第五話

 北西方面軍の首脳陣は通信指令室に集結し、状況の把握に尽力していた。


 無線が使い物にならないため、戦況などの情報収集は、昔ながらの電話線ですることになった。

 しかしそれは、ただでさえ通信速度が遅い上に、通信兵達が使い慣れていないせいもあって、かなり大きなタイムロスが生まれていた。


 地僻へきちの西北領内は無線の中継局の整備が遅れ、運良く有線での電話線網が残っていた。だが、整備が十分なそのほかのエリアでは、整備・維持費の無駄になる、と、かなり前に廃止されていた。


 そのため、通信兵の小隊をジャミングの範囲外へ行かせ、中央への救援要請をした後、その地点から電話線を引きつつ、基地へ帰還するよう指示を出した。

 往復3時間かけて帰ってきた兵士から、レイラ達はその返答を聞いた。


 中央軍部の指示は、


 南部領の防衛に手一杯なため、そこまで数を送れない。戦線の維持が最優先だが、それが困難な場合、各自の判断で迎撃しつつ撤退せよ


 というものだった。


 その上、あるか分からないもののために、動かすわけにはいかない、と、『神機』の投入は拒否された。


「そう、ですか……」


 落胆を隠せない様子でレイラはそう言い、報告した兵士を下がらせた。


「なんだよそれ……! 単なる丸投げじゃないか!」


 それを聞いて、一人の参謀の若い男が激昂し、中央への怒りを爆発させる。


 西北領は、人口密度が低いとはいえ、軍人約10万を含めた72万人の人口を抱えている。

 無論、民間人の避難は最優先でやっているが、どう考えても、それを実現出来るほどの人も『レプリカ』も機材も足りない。


「まあ、とにかく落ち着け大尉」


 この基地最年長の30代後半の少佐が、そう言って憤る若い参謀を鎮めようとする。


「ですが少佐……」

「怒ったからってどうにもならん。まず落ち着け」


 少佐の言葉に若い大尉は、すいません、と小声で言って席に着いた。


 すると指令室へ、設置したばかりの臨時通信室から通信が入り、『公国』から増援が来る事を首脳陣に知らせた。

 その報告に、指令室の面々はにわかに活気づく。


「聞いての通り、ひとまず最悪の状況からは脱しました。民間人の保護を最優先に、なんとか持ちこたえましょう」


 立ち上がったレイラが、指令室を見回しながら皆にそう言うと、すぐに威勢の良い返答が返ってきた。


 続けて彼女は、基地所属の長距離支援型『レプリカ』に、対『神機』砲の装備を指示した。


 対『神機』砲は、最近実戦配備された、文字通り『神機』の装甲をぶち抜くための砲である。だが、有効範囲が狭い上に命中率もかなり悪いので、無いよりはマシ、といった具合のものでしか無い。


