第十話

「ど、どうするの……?」


 エリーナはドローンカメラを撤収させ、念のため機体を少し後退させつつ、ジェシカにそう訊ねる。


「ごめん……、少し待ってくれ……。う……っ」


 麻酔がだんだんと解けてきて、ジェシカの身体に疼痛とうつうが走り始めた。


「ジェシカっ! もの凄く顔色悪いじゃないの!」


 異変を感じて振り返ったエリーナが目にしたのは、再び患部から出血が始まり、青い顔で痛みにあえぐ頼れる相棒の姿だった。


「大、丈夫……。大し、た事……、は……」

「どう見てもあるじゃない!」


 いくらやせ我慢をしていても、危険な状態になりつつある事を隠せなくなっていた。


「あはは……、バレちゃったか……」


 自分の目の前に慌ててやって来たエリーナに、ジェシカは荒い息でイタズラっぽく笑って言う。


「エリーナ……。どうやらもう……、ボクはこれまでの様だ……」

「そんな事言わないで! まだきっとまだ何とか……」

「ならないね……。もう、2人で一緒に、という策はない……」

「一緒に、って……?」


 ジェシカが次に何を言わんとするか、何となく察しのついた様子のエリーナへ、


「ああ。――ボクがおとりになるから、君は何とかして逃げてくれ」


 彼女は妙に穏やかな表情でそう告げた。


「そんなの嫌よ! あなたと一緒に居られないなんて!」

「ボクも嫌だよ。でも……、このままじゃ……、2人とも間違いなく死ぬ……」


 ジェシカの顔色はさらに悪化し、話しているのさえも徐々に辛くなっていた。


「ひっ、1人で残されるよりはそっちがよっぽど――」

「マシだって? ……冗談じゃない! 君を道連れになんて出来るかっ!」


 ボロボロ涙を流しながら、共に死ぬことを選ぼうとするエリーナを、ジェシカは怒りを露わにして一喝した。

 彼女がエリーナへ声を荒げたのは、2人が出会ってから初めての事だった。


「だから頼むよ……。最期まで君をまもらせてくれ……」


 だがその怒気はすぐに霧散し、いつもと同じ様に優しい声で、ジェシカはエリーナへ懇願こんがんする。


「……本当に、そうするしかないの……?」

「ああ……。これしか……、ないよ……」


 さあ降りるんだ、と、ジェシカはいとおしげに、エリーナのほほを伝う涙を指で拭った。


 そんなときだった。


「やっぱりここに居たわね」

「おい『男爵』! 生きてっか!」

「助太刀に来たぞ」


 2人の機体の個別回線に、聞き馴染なじみのある声が次々と届いたのは。


「えっ、どうして……っ!?」

「北フォレストランド軍が、あなた達が人攫さらいしたって話をばらまいててね」

「おめーらがんなことしねえってのは、傭兵おれらの間じゃ常識だろ?」

「細かい話は後だ。さっさと関所破りして、『男爵』を病院に送ってやろうじゃないか」


 2人が目を見開いて来た道の方を見やると、『白影』シャーロット、『大猪』ガリル、『鷹の目』ジョニー、といった、いずれも二つ名持ちの傭兵9人の機体が、峠の道に列をなしていた。


「ありがとう……、皆……」


 その光景を見て、ジェシカは感極まった様子で、やや弱々しい声で彼らへそう言う。


「良いって事よ。困ったときはお互い様だしな!」


 ジェシカへそう言ったガリルは、ガハハ、と豪快に笑った後、


「よっしゃ! 行くぞテメエら!」


 音割れ寸前の音量でかけ声を上げ、それに続いて威勢の良い答えが返ってきた。



                    *


 

