第十一話

「こちら『公国』陸軍! 『公国』陸軍!」


 ちょうど『公国』領内に入り、道を塞ぐ国境警備隊の『レプリカ』から、敵機に向かってそう通信が飛んだ。

 

 自分のせいで『公国』との戦争を勃発ぼつぱつさせる訳にはいかない敵機は、慌てて狙いを素早く自国方向へ逸らした。


「貴機は『公国』領土を侵犯している! 速やかに領土から退去せよ! 繰り返す――」


 『公国』軍の警告を受けた敵機は、素早く機体を反転させて自国内へ帰っていった。


「貴機の――」

「こちら傭兵登録番号12401! 1人死にそうなの助けてええええええええ!!」


 続いて、国境警備隊がエリーナ・ジェシカ機へ傭兵の登録番号と入国目的を訊こうとしたが、エリーナはそれを遮って半べそをかきつつそう叫んだ。



                    *



 エリーナはできる限り、画面の向こうに居る基地の軍医へ、ジェシカの様態をできる限り伝えながら『公国』側の国境ゲートにたどり着いた。


「ジェシカ! 大丈夫よ! 絶対助かるから!」

「ああ……。待っててくれエリーナ……」


 ジェシカが機外に搬出されると、すぐさま輸血が開始され、そのままストレッチャーで駐屯地内にある病院の手術室へと担ぎ込まれる。


 軍医の素早くも丁寧な手術のおかげで、ジェシカは無事に命の危機を脱した。


 麻酔から覚めたジェシカは、何よりも先に目を動かしてエリーナを探し、すぐに自身の傍らで右手を握りしめて必死に祈る彼女の姿を見つけた


「いやあ、心配かけたね」


 開口一番、待ち合わせに遅れてきた彼氏の様に、ジェシカは彼女にそう言う。


「何よその言い方ぁ……っ。ひっ、人がどれだけ、心配したと思って……っ」


 エリーナは安堵あんどのあまり、鼻を真っ赤にさせて大号泣し、すぐに鼻水やら涙やらで顔がとんでもない事になった。


「おいおいエリーナ。なんて顔してるんだい? 美人が台無しじゃないか」


 いつも通りの飄々ひょうひょうとした態度で、ははっ、と苦笑しつつ、ジェシカは相棒にそう言った。


「いてて……。笑うと痛いや」

「もう……。本当に怖かったんだからぁ……」

「ごめんよ、エリーナ」

「本当に……。本当に良かった……っ」


 嗚咽を漏らすエリーナの頬に触れ、ジェシカはいとおしそうに微笑ほほえんだ。


「……ところでジェシカ、『公国』に入る前に、あなたなんか言ってなかった?」

「ああ。……聞こえてなかったのかい?」

「だって、あのときはいっぱいいっぱいだったもの」

「そうかい。なら、なおさら生きてて良かったよ」


 危ない危ない、と1つ息を吐いたジェシカは、エリーナへ顔を自分に近づけるように言い、


「君を愛してる、って言ったんだ。20年ぐらい、ずっと言えなかったけれどね」


 もう一度、最愛の人へその思いを伝え、少し頭を上げてその唇にキスをした。


「おおい! 目ぇ覚めたか『男爵』――、おっと」

「あら? お邪魔じやましちゃったわね」

「おや」


 ちょうどその瞬間に病室の引き戸が開いて、馴染なじみの傭兵が顔をのぞかせた。


「なあなあ、なんかああいう感じの童話なかったか?」

「ポジションが逆よ。ガリル」

「どうやら、我々は招かれざる客だったらしい」

「で、式はいつじゃ?」

「会場おさえとくぜ?」


 生暖かい目をする傭兵達は、そう言ったり指笛を吹いたりして、瞬間的に赤面して頭を上げたエリーナと、実に満足げに苦笑いするジェシカをからかう。


「ちょ、からかわないでよ!」


 パイプ椅子からすっくと立ち上がったエリーナは、猛ダッシュで戸を閉めに行った。

 だが、腕っ節の強い連中がつかんでいるので、いくら引っ張っても戸は微動だにしなかった。


「ああもう! 手え放しなさい!」

「あ、続きするのね。よし、閉めてやんなさーい」

「しないわよ!」


 そんなわちゃわちゃしている皆の様子を、ジェシカは愉快そうに眺めていた。



                    *



「クソが! 傭兵2人ごときも殺せないのか!」


