第六話

 ちょうどその頃、中央領北部の基地にある、夜の帳が降りた『レプリカ』の格納庫にて、

「ちょっと! 何するんですか!」

「うるせえ! 邪魔すんな!」


 そこの警備兵数十名と、元・北部守備隊の面々の35名が入り口で揉もみ合っていた。

 彼らはレイラの窮地を聞きつけ、その救援に駆けつけるために、動態保存されていたそれぞれの乗機を「強奪」するため、自発的に集まってきたのだった。


「いくらあなたたちとはいえ、命令も無しに――」

「なこと知るか!」

「ウチの副長の危機なんだ!」

「姐あねさん死なせたら! 大佐に面目が立たねえんだよ!」


 力任せに警備兵達をはじき飛ばした元・守備隊の面々は、各自の機体に乗り込んで起動する。


「ちょっと待つんだ、君たち」


 今にもシャッターをぶち破らんばかりの勢いの彼らへ、朗々とした男の声が無線で届く。


「誰だあんた!」

「そういう訳にはいかないんだよ!」

「すっこんでろ!」


 反発した元・守備隊から罵声を浴びせられたが、声の主は全く意に介すること無くこう続ける。


「最高の仕事には、最高の道具が必要だろう?」


 彼の言葉と共にシャッターが上にせり上がっていき、投光器の光をバックにずらりと並んだ最新式の装備が現れた。


「あんたは……!」

「ベイル中将!?」


 その後ろに立っていた声の主を見て、元・守備隊の面々がどよめいた。


 ブライアン・ベイル中将は、先の戦役では中央軍部の幹部の一人だったが、彼はその中で、レオンの実力を素直に評価する数少ない人物であった。

 他の幹部が反対する中、中将が指揮下の『レプリカ』部隊を全て彼に預けたことで、戦役における奇跡の部分的勝利に繋がったのだった。

 終戦後はベイルもレオン同様中央に睨まれ、西北領の南にある西部領に飛ばされていた。


「ベイルさん、あんたこんな所に居て良いんですかい?」

「おうとも」


 むしろ俺が居ない方が、空気が引き締まっていい、とか言われちまったよ、と肩をすくめると、その近くに居たベイルの部下達がニヤリとする。


 元・守備隊全員が彼に向かって礼を言った後、


「ところでベイルさん、その装備、どうやって集めたんです?」


 レオン隊のナンバースリーだった通称・『赤の3番』が、西部領の整備兵達に換装を指示したベイルへ不思議そうに訊く。


「そりゃもう、コイツで上手くやったのさ」


 不敵な笑みを浮かべてそう言った彼は、腿もものホルスターに差してある銃を軽く叩いた。


「えぇ……」


 あまりにもやんちゃな中将に、元・守備隊一同はあんぐりしていた。


 それほどしない内に装備の換装が終わり、西部領兵全員が人員輸送用の軽装甲車に乗り込んだ。


「じゃ、バレる前に俺は退散するぜ」


 先頭車両の銃座の所からベイルが上半身を出し、そう言って元・守備隊に軽いノリで敬礼する。


「さあ存分に暴れてこい!」


 副長ちゃんによろしくな! と言ったベイルが、無線を切って車内に引っ込むと、同時に全車両が一斉に発進した。


 ベイル以下西部領兵をしばし見送ってから、


「よし、行くぞお前ら!!」


 『赤の3番』が無線で元・守備隊全員に呼びかけると、音割れを起こすほどの声量で鬨の声が返ってきた。




 その4時間後、指令室に民間人の避難が完了し、撤退を開始した事と、敵『神機』に百数十機単位の随伴『レプリカ』の位置が確認された、と第3ラインの前線基地から連絡が入った。


 それを受けてレイラは、到達予想時刻までに戦闘と撤退の準備を基地に命じた。


「それと、私の『レプリカ』を出撃出来るようにして下さい」


 自機に対『神機』砲を装備するよう指示した司令官へ、副官は不安げな表情を向ける。


「……皆さん、後はお願いしますね」


 困ったように笑ってそう言ったレイラは、副官に指揮権を渡し、『レプリカ』の格納庫へと向かおうとする。


「少将! 他に……、他に方法はないんですか?」


 副官は廊下に出たレイラを追いかけて呼び止めた。


「心配しないでください」


 と副官に言ったレイラは、予定時刻までに『公国』軍の援軍が届けば、自分が『神機』と対峙する事はない、と彼女に告げる。


「それなら、その役割は私が……っ」

「私と違ってあなたには、帰りを待つご両親がいるのでしょう?」


 代役を申し出ようとする副官だが、レイラはかぶりを振って断った。


 レイラは彼女が5歳の時に起こった『王国』との戦争で、両親を失った戦災孤児であり、天涯孤独の身だった。


「それに私が戦死すれば、戦意高揚につながりますし」


 レイラは無理に乾いた笑みを浮かべ、副官に指令室に戻るように言うと、踵を返して再び歩き出す。


「少将! あなたには! もう一度お会いしたい方が居るのでしょう?」

「……」


 その言葉を聞いたレイラの脳裏のうりにレオンの顔が浮かび、自分を愛おしげに呼ぶその声がよみがえったが、彼女は振り払うかの様にまたかぶりを振った。


「……私の身勝手で、部下を死なせる訳にはいきません」

 自分にも言い聞かせる様な口振りで、レイラは振り返らずに立ち尽くす副官に言い、今度こそ格納庫へと向かって歩き出した。



 ……申し訳ありません、レオン。先に妹君セレナの所へ行って、二人でお待ちしています。



 グローブの甲に赤い斜線の意匠が入った、モスグリーンのパイロットスーツに着替えたレイラは、自分の『レプリカ』の運転席へと乗り込んだ。

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