第三話


                    *



 全ての予定がつつがなく終了し、レイラは『聖女』達を無事に送り返すために、部下に指示を飛ばしていると、


「不審な漂着物、ですか」


 外を見回りしていた兵士から、聖堂近くの浜に不審な物体が漂着している、という報告が入った。


 その情報は各国の衛兵達にも共有され、再び聖堂内の空気が張り詰める。


 副官のサラを始めとした参謀達を呼び集めたレイラが、対応を協議していると、


「――」


 セレナの傍らで、レーションの棒状クッキーをかじっていたマリーが、突然顔を上げた。


「よんでる」


 ぼそっとそうつぶやいて立ち上がった彼女は、セレナが止める間もなく、立って警戒する衛兵の足元をすり抜けて、出入り口の方へと駆け出した。


「ま、待ってください!」


 マリーはセレナの制止を無視して、ちょうど開けられたドアから外に飛び出した。


「僕が行きましょう」


 その場から動くわけに行かないセレナや衛兵の代わりに、レオンはそう言ってマリーを追いかける。

 『大連合』の兵士数人が、レイラの指示でその後に続く。


 レオンが外に出ると、マリーは出てすぐそこの、レオン達から見て右手にある崖際に佇んでいた。


「こんな所にいたら危ないよ。マリー」

「れおん。わたしをあそこまでつれていって」


 驚かさないように、優しくそう話しかけたレオンに、マリーは崖下の砂浜を指さしてそう頼む。


 その先にあったのは、クジラのような形状をした黒い人工物で、長さは3メートル、幅は90センチ、高さは1メートル程だった。

 先が細くなっている方の先端に、上下左右4本のヒレが突き出し、さらにその先には生物的な形状のスクリュープロペラが付いている。


 その周りを『大連合』の兵士数人が、少し離れて囲っていることから、レオンはそれがくだんの漂着物だと察した。


「危なくない、って分かってからじゃダメかい?」

「だめ」

「よし、分かった」


 マリーの真剣な目を見たレオンは、彼女を片腕で抱きかかえて、その砂浜へザイルがぶら下がっている所へ足早に向かった。


「申し訳ありませんが、関係者以外立ち入り禁止でして……」


 そこは簡易式のフェンスで囲われていて、通ろうとするレオンを警備の兵士達が止める。

 だが、レオンが仮面の下を見せると、彼らからどよめきが起こり、すぐにレオンを通した。

 ちなみに、彼を間近で初めて見た、若い兵士達の数人は感涙していた。


 マリーと自分の身体にハーネスをかけて、レオンはスルスルと砂浜へと降りた。


 そこでも警備の兵士にとがめられたが、大体似たような感じで突破した。


「おろして」

「了解」

 

 レオンがマリーを地面に下ろすと、彼女は仮面をはぎ取って、謎の物体に一直線に近づく。


「ああっ、危ないであります『聖女』様!」


 兵士の1人が彼女を止めようとしたが、レオンはそれを制止した。


「大丈夫さ」

「し、しかし……」

「まあ、彼女に任せてあげてくれ」

「はあ……」


 かといって傍観ぼうかんするわけにもいかないので、現場指揮官の指示で、盾を持った兵士達は何かあっても対処出来るようにするに留めた。


 漂着物すぐ近くまで来たマリーは、おもむろにその物体の頭に両手で触れた。


 すると、そこから十数センチ先が上に開き、中から金属の隔壁が現れる。シャッター状のそれは左右の端に引き込まれ、


「ひっ、人だ!」


 その中から、カナヘビの様な模様のパイロットスーツをまとった、セレナと同じ年格好の少女が現れた。


 仰向あおむけで眠っている彼女は、頭をは虫類の様な形のヘルメットで覆われ、4点式シートベルトで固定されていた。


 現場指揮官の兵士が、端末でレイラに彼女の事を報告した後、引き上げ用の担架を持ってくる様に崖上の女性兵士に指示した。


 間もなく、到着した担架に乗せられて、謎の少女が崖上へと引き上げられて行く。


 その様子を見ていたレオンは、


 この装備……、どこの国の系統だ……?