 一方その頃、北フォレストランドの南部エリア司令官は、2人を取り逃がした、という報告を受け、足元にあったくずかごを怒りにまかせて蹴飛ばした。

 軽い金属製のそれはそのまま壁にぶつかり、上部が少し変形して床に転がった。


「警察に連中を指名手配する様言え!」


 報告に来た兵士は、はっ、と返事をして敬礼すると、足早に出ていった。


 怒りが収まらない司令官が、部屋の中を右往左往していると、


「動くな! 南部エリア憲兵だ!」


 そんな鋭い声と共に出入り口が乱暴に開かれ、武装した憲兵隊十数名が突入してきて彼に銃口を向けた。


「貴殿には軍規違反の疑いがある。武器を捨てて大人しくしろ」


 その中央に居る長身の女性指揮官が、白い紙の令状を突きつけて司令官へそう告げる。


「何を言っている! 私にそのようないわれはないぞ!」

「ほう? 『聖女』を家族を皆殺しにして他国から誘拐し、挙げ句、あの忌々いまいましい『生体コントロールユニット』にせよ、と命令した事に覚えがない、と」

「当たり前だ! なんの証拠があって――」


 しらばっくれる司令官の視界に、怒り心頭、といった様子のアルテミスと、冷たい目で上司を見る副官の姿が映った。その周りには、盾を持った護衛兵が控えている。


「私達が証拠です」

「なあっ!? 大佐貴様裏切ったな!」

「裏切ったなんて人聞きの悪い。私は自らの正義に従っただけの事です」

「ふざけるな貴様! 誰のおかげでそこまで出世したとっ!」


 ヤケクソになった司令官は、アルテミス達めがけて懐の銃を抜いてはなとうとしたが、憲兵隊の指揮官の銃撃で弾き飛ばされた。


「私の両親を奪って誘拐しただけでなく、命の恩人までおとしめようとした挙げ句、私を脅した上に殺そうとしたあなたを私は軽蔑けいべつします」


 一切の慈悲のない言葉を司令官にぶつけ、アルテミスは大佐と共にその場を後にした。


 アルテミスは、司令官が独断で紛れ込ませていた特殊部隊員により、戦闘の混乱に乗じて北フォレストランドに誘拐されていた。


「と、いうわけだ。連行しろ」


 完全に手詰まりな事を察した司令官は、膝を突いてがっくりとうなだれた。




「ふう……」


 どっと気疲れしたアルテミスは、憲兵が守りを固める一室に戻ると、ソファーに座って脱力する。


 エリーナとジェシカが門を突破した頃、今と同じ部屋にいたアルテミスは、突然やって来た副官から2人の危機を知らされた。


 彼は長年、司令官の副官を務めていて、数年前から彼の挙動に不信感を抱き始め、ひそかに調べ上げていた。

 その結果、アルテミスを含めた数名の経歴に、偽装の疑いがあると分かった。そこで教会を通して、『大連合』に行方不明者の確認を取ったところ、それは確定になった。


 アルテミスを保護して確証を得られれば、すぐにでも検挙、というところで一連の騒動が発生したのだった。


 ……お二人は、無事に逃げられたのでしょうか……。


 アルテミスは自分を助けてくれた、愉快な2人組の無事を願い、祈っているとドアがノックされた。


「失礼致します」


 どうそ、とアルテミスが言うと、先程の憲兵の指揮官と『世界教』教会の職員が中に入ってきた。


 その職員は、調査協力をした『大連合』のレイラ・シュルツ少将の提案で、希望する者を生まれ故郷に帰国させる、という話があるがどうしたいか、とアルテミスに訊いてきた。


「ぜひお願いします」


 彼女は迷うことなくその提案をのみ、


「……私は、この国には必要なさそうですし」


 そう自嘲的な言葉を続けたが、その表情はどことなく晴れやかだった。


「それはそれとして、私の恩人のお2人はご無事なのでしょうか?」

「ご心配なく。傭兵『男爵』のジェシカと『姫』のエリーナは無事、と『公国』側からの回答を得ています」


 アルテミスの疑問に対して、指揮官はすぐさまそう返答した。


「良かった……」


 それを聞いたアルテミスは、深々と安堵あんどのため息を吐きながら、少し潤んだ目をして胸元のロザリオを握りながらそう言った。

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