第九話

「それは、どういう物なのですか?」


「……知らない方が良いと思うよ」


 暗いトーンの声で話すレオンに、これ以上は知らない方が良い、と察したセレナは踏み込んだ質問を避けることにした。


「どうなっているにせよ、早く解放してあげないとね」


 うめくようにそう言ったレオンは、左右のコンソールレバーを強く握りしめた。


 敵機が再び速射砲の冷却タイムに入ったのを見た彼は、自機の姿勢を低くして敵機の懐を目指して高速で突撃を開始する。


『なめるなよ傭兵!』


 口角が最大まで上がっている敵機のパイロットは、レオンの赤い機体に向けて、ビームを左右の砲身から同時に放った。


 それは発射直後に拡散し、散弾銃のようにビームの雨がレオン機に襲いかかる。


「傭兵をなめないでもらいたいね」


 レオンは皮肉交じりにそう言うと、向かって右側の巨岩めがけて、スラスターをフルパワーでふかして跳躍してビームを回避した。


 壁蹴りジャンプの要領で岩の中程を蹴り、武器をブレードモードにして敵機に飛びかると、右腕を肩の砲身ごと切り落として敵機のやや手前に着地した。


『ヒヒッ! 近づいたなぁ!』


 それでも、怪しい笑み崩さない敵機パイロットがそう叫ぶと、機体の大きな頭が左右に割れて、フルチャージされた近接用のレーザー砲が出てきた。


「へえ」


 レオンは特に慌てる様子もなく、足がそろっている敵機に回し蹴りをたたき込んで、前のめりにビタン、と転倒させる。


『なあぁぁぁぁ!?』


 高威力のビームを地面に撃ち込んだ衝撃で、敵機は正面の非レンズ式カメラがロストしてしまった。


「なめないでもらいたい、と言ったはずだよ?」


 同じ調子でそう言ったレオンは、敵機左側の腕も切り落とし、両脚部の根元にブレードを突き刺し、足回りの駆動系を破壊した。


『畜生!』


 万事休すになった敵機のパイロットは、覚えてろ! と、いかにも小悪党っぽい台詞せりふを吐くと同時に、脱出装置のスイッチを押した。


 すると頭部が身体から分離して、身体から流線型をしたコクピットのコフィンが、『王国』方面へ高速で射出された。


 それは15メートルほど地面を滑ると、スラスターが起動して宙に浮き上がった。


「逃がすかっ!」


 レオンはそう叫ぶと、すかさずコンソールの左にあるスイッチをオンにする。すると、機体の背中から翼状のスラスターが展開する。


 後方に向けて噴射するそれを加えることで、そもそも高い機動力がさらに強化された。


「なああああぁ! にいいいいぃ!?」


 逃げ切れると高をくくっていたパイロットは、レオンにいとも簡単に追いつかれて仰天する。

 レオン機は上昇用スラスターをふかして飛び上がり、空中でコフィンをつかんだ。


「畜生めええええぇ!」


 それを地面に落下させたレオンに、摩擦によってコフィンのスラスターが破壊されると、たまらず敵機パイロットは白旗信号をレオン機に送った。


「……頑張ったね。今助けるよ『聖女』様」


 コクピット右下に映し出されたそれを見つつ、レオンは小さな声で力強くそう言った。 


 機体を片膝がついた姿勢にし、スタンバイモードにしたレオンは、セレナに、ちょっと待っててくれ、と言ってハッチを開けた。


 すると上に開いたそれの中から、先に腰ハーネスが付いた降下用のウィンチが2つ出てきた。


「俺も行って良いですかダンナ」


「いいよ」


 ハーネスを装着したレオンとジョンが地面に降りて、ワイヤーとハーネスをつなぐカラビナを外すと、ワイヤーが自動的に巻き取られてハッチが閉まった。


「おーい、ハッチを開けてくれ」


 敵機のコフィンの傍に来たレオンが、敵機パイロットにそう言うと、彼は悪態を吐きながら素直にハッチを開いた。


「はいはい、動かないでくれよ」


 銃を手にしたレオンがコクピット内に入ると、


「ケッ!」


 シートベルトを外していたパイロットが、心底嫌そうな顔をして諸手もろてを挙げていた。

 レオンはその手を後ろに回して手錠をかけると、彼のもつ銃を取り上げてコクピットの外に出した。


「アイツはな、ちょっとバカだけど良い奴だったんだ……!」


 ひざまずく元上官を見下ろしてそう言ったジョンは、彼を蹴り倒してレオンがいるコクピットの中に入った。


「さてと、問題はこれだね」


 入ってきたジョンを一瞥したレオンはそう言って、目の前にある自分の肩ほどの高さがある、後部座席の金属製の黒い箱に手を置いた。


「開けるのに少し手間取りそうだな……」


 彼が箱の下を探ると小さな蓋があり、それを開くと中にコネクターが付いた制御盤があった。


 それを見たレオンは、『レプリカ』を遠隔操作したデバイスを取り出し、そのケーブルのアダプターを箱のコネクターにつないだ。


「それ、ハッキングもできるんですか?」


「ああ。知り合いに頼んだ特注品でね」


 画面をのぞき込んで訊ねるジョンに、レオンは口の端を少し持ち上げた。

 ハッキングアプリを起動して30分ほどすると、カチン、という音がして箱の上面の蓋が半開きになった。


「ジョン君、覚悟はいいかい」


「あ、はい。大丈夫っす」


 そのやりとりの後、ショッキングな光景に備えて身構える2人が、慎重に蓋を開いて中身をのぞき込むと、


「……」


「……」


「……?」


 そこには金髪碧眼の幼い少女が、不思議そうに彼らを見上げて首をかしげていた。

 彼女は全裸の上に、拘束具で身体を箱に固定されていた。


「……まあ、バラバラじゃなくて」


「よ、よかったっすね……」


 非常に気まずそうな表情の2人は、お互いの顔を見合わせてそう言った。

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