「……っ」


 椅子に座り直したレイラは、頭の右側に軽い頭痛を覚えて顔をしかめる。


「少将。余裕がある内に、少し休まれてはいかがですか?」


 それを見逃さなかった副官は、心配そうにレイラへ進言する。

 このところ、ずっと仕事に追われていたせいで、レイラは睡眠不足になっていた。


「いえ。そういう訳にはいきません」


 大丈夫ですから、と言ってレイラは副官の提案を断ったが、倒れられたら困る、と首脳陣全員から強く言われたため、彼女は渋々2時間ほど休むことにした。


 何かあったら、遠慮無く呼んでください、と言い残して、レイラは仮眠室に向かった。


 ベッドで横になったレイラは、思っていたより疲れていたせいで、あっという間に眠り込んでしまった。


                    *


 『3ノ月戦役』終結後、『英雄墓地』にて、戦死したレオンの妹・セレナの国葬が行なわれた。

 その後、レオン以下、北部守備隊の面々は中央の軍本部にて、勲章の授与や報道陣への取材を受けた。


 それらが全て終わり、レオン達はあてがわれた中央の将校用宿舎に泊まった。


『お呼びでしょうか、大佐』


 レオンに部屋へと呼び出されたレイラが、そう言って彼の部屋に入る。室内は真っ暗で、レオンはその左隅のあるベッドで横になっていた。


『ああ、レイラ……。悪いね……』


 こっちに来てくれ、と言うレオンの目は、まるで幽霊ゆうれいの様にうつろだった。


 『英雄』とはほど遠い姿そのに、レイラは胸を締め付けられる思いがした。


『ねえレイラ……。僕はこれから……、何を護ればいいと思う?』


 傍らに座ったレイラに、半身を起こしたレオンは彼女にそう訊いた。


『……っ』


 レイラはなんとか、上官の助けになる言葉をかけようとする。しかし、何を言って良いのか分からず、何も言う事が出来なかった。


『ああ……。困らせて……、悪いね……』


 今にも壊れてしまいそうな様子で、レオンは彼女に謝罪する。その手には実妹の遺品である、先が曲がったロザリオが握られていた。


 セレナの遺体はコクピット内で、奇跡的に無傷な右手以外は、挽き肉の方がまだマシな状態で発見された。その手に握られていたのが、レオンが手にするロザリオだった。


『僕が……、連れてこなければ……、あの子は……』


 掌の中のそれを見ながら、壊れたレコードの様に、僕のせいだ……、とレオンは何度も言い続ける。


『レオン……』


 涙すら涸れてしまったレオンへ、何もしてあげられない自分が、レイラはとてももどかしかった。


『……下がっても良いよ』


 君も疲れているだろう? と言って、レオンは無理やりに笑顔を作った。


『お断りします』


 それを拒否したレイラは、反射的に彼を抱き寄せていた。


『レイ……、ラ……?』


 困惑するレオンの身体はかなり冷たく、レイラは底知れない不安を覚えた。


『苦しいのなら……、辛いのなら……、私にそう言ってください。……せめて、私にも背負わせて下さい……』


 レイラは気がつくと、その目から涙がこぼれ落ちていた。


『そういう訳にはいかないよ……、だって僕は……』

『あなたは『英雄』である前に、一人の『人間』でしょう?』


 レオンを強く抱きしめるレイラは、


『何もかも一人で抱え込こめる程、あなたが強くない事ぐらい、私は知っています』


 そんな超人のような生き方をしては、あなたが壊れてしまいます、と涙ながらに訴える。


『レイラ……、迷惑かけてごめん……』


 レオンはレイラの背に恐々こわごわ、といった感じで腕を回して耳元でそう囁く。レイラは背筋に、ゾワリ、とした感覚を覚えた。


『迷惑だなんで思っていません。ですので、もっと私にあなたの事を教えてください』


 レオンの背中をさするレイラは、穏やかな声で彼に訊く。


『ああ……。分かったよ……』


 レオンはそう言った後、実妹を失った哀しみも、苦しみも全てレイラに打ち明けた。


 それから、精神が不安定になる度に、レオンはレイラを自室に呼び、その安定を取り戻すようになった。


 だが、それから数ヶ月後、レオンは忽然こつぜんとレイラの目の前から姿を消してしまった。



                    *



「レオン……」


 寝入ってからきっかり2時間後に目を覚ましたレイラは、そこにいない元上司の名前を呼びながら、ゆるゆると目をこすった。


 私……、泣いて……?


 彼女のその手は涙で湿っていた。


 ……感傷に浸っている場合ではありません。早く戻らなければ……。


「……っ!」


 レイラが頬を張って気合いを入れた所で、枕元の内線がけたたましく鳴り響いた。


「どうしました?」


 レイラが電話をかけてきた通信兵に訊くと、彼は、第2防衛ラインから、敵『神機』を発見した、との報告が来た事を彼女に告げた。


 駆け足で指令室に戻ったレイラは、首脳陣が囲む卓上パネルの地図を確認する。図面には、第1防衛ラインが突破され、第2防衛ラインも陥落が近い事が表示されていた。


「これは……、まずいですね……」


 左隅のウィンドウに表示された自軍の被害状況を見て、レイラは苦々しくそうつぶやいた。


 第1・第2防衛ラインの前線基地に配備されている、『大連合』軍の『レプリカ』は大半が撃破されていた。


 頭が冴さえたところで、やはり妙案みょうあんは浮かびませんね……。


 『神機』がいる以上、戦線の維持にこだわっても被害を拡大させるだけ、と判断したレイラは、民間人を出来るだけ避難させてから即座に撤退することを、第2第3防衛ラインの基地へ命じた。

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