第八話

「……ん?」


 操縦席に座ってシートベルトをかけ、コントロールレバーを握ったレオンは、モニター前方の中央に表示されている、古代文字に気がついた。


「ジョン君、これ読めるかい?」


「すいません旦那、分からないっす」


 かじった程度の知識で野郎2人が解読を試みていると、


「護りし者よ、私たちはあなたを待っていた、ですね」


 レオンの隣で文字をじっと見ていたセレナが、あっさりと読み解いてしまった。


「……読めるのかい?」


「はい」


 『世界教』の聖典は、この文字で書いてありますから、と、セレナは、至極当たり前のようにそう言って、後部座席へと移動して座った。


 すると、表示されていた文字が消え、自動的にハッチが閉まった。

 そのすぐ後に、円柱が轟音を立てて崩れ落ち、真紅のカラーリングの機体が姿を現した。それは敵が操る機体とは違って、全体的に細身で流線型の形状をしている。


「おわっ!?」


 コクピットの足元以外は全てモニターになっているため、ジョンは座席が宙に浮いているかのように錯覚した。


「セレナ、機体の型はなんだい?」


「はい、型番から見て1型ですね」


 レオンがセレナにそう訊ねると、彼女は間髪を入れずに答えた。

 モニター正面には機体の全体図と右横にスペック表があり、その1番上の欄には「RIB-12/1」と記述されていた。


 セレナが続けて表の文を全て読み上げると、全ての性能が1型の平均以上であり、特に機動性は2型と同等といった具合だということが分かった。


「なるほど……」


 これを作った設計者は、間違いなく天才だよ、と賞賛するレオンは、頭で思った通りに動く指に驚嘆する。


「武装は……、これか」


 一通り腕周りの操作を確かめた彼は、腰の辺りにマウントされている、5メートルほどの長さがあるブレード状の武器を手に取った。それは刃の部分がレーザー式になっていて、峰部分を手前に倒すとライフルのようなレーザー砲に変形する。


 それをしばらく眺めてから元の位置に戻したレオンは、


「さて、どうやって外に出たものか」


 と困ったようにそう言って機体を1歩前に進ませると、進行方向の壁が崩れ落ちて外の景色が見えた。


 機体を外に出すと、座席を囲うような環状のインターフェースに、2つの機体の型番と位置情報が表示された。片方は敵『神機』のもので、もう片方は『レプリカ』のものだった。後者の方は字が赤くなっていて、下に『大破』と表示されていた。


「レオンさん!」


 『神機』の型番の右横にある距離表示を見たセレナは、敵『神機』が高速で接近してきていることをレオンに伝えた。


「細かい練習はさせてもらえないか」


 それを聞いた彼は、大急ぎで戦闘の基本動作の確認を開始する。

 それがちょうど終わったときに、紫色の『神機』がスラスターを吹かしながら降下してきた。


 着地するやいなや敵機は右肩のレーザー砲を発射したが、レオン機は軽やかな横ステップでそれを回避した。その際、レオン機コクピット内では、遠心力と振動を殆ど感じなかった。


『傭兵風情がぁ! よくも騙してくれたな!』


 通信を遮断していなかったせいで、あまり聞き心地のよくない男の声が、レオン機のコクピット内に響いた。


「騙される方が悪いんだよこのクソ野郎!」


『だまらっしゃい!』


 セレナの後ろにいるジョンからあおられ、敵機のパイロットは激昂して再度砲撃を放つ。しかし、レオン機は先ほどと同じようにそれを回避した。


『1つ言っておくぞ傭兵君。それは貴様のような下賤の者が乗る物ではない!』


 敵機は左右の砲門をレオン機に向けて構えると、同時に腹部の放射状シャッターが開いて、2周りほど口径の小さい砲が9つ現れた。


 それを見たレオンは、腰の武器を銃形態で構えたまま、右後ろに飛び退いた。それでレーザー砲をかわし、遅れて発射されたレーザー式速射砲の連射を、ブレイクダンスでも踊る様に避ける。


 敵機腹部の速射砲は連射力こそかなり高いが、それぞれ5千発ごとに砲身を冷却する必要がある。


「初対面の相手に下賤とはご挨拶だね」


『女をコクピット乗せるような間抜けには、その程度がちょうど良いわ!』


 そんな慌ただしい挙動の中でも冷静なレオンに対し、単純な動きの敵機パイロットは青筋を立ててレオンを罵倒する。


「それが基準なら、君もそうなんじゃないか?」


 速射砲の砲身を冷やす数秒の隙に、レオンにレーザー砲で敵機右肩の砲身を打ち抜かれ、敵機パイロットは顔を歪めて舌打ちをした。


『黙れ! 私のコクピットに女はいない!』


 損傷した砲身を予備の物に切り替え、敵機は冷却が完了した速射砲による砲撃を再開した。


「君は何を言っているんだい? そんな訳がないだろう?」


 『神機』を起動させる際に使った、血の持ち主である『聖女』が乗っていなければ、『神機』は動かす事が出来ない。


『だから女は乗ってないと言っているではないか!』


 レオンの独り言に反応した敵機パイロットは、彼に向かってそう怒鳴った。

 その覚えがなさそうな口ぶりの相手に、


「じゃあ1つ答えてくれ、?」


 レオンは表情を若干こわばらせてそう訊ねた。

 彼には機体が動いているのに『聖女』がいないという状況に、1つ思い当たる節があった。


『黒い箱だ! それがどうした!』


「そうか……」


 我ながら、勘がさえて嫌になるよ、と独りごちたレオンの表情が、徐々に険しい物になっていく。


「レオンさん、もしかしてその箱ってのは……」


「多分、『生体コントロールユニット』だろうね」


 レオンがそう答えると、彼と彼にそう訊ねたジョンは、同時に苦虫をかみつぶしたような表情になった。

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