 足元の機体に目線を移すと、マリーとつないでいない方の手を口元に当てつつそう思案していた。


 だが結局、その場では結論が出なかった。




 ひとまず、謎の少女は身廊の隅に運び込まれ、『大連合』軍の女性軍医が診察した。

 軍医は何かしらの薬で眠っているだけで、特に異常は無いと診断した。


 診察の際、彼女のヘルメットを外したところ、その素顔は、目を閉じていても分かるほど美しく、その額には『聖女』の紋章が浮かび上がっていた。


 彼女のサラサラとした短い黒髪と黄色い肌は、アメリアのそれとそっくりだった。


 装備品から見てどの国でもない、という報を聴いて、かなりピリピリしていた聖堂内はひとまずクールダウンしていた。


 そんな中、


「……」


 『帝国』衛兵の1人が撮ってきた写真を見て、エレアノールと共に長いすに座るアメリアは首をひねっていた。


「どうしたんですの? アメリアさん」


 画面を横からのぞき込んで、エレアノールはアメリアにそう訊ねる。


「いえ。大した事ではないのですが、祖母からこの『船』の出てくる民話を聴いたことがありまして」

「へえ、どういうお話か教えてくださいな」

「すいません、エレアノール様。聴いたのは幼い頃なもので、忘れてしまいまして……」

「あら、そうですの。ま、思い出したらで良いですわ」


 と言うエレアノールに、アメリアは、はい、と返事をしてその遠い記憶を探り始めた。


 それと時を同じくして、


「ん……」


 『大連合』軍装備品の簡易式ベッドで眠っていた、謎の少女が目を覚ました。


 しばらくほうけていた彼女は、やがて完全に覚醒かくせいした。


 すると、ハッとした様子を見せ、慌てた様子で何かを伝えようとする。しかし、言語が標準言語とは違うもので、さらにどの国の固有言語でも無かった。


 誰1人理解できる者が居なかった事を、周囲の反応から察知した少女は、がっくりとうなだれてしまった。


「じゃまするぞ」


 そのとき、またセレナの元から離れてやって来たマリーが、仮面を取りながら部屋に突入してきた。

 その後から、レオンと護衛の兵士数人を連れて入ってきたレイラが、彼女を止めようとする兵士を制止する。


「あっ、あなたは!?」

「うわぁ!『英雄』レオン・ルイスだ!」

「本物なんて初めて見た……」


 一応、仮面を取ったレオンを見て、各国の兵士達がやや騒然とする中、


『あなたのなまえは?』


 少女の目の前にやってきたマリーが、突然、古代語で彼女へとそう訊ねた。


「――ッ!」


 それを聞いて目の色が変わった少女は、


『……ミコトだ』


 マリーの問いに古代語で答えた。


 周囲が先ほどとは違った意味でどよめき、全員の視線がマリーに向いた。


 少女と二、三会話をした後、


「れおんれおん」

「なんだい?」


 マリーは、自身の少し後ろに立っていたレオンへ駆け寄って、彼の顔を見上げる。


「かのじょのなまえはみこと。『しまぐに』からきたといってる」

「おお、そうかい。ありがとう」

「んふ」


 レオンにそう伝えたマリーは、彼に頭を撫でられてうれしそうにしていた。


 そんな、意思疎通が出来るマリーに向かって、『大連合』を始めとした5カ国の兵士達が、一斉にここに来た目的や、『島国』での彼女の社会的身分など、次々と質問を飛ばし始めた。


 それで処理能力の許容量を超えたマリーは怯えた様子で、兵士達から守る様に自身の前に立つレオンの後ろに隠れた。


「気持ちは分かりますが、皆さん落ち着いてください」


 最後尾でせき払いをしたレイラが、『聖女』とはいえ、まだ7歳の子供なのですよ、と焦っている兵士達へ忠告する。


「彼女の言うとおりだ。皆にはひとます、『島国』の言語を話せる人材を探して欲しい」


 パンク状態のマリーの頭を撫でながら、レオンはレイラの後に続いてそう呼びかけた。

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