第十話

 レオン達が少女の拘束具を外し、箱の中から引っ張りだして下ろすと、彼女はよろめいて彼の太腿にしがみついた。その小さな身体は、寒いのか小刻みに震えていた。


「ジョン君、ジャケットを貸してくれ」


「はい」


 ジョンは自分のジャケットを脱いで、目の前の精緻せいちな陶器人形のような少女に着せてあげた。当然かなりブカブカで、盛大に裾と袖が余っていた。


「君、名前は?」


「……マリー」


 ジャケットを着せられた少女はそう名乗った後、再びレオンに抱きついた。


「……ダンナって妙に、薄幸そうな女の子になつかれますね」


「そのようだね」


 表情がまるで変わらないが、なんとなく嬉しそうなマリーを見て、レオンは困ったように後頭部を掻いた。

 マリーを連れてコクピットに戻ると、彼女は真っ先に、待っていたセレナの脚と脚の間にちょこんと座る。


「マリー、寒くないですか?」


「ん」


 セレナが後ろから抱きしめると、マリーは満足げに彼女に背中を預けた。


「じゃ、出発するよ」


 レオンは機体の手の上にいる、敵パイロットを一瞥いちべつしてそう言うと、駆動方式を歩行モードから、車輪での走行モードに切り替え、カノプスへ向けて進路を取った。



 カノプスまで後50キロほどの距離に来ると、やっと『公国』軍基地と連絡が取れるようになった。


 対応した通信兵は所属不明の『神機』を怪しみ、はじめは多少高圧的な口調だったが、パイロットがレオンだと分かると途端に平謝りをして、直に司令官へとつないだ。


「まさか、あそこまで感激されるとはね……」


「そうですね……」


 レオンが自分の基地に来ると知り、彼の大ファンだった司令官は、感動のあまり号泣していた。


「レオン、すごいひと?」


 マリーはセレナの方を見て、操縦席のレオンを指さしてそう訊ねた。


「はい。レオンさんはすごい『英雄』さんなんですよ」


 レオンの打ち立てた伝説の数々をセレナが話し始めると、マリーは無邪気に目を輝かせて聴いていた。

 いろいろと誇張されたそれらを聞くレオンは、どこかこそばゆそうな表情をしていた。


 

                   *



 砂利道だった路面が舗装された道に変わると、地平線の向こうからカノプスの城壁が姿を現した。


「やっと見えてきたね、セレナ」


「はい」


 数日前の大雨の影響で、かなり道が悪くなっていたため、ここに来るまで約3時間近くも掛かっていた。

 コクピットの4人全員に疲労の色が見え、景色を見てはしゃいでいたマリーはセレナの膝の上でぐっすり眠っている。


『……』


 特に野ざらしの『王国』軍パイロットは、カラスに襲われて顔が傷だらけになっていた。


 城壁の形がはっきりと見えてきたところで、


『レオン殿、お迎えに上がりました』


 『公国』所属の『レプリカ』3機が出迎えに来ていた。


「わざわざどうも」


 城門前の検問所で『王国』軍パイロットを引き渡し、レオン達は出迎えにきた機体に誘導されて軍事基地へと向かう。

 その道中、『公国』軍の軍服を着た大勢の兵士達が、沿道の左右で敬礼をしながらずらりと並んでいた。


「……何だか凄いことになってますね」


「もう慣れたよ」


 それを見たレオンは肩をすくめ、そう言って苦笑した。


「れおん、やっぱりすごい」


 目を覚ましていたマリーは、そのモニターに映るその様子を物珍しそうに眺めていた。

 基地に着いたレオン機は『神機』用の格納庫に入り、指定された位置に機体を停めた。吊り橋のようなタラップが伸びてきて、それが機体の出入り口にドッキングされた。


 ハッチを開いたレオンが、ヘルメットを外して外に出ると、


「おお、レオン殿! お待ちしておりました!」


 基地の司令官である、白髪の目立つ髪をオールバックにしている大将が、SPを従えて直々に出迎えに訪れた。


 彼はレオンと握手をすると、感無量のあまりまた号泣してしまい、副官の女性将校が指揮官代理としてやってきた。


 一通りのやりとりをした後、ところで、と前置きをしてから、


「毛布か何かを、2枚ほど用意していただけませんか?」


 とレオンは女性将校に願い出た。


「れおーん」


「あっ、マリー!」


 待ちきれなくなったマリーが外へ飛び出して来て、レオンの太腿の辺りに抱きついた。


「……。お安いご用です」


 まともに服を着てない彼女を見た女性将校は、若干困惑した様子でそう答えて、整備兵に持ってくるように指示を出した。


「ご迷惑をかけてはダメですよ、マリー」


「むぅ……」


 そのすぐ後に、セレナがコクピットから姿を見せ、そう言ってマリーを嗜めた。


「……なっ、なぁっ!?」


 彼女のその顔を見た途端、


「も、もしや貴女様は、セレナ・H・キャクストン殿下であらせられますかっ!?」


 女性将校は、これ以上ないほど目を見開いてそう訊ねた。


「あっ、はい。そうです」


 かなりの勢いで訊いてきた女性将校に、セレナは少し引き気味にそう返事をした。


「へっ!?」


「何だって!?」


 不意にセレナの素性が明らかになり、レオンは小脇に抱えていたヘルメットを落っことし、ジョンはコクピットの中でひっくり返った。


「公女殿下! よくぞご無事で!」


 それを聞いたレオン達以外の、その場にいた『公国』軍兵士の全員が一斉に最敬礼した。


「あっ、あのっ、皆さんっ。普段通りで結構ですので……」


 女性将校がセレナに礼を言って立ち上がると、部下の兵士達は一糸乱れぬ動きで追随し、ビシッと敬礼をした。


「通信兵!」


 女性将校は敬礼を終えると、近くの通信兵に領主のキャクストン公爵へ、直ちに連絡を入れるように命令した。

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