幕間 1
『英雄』レオンの慟哭
232年7ノ月戦役が終結してからおおよそ2ヶ月後。
『公国』は『王国』との講和条約を締結し、つかの間の平和が訪れていた。
「やあセレナ。良い天気だね」
セレナが庭園の
「れっ、レオンさん!?」
不意に目の前に現れた『英雄』に、心の準備が出来ていなかった『聖女』は、黒い修道服に危うく紅茶をこぼしかけた。
「突然押しかけて迷惑だったかな?」
「いえ! 迷惑だなんてそんな……」
戦争終結以来、しばらく会っていなかったため、セレナは飛び上がらんばかりに喜んでいた。
「そうか。それはよかった」
「はっ、はいっ!」
相変わらず爽やかな笑みを浮かべるレオンに、彼女は熱に浮かされたように顔を赤らめていた。
「レオンさんあのっ……。お茶でもいかがですかっ?」
「セレナ殿下のお誘いとあらば」
レオンはわざとらしくそう言って向かいの席に座り、給仕が淹れた紅茶を啜る。
「うん、これはいい茶葉だ。南部産のものかな?」
「はい、そうです。父がお礼に頂いた物だそうで……」
そのやりとり以降、2人の間に何も会話が生まれず、セレナが内心焦りまくっていると、
「こらっ、マリーさん!」
「れおーん! れおーん!」
レオン訪問の知らせを聞いたマリーが、教会での勉強を放り出してやってきた。2人の元に駆け寄る彼女の後ろを、中年のシスターが必死で追いかける。
「やあマリー、ちょっと背が伸びたね」
「えへへー」
彼女はレオンに頭を撫でられて、とても気持ちが良さそうに目を細める。
「マ、マリーさん……っ!」
「やー、れおんといるー」
肩で息をしながらマリーを連れ戻そうとするシスターに、
「まあまあ、シスター。休息も大事ですから」
レオンはそう言って説得した。
「……それもそうですね」
マリーを連れ戻すのをあきらめ、彼女は教会に帰って行った。
ややあって。
レオンは『聖女』2人に、自身が『英雄』となる前の話を語っていた。
セレナと彼女の足の膝に座るマリーは、真剣な面持ちでそれに聞き入っていた。
その話が、『帝国』の『神機』と『大連合』のそれが、相討ちになったシーンに達したとき、
「あ……っ」
「……」
聖女2人の頭の中へと、突如彼の記憶が流れ込んできた。
*
『……なあ、セレナ。お前は怖くないのか?』
『英雄』伝説の始まりとなる戦いの直前。
レオンは『神機』コクピットに乗り込むためのタラップ上で、『聖女』である彼の実妹・セレナにそう訊ねた。
『大丈夫ですよ、兄様』
不安そう目で自分を見る兄へ、セレナは柔らかな微笑みを向けた。
モスグリーンのパイロットスーツを着た彼女は、レオンと同じ髪と瞳の色をしていて、その顔立ちも兄同様に整っている。
『兄様を護れることが、私はとても嬉しいのです』
いつも兄様には、護られてばかりでしたから、と、言った彼女だが、そのか細身体は小さく震えていた。
怯えてるじゃないか……。
手の甲に『聖女』の紋章が浮かぶ右手を、レオンは両手で包むように握った。その手にセレナは自分の左手を重ねた。
『ねえ兄様。この戦争が終わったら――』
彼女が全て言い切る前に、柱に付いているスピーカーから、全兵士への出撃の命令が下された。
『この話はまたですね。それでは兄様、ご武運を』
そう言って話を切り上げたセレナは、少し背伸びしてレオンの頬にキスをした。
その後、すぐに大勢の整備兵や『神機』のパイロットがやって来て、レオンはタラップ上から追い出されてしまった。
『大佐』
彼が階段でタラップから降りると、副官のレイラがパイロットスーツ姿で待っていた。レイラはスラリと背の高い、黒髪の美しい女性で、レオンと同等の操縦の腕を持っている。
『……分かっているよ』
行こう、とだけ言って、レオンは後ろ髪を引かれながらも、彼女と共に『レプリカ』の格納庫へ向かった。
その数時間後――。
『お……、い……』
友軍の『神機』には大剣が、向かい合う敵軍の『神機』には友軍機の槍が、それぞれ、コクピットのある機体の胸部に突き刺さっていた。
『嘘……、だろ……?』
コクピットのパイロットに呼びかけても、そこにいるはずの実妹に呼びかけても、誰からも返答が返ってこなかった。
『あ、あぁ……』
