に大した用では無くてですね! いやあその実に個人的な事というか、お時間を取らせる様な事ではない無いんでしゅが……。あわわわわ……」


 手だけ謎のダンスを踊りながら、大パニックで舌をんで痛がるレイラは、


「……とりあえず、ちょっと落ち着こうか。レイラ」

「はい……」


 目を丸くするレオンからの助言を受け、端末をスタンドに立てて後ろを向き、何度か深呼吸を繰り返した。

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