第三章 『神機』:蒼海の巫女

第一話

 世界暦233年14ノ月の17日。


 『聖なる七日間』を祝う祭りが行なわれている、『大連合』東部領南部にある、『世界教』『大連合』本教会のコーラリアス大聖堂前に、レオン達の姿はあった。


 レオンの服装は『公国』の軍服で、セレナとマリーは、裾に金糸で作ったツル植物の刺繍が入った、いつもよりやや派手な『聖女』の修道服をまとっている。


 『聖なる七日間』は、はる神世かみよの時代、世界を覆っていた『大いなる魔』を『原初の聖女』が打ち払った、と言われている年末の14ノ月15日から22日にかけての期間である。


 『神機』出土以前は各国で祝われていたが、現在は、どの国とも交流が無い『島国』以外の5大国が、毎年持ち回りで祭典を行なう。

 その会場となる大聖堂周辺に、各国の臨時大使館が置かれ、代表の『聖女』とパイロット1組が招待される。


 この期間中は、たとえ戦争の最中でも敵対行為は一切禁止され、厳かに神事などが執り行われる。


 しかし、実際の所、武器を使わない小競り合いは、所々で発生しているのだが。



 海に突き出した、リアス式海岸の崖の上に、コーラリアス大聖堂は立っている。

 巨大な白亜の石で造られたそれは、アーチ状の屋根の頂上に、これまた巨大な『聖女』のロザリオを模したモニュメントが立っていた。


「おー、でかーい」


 大聖堂を見上げるマリーは、楽しそうにピョンピョン跳びはねる。

 

 教会入り口を守っている衛兵の硬かった表情が、そんな無邪気な幼い『聖女』のおかげでやや緩み、


「こっ、転びますよ……」


 『公国』代表として招待されたセレナが、彼女の危なっかしい動きにハラハラしていた。

 2人とも、儀礼用のやや装飾の派手な修道服を着ている。


「わたしはきのぼりでふだんからきたえている。もんだいない」

「ええ……」


 両手を左右にピンと伸ばして、くるり、と振り返ったマリーは、セレナとその後ろにいるレオンにドヤ顔で言い放った。


「マリーはいつも元気だね」

「かぜのこだからな」


 そんなマリーと困惑するセレナを見て、『公国』軍の礼装姿のレオンは、実に微笑ほほえましそうな顔をしている。


 


 身廊に木製の長いすがいくつも並ぶ聖堂内に入ると、入国審査に手間取った『帝国』と、内戦の影響で出発が遅れた『自由』以外の2カ国はもうそろっていた。


 『聖女』とパイロットの顔には、安全確保のため、目の周りを覆う白いマスクが付けられた上、各々の実名を口に出す事を禁止されている。


 入って左側の最前列にホスト国の『大連合』が、そのはす向かいに『王国』が座っていた。

 『公国』のレオン達は、協会関係者に誘導され、『大連合』の後ろの位置に座った。


 各『聖女』とパイロットの周りを囲うように、いかめしい顔をした衛兵が座る。


 『大連合』代表の通路を挟んだ隣には、教会関係者とホスト国の会場警備担当の将校達が座る席がある。


 その将校達というのは、


「あっ。レイラさんいらっしゃってますね」


 東方面軍司令官の少将、レイラ・シュルツとその部下数名の事だ。


「本当だ」


 レオンがキリリとした顔をする彼女を見ていると、その隣に座るレイラの副官、サラ・ミコライオと目が合った。

 彼女はレイラが前職のときからの副官で、階級は大佐である。


 サラは上官にレオンがいることを耳打ちし、目線をレオン達の方に向ける。

 すると、わかりやすく色めき立ったレイラは、すさまじい早さで彼らの方を見た。


「少将。お顔が緩んでますよ」

「はっ、はいっ!?」


 彼女はにやけかけていた顔を、慌てて真面目なものに戻した。しかし、紅潮した頬までもは隠せていない。


「仕事の邪魔しちゃ悪いし、あまり見ないない方がよさそうだ」


 そんなレイラの様子を見て、レオンとセレナは苦笑いしあった。


「『わかいっていいねぇ』」


 するとすかさず、セレナの隣に座るマリーが、セレナの父である公爵の話し方を真似まねてそう言った。


「マリーの方が若いだろう?」

「みためではんだんしないほうがいいぞ」


 何故か得意げな様子でそう言うマリーの一方、父のその言葉をよく聴いているセレナは、俯いて震えながら笑いを堪えていた。


 そんな気の抜けたやりとりをしていると、再びドアが開いて、今度は『帝国』の『聖女』達が入ってきて、レオン達は後ろを振り返った。


 先導する衛兵の『帝国』のエンブレムを見て、周囲にいる『大連合』兵の何人かが、あからさまに顔をしかめていた。


 そんな中、その中心にいる『聖女』とパイロットを目にした途端、


「あっ、あのお方は……っ」

「あの美しい銀糸の様な髪……」

「それにあのパイロットも……」


 『大連合』側のみならず、『王国』『公国』関係者もざわつき始める。


 仮面で隠していたとしても、彼女らの特徴的な見た目で、その正体は丸わかりだった。


 『聖女』の少女は、『白銀の聖女』の2つ名を持つエレアノール・ハミルトン、


「案の定、これ意味ないですわね。アメリアさん」


 そして、その傍らに居る女性パイロットは、『島国』系の長い黒髪を1つに縛るアメリア・マドックだった。


「エレアノール様。確かに意味はありませんが、一応決まりですので」


 彼女の事を名前で呼び、仮面をはずそうとしたエレアノールに、アメリアはそう言ってそれを阻止した。

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