第二話

 平然と慣習をなぎ倒していった2人に、『帝国』衛兵の半分と協会関係者が青い顔をし、後の半分の衛兵は愉快そうにニヤリとした。


 ちなみに、青い顔をしたのはシティー州からの派遣兵、ニヤリとしたのは、普段ふだんから彼女達の護衛をしているルザ州の州兵達だ。

 彼らは、エレアノールの怖い物知らずな物言いに、全員がすっかり毒されている。


 そんなエレアノール達は、『公国』の反対側の席に座った。


「全く……。あの偽『聖女』事件のせいで、とんだハードスケジュールですわ」


 エレアノールは座るやいなや、わたくしもう疲れましたわ、とぼやきながら、傍らのアメリアの肩に寄りかかった。

 

「まあまあ、エレアノール様。これが終わったら帰れますから」


 ふくれ面の主人へそう言いながら、アメリアは『帝国』から持ってきた、ミルクキャラメルを差し出した。


「帰った次の日にまた公務ですけれどね……」


 うんざりした様子でため息を吐いて、エレアノールはそのキャラメルを口の中で転がす。

 ちなみにそのキャラメルは、ルザにある牧場がエレアノールに贈ったもので、高級品だけあって味がとても良かったので、彼女は少し機嫌を直した。


 偽『聖女』事件というのは、『233年3ノ月戦争』で侵入経路を作った、工作用『神機』に乗っていた『聖女』が実は偽装に偽装を重ねた単なる一般人で、『神機』も使用が禁止されている、悪名高き『生体コントロールユニット』で操縦していたことが判明した事件だ。

 それが発覚し、パイロット共々更迭されたせいで、エレアノールが彼女に割り振られていた分まで公務をこなすハメになったのだった。


「……」


 その様子を見ていたマリーは、


「おねえさまおねえさま」

「はい、何ですか?」


 セレナの服の裾をぐいぐい引っ張って、自分もキャラメルが欲しい、と言いだした。


「すいません。そういうものは持ってきてないんですよ」

「そうか。じゃあもらってくる」


 目的の物が無いと分かると、マリーはそう言って、エレアノール達の方へ小走りで向かった。


「ちょっ!?」


 セレナは慌てて彼女へ手を伸ばしたが、それは空振りに終わった。


 周囲を囲んでいる兵士達も突破して、マリーは『帝国』の席の前へとやってきた。


 『帝国』兵はそれを見て、警戒して立ち上がるが、アメリアが彼らを抑えた。


「どうなさいましたか、『聖女』様」


 通路で立ち止まっているマリーに、じっと見られたアメリアは、彼女の前に来てしゃがみ込み視線を合わす。


「わたしにもきゃらめるをくれ」


 『帝国』『公国』両軍衛兵ともに、お互いの出方をうかがう中、そう頼まれたアメリアは、


「どうぞ」


 真面目一筋な様子の顔を緩めて、白い紙に包まれたキャラメルを渡した。


「ありがとう」


 お礼を言ってすぐに、マリーは包みを開いて口に入れる。


「お口に合いますか?」

「うまい」

「ふふっ、それは良かったです」


 マリーの嬉しそうな様子を見て、アメリアはにこりと笑った。


 もう一回お礼を言ったマリーは、くるり、と振り返って、レオン達の方へ戻ってきた。

 両軍の衛兵達は、何も起こらなかったのでお互いに胸をなで下ろした。


「おかえりマリー。貰えて良かったね」

「ん」

 

 レオンの言葉にそう返事すると、マリーは満足そうにキャラメルを口の中で転がす。


「あのですね、マリー……。あんまりそういう事はしない方が……」

「あんしんしろ。あいてはえらぶ」

「いえ、そういう問題ではなくてですね……」


 行動の問題点を丁寧にセレナが説明している内に、『自由』の『聖女』達が到着し、『公国』の後ろに座った。


 ややあって。


 賛美歌が演奏される中、長いすの前にある祭壇に、5人の『聖女』と教皇の老婦人が上がった。

 彼女達はレオン達が居る方に背を向け、祭壇奥にある巨大なロザリオへ、口をそろえて祈りの言葉を捧げる。


 国境もなにもない、といった様子の厳かな壇上の一方、身廊は同盟国の『公国』『大連合』間を除いて、各国が互いを互いに警戒し合い、非常にピリピリした様子になっていた。


 そんな空気を感じたマリーは、隣に座っているレオンの服の裾をクイクイ、と引っ張り、


「みんなしずかにせんそうしているな」


 レオンにだけ聞こえるぐらいの小声でそう言った。


「その通りだ。まあ、昨日今日でそう変われるものでもないからね」

「そうか。ままならないな」


 レオンの答えに、少し複雑そうな顔でそう言ったきり、マリーは黙りこんだ。


 10分にも及ぶ祈りの言葉を言い終え、やっと式が終わった。


 教皇が身廊横にある一室に戻り、『聖女』達も自分の国の席に戻った。


「はあ……、やっと帰れますわね」

「はい。お疲れ様です、エレアノール様」


 椅子に腰掛けた途端、エレアノールはアメリアに寄りかかって、ため息交じりにそうぼやく。


「おねえさまー、おなかすいたー」


 昼が近くなり、腹の虫が大きく鳴いたマリーは、エレアノールに続いてセレナに空腹を訴えた。


「大使館に帰るまで我慢してくださいね……」

「わかった」


 周囲をキョロキョロしてから、セレナがマリーにそう言うと、彼女は素直にそう答えた。


 そんなフリーダムな『聖女』2人に、数分前の厳かな壇上の空気も、身廊での静かな戦争も吹き飛んだ。


 『聖なる七日間』の祭典は、これまでなにかといがみ合いになることが多かった。

 だが今回は、史上初めて、そういったいさかいが全く起こらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る