最終話
*
それから数日後。『公国』内にある病院の屋上に、車椅子に乗って腕に点滴を打っているジェシカと、それを押すエリーナの姿があった。
傷の経過が良く、外出の許可を貰った2人は、早速空中庭園になっている屋上へと繰り出した。
「いやー、やっぱり朝の空気って最高だね。実に爽やかだ」
「ちょっと寒くない?」
「うん。だから抱きしめて暖めて欲しいな」
「はいはい。傷が塞がってからね」
両手を広げて、さあどうぞ、と言わんばかりに微笑むジェシカに、彼女の前へ回りこんだエリーナは自分の上着を羽織らせた。
「残念」
それでも彼女の温もりと匂いを堪能出来たので、ジェシカはその言葉に反して、嬉しげな顔で肩を小さくすくめた。
「ところで……。その、……この前のアレって本気なの?」
エリーナは少し目線を逸らし、頬を赤らめながらジェシカへそう訊く。
「ああ。ボクは冗談で愛してる、なんて言わないだろう?」
「まあそうだけど……」
「よし、じゃあ証拠に指輪でも買おうか? ちょうどサイズは分かってるし」
「要らないわよ、別に。あなたのその顔見たら分かるわ」
ジェシカの顔はいつも通りの
「それに買ってるお金ないでしょ?」
「あー、そうだったね」
あはは、とジェシカが控えめに笑った後、どちらからとも無く口づけを交わそうとしたところで、
「あっ。ジェシカさーん! エリーナさーん!」
教会関係者の護衛を引き連れて、元気いっぱいな様子のアルテミスが現れた。
「おや、アルテミスじゃないか。おはよう」
「えっ、なっ、なんでこんな所に?」
そんなときでも平常心なジェシカは、どこまでも優雅にそう挨拶する。
一方、慌てて背筋を伸ばしたエリーナは、しどろもどろになりつつアルテミスに訊く。
2人が何をしようとしてたか分かってない彼女は、事の次第を嬉しげに語った。
「ふむふむ。なるほど」
「それは良かったじゃない」
「はい。これでやっと、両親の墓参りが出来ます」
そう答えたアルテミスは、ほんの少しだけ寂しそうな表情をして、
「ここでこうしていられるのは、お2人のおかげです。本当にありがとうございました!」
すぐに満面の笑みを浮かべながら、愉快な傭兵2人にそう感謝した。
そんなやりとりの後、『世界教』から謝礼金として、『大連合』製『レプリカ』の最新式カスタムモデルを買える程の金貨が2人に送られた。
ジェシカの傷が完全に癒えると、それを元手に、『大連合』製ではあるが、少し型番落ちの機体を購入し、再び『自由』領内での傭兵生活に戻った。
……のだが。
「ジェシカー……。直りそう?」
履帯が原因不明の破損を起こすわ、2本ある主砲が一門動かなくなるわ、挙げ句の果てに、コアが突然スタンバイモードになったまま、うんともすんとも言わなくなるわ、と相変わらずのトラブル続きの結果、『自由』東部にある荒野のど真ん中で立ち往生してしまった。
「いや。コアの物理的な初期不良だから、流石にお手上げだよ」
「ああそう……」
メインモニターに出ていたウィンドウを全部消すと、苦笑しながら首を横に振った
「ひっ……、うわああああん!」
あんまりにも理不尽
「おー、よしよし」
こんなときですら動じないジェシカは、いい年して子供の様に泣く相棒を抱きよせて慰める。
「まあそう気を落とさないで。ほら、まだ――」
彼女が、不幸中の幸いに電気は使える、と言おうとした瞬間、完全にコアがシャットダウンしてしまった。
「……」
「……」
「……不幸中の幸いに、救難ビーコンは動くし、水と食料も丸々1週間分あるからさ」
ペンライトを天井に向けてコクピット内を照らしつつ、ジェシカは限界値ギリギリいっぱいにポジティブな事を言った。
「……エリーナ?」
「……あはははっ」
「エリーナっ!?」
もういろいろと限界になったエリーナは、無表情で泣きながら笑う、という器用な事をし始めた。
そんな完璧な遭難からちょうど1週間後、
「あんた達、酷い臭いじゃない。もしかして諦めてよろしくやってた?」
「あはは……。想像にお任せするよ」
「もうなんとでも言って……」
『白影』のシャーロットが用心棒をしている、大規模な商人隊が通りかかり、車体下でひっくり返って無の境地に達していた2人は無事に救助された。
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