非情な現実を受け入れられないレオンは、戦場の真中にも関わらず、撃破された2つの『神機』をただ呆然と見ていた。
動かないレオン機を敵機が狙ったが、2機の間に躍り出たレイラ機に撃破された。
『大佐、ご命令を!』
守備隊の首脳陣が暗殺されたことを受け、レイラは階級が最も上の彼に指示を仰いだのだが、
『ああああああああああああああああああああああああああああッ!!』
彼から返ってきたのは、我を忘れて慟哭する悲痛な声だった。
『冷静になってください大佐!』
レオンは全く聞く耳を持たず、唯一の肉親である実妹の名前を繰り返し叫び続ける。
『大佐!』
そんな上官の乗る機体を、レイラは叫びながら自機の盾でぶったたいた。
『レ、イラ……。僕は……、セレナを……、セレナを……』
それでやっと気がついて、うわごとの様にそう喋り続けていたレオンは、
『いい加減にしてください!!』
レイラに全力でそう怒鳴られ、わずかだが冷静さを取り戻した。
『……僕が囮になる。君は皆を連れて撤退しろ』
『出来るわけがないでしょう!』
『頼むよレイラ……。言うことを聞いてくれ……』
『そんな指示は聞けません!』
もう1機現れた敵を砲撃しつつ、情けない声を出すレオンをレイラは一喝する。
『あなたが1人が囮になっても! 敵機全てを押さえるのは無理です! 出来てもせいぜい30分です! そんな時間で第4防衛ラインまで撤退出来るとでも!?』
崩壊寸前の第3防衛ラインから第4防衛ライン間は、『レプリカ』の足では速くても1.5時間かかる。
『……まず、無理だろうね』
まくし立てる彼女の声で、レオンはなんとか我に返った。
『それに……。あなたが死ねば、私も正気を保てるかどうか……』
先ほどまでとは一転して、沈んだトーンでそう言ったレイラに、すまない、と言った彼は1つ深呼吸をした。
レオンが平静を取り戻した事で、レイラは
『ではご指示を。大佐』
彼女はそれから、いつものように冷静な口調で彼にもう1度そう訊ねた。
『……ああ』
レオンは何事も無かったかのように、自軍の全機に対して作戦を通達した。
絶体絶命だった『大連合』が、レオン達の活躍によって大逆転し、一応の勝利を収めたあと。
レオン以下、北部守備隊の残存兵達は、軍のプロパガンダのために中央の基地へ配属される事になった。
部隊全員に最高ランクの勲章が贈られ、レオンは軍の幹部になるはずだった。
しかし、実妹のセレナを失ったことで、モチベーションを失っていたレオンは、地位の代わりに『レプリカ』1機をもらい受け、そのまま退官してしまった。
彼が絶対的な信頼を置くレイラにすら、そのことを知らされたのは、レオンが出国してしまった後の事だった。
*
2人が静まりかえったのを見て、レオンは自分が抱えている傷が、2人に伝わってしまったことに気がついた。
見苦しいもの見せてごめんね、と謝罪してから、
「僕は、『英雄』なんて呼ばれるほどの男じゃないんだよ」
彼は痛みを隠すようにそう言い、自嘲的な笑みを浮かべた。
「レオンさん……。いえ、そんなことは……」
痛々しいそれを見ても、セレナにはそう言うことが精一杯だった。
レオンが話すのを止めてしまい、気まずい空気が流れる中、
「――むかしのれおんは、そのとおりかもしれない」
「ま、マリー?」
表情を全く変えずに、じっと彼のことを見ていたマリーがそう言い、セレナをギョッとさせた。
「でもいまのれおんは、わたしたちをすくってくれた。だから、れおんはそうよばれるしかくがある」
そう続けたマリーが見せた表情は、こちらに微笑みかけてくる緻密な美人画のようだった。
「……」
そんな彼女の発言にレオンは目を丸くしていたが、
「ありがとう、マリー」
「れいはいらない」
痛々しさの消えた穏やかな笑みを浮かべて、紅茶を飲むマリーにそう言った。
マリーは、凄いですね……。
そう言ってのけたマリーに舌を巻くセレナは、タルトをほおばる彼女の顔を見る。
「んふー」
彼女は得意げにする様子もなく、ベリーが乗ったそれを至福の表情で味わっていた。
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