 坂道を下ってきた傭兵達の機体を認識した兵士達は、来ても1機、と思っていたため、激しく動揺を見せていた。


「おいおい……。1機って話だったろ!?」

「7、8、9……。10機居るじゃねえか!」

「うろたえるな! 数はこっちが上なん――」

「オラあああああああ! どけどけええええええええ!」


 そんな兵士達めがけて、極太の弾をばらまきながらガリルが突撃してきた。その後ろにシャーロットを含めた、近接装備の機体が翼状陣形になって続く。


 ばらまかれた弾で迫撃砲はほぼ全部スクラップになり、前の方にいた敵の『レプリカ』は、ガリル自慢のパイルバンカーの餌食になった。

 馬力で吹っ飛ばされたり、装甲を見るも無惨にベコベコにされたりして、戦闘開始3分で6機が大破した。


「くっそ! 何なんだあのバケモノ……ッ!」

「ありゃ『大猪』のガリルだ! 俺達じゃ相手にならん!」

「『餓狼』も居るじゃねーか!」

「クソッ。一旦下がって体勢を……」


 そんな格の違う相手達に恐れをなし、退こうとした後方9機の内、


「どこを見ているのかな?」

「ヒッ!? 『白影』だああああ!!」


 右サイドの5機がシャーロットによって、次々と背後から小口径高出力の砲撃を喰らわせられ、コアを貫かれて沈黙した。


「総員出撃せよ! 繰り返す! 総員出撃せよ!」


 直前まで余裕をぶっこいていた現場指揮官が、慌てふためきつつ門扉左脇にある格納庫のパイロット達へそう指示する。


「複数つってもたかが傭兵だろ?」

「警備に出てた連中、もう半滅とかどんだけ下手くそなんだよ全く」

「さーて、マヌケ共のために一肌脱ぎま――」


 彼らはそんな風に話しながら、岩壁の一部に偽装された格納庫から出た途端、先程の地点にいるジョニー達の狙撃によって一撃で大破させられた。

 位置がそれで割れた格納庫は、ガリルの砲撃とジョニー達の狙撃で入り口を破壊された。


「よっしゃ仕上げだ! 『姫』来い!」

「ええ!」


 敵機が居なくなったところで、ガリルは前線と狙撃班の中間地点で待機していたエリーナ達を呼んだ。


 エリーナは前に護衛の3機をつれて、全速前進で門扉へと突き進む。


「こんちわーっ!」


 それを見て扉に取り付いたガリルは、楽しげにそう叫ぶと、パイルバンカーとコアの馬力で『レプリカ』より少し高い門扉を破壊した。


「そーらもういっちょ!」


 勢いそのままに、その奥にある『公国』側の門扉も同じ様にぶっ壊すと、脇にそれて遅れて突っ込んできたエリーナ達の機体に道を譲る。


「今度なんかお礼するわ! ありがとう!」

「相棒死なすんじゃねえぞ!」


 『公国』側を守る機体と交戦を開始した、後ろのガリル達にそう通信を飛ばし、緩やかな下り坂をできる限りの速度で下る。


「ジェシカ頑張って! もう少しで『公国』よ! 絶対助かるわ!」

「あ、ああ……」


 砲撃手席に力なく座るジェシカが、自分を必死に励ますエリーナにそう返したとき、


「うっそ伏兵ッ!?」


 左右の茂みから、北フォレストランド軍機が1機ずつ飛び出してきて、エリーナ達の機体をロックオンしつつ追尾し始めた。


「ぐう……。エリーナは……、ボクが護る……ッ!」


 とても砲撃など出来る状態ではないのにも関わらず、ジェシカは気合いだけで敵機に狙いを付けてビーム弾を放った。


 片方には命中させたが、狙いが甘かったもう片方には、あっさりと避けられてしまった。


「もう一度……」


 第2射を放とうとしたが、血が足りないせいで力が入らず、砲身を動かすジョイスティックから手を放してしまった。


「ああ……」


 激しく鳴り響く警報音の中、真っ直ぐこちらを向いた敵機の砲身の奥に見える、青いビームの光を呆然ぼうぜんと見るしかジェシカには出来ない。


「――エリーナ。愛しているよ」


 死を覚悟したジェシカが、エリーナと出会ってから、ずっと胸に秘めていた思いを告白した、そのとき、

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