第七話

 敵『神機』の散発的な攻撃を回避しつつ、レオン機は『公国』西部・第3の都市カプノスに向かって、奇岩の荒野を進んでいた。だが、モニターのインターフェースはほぼ真っ赤になっていて、とてもそこまで持ちそうではなかった。


「あの、レオンさん」


「どうぞ」


 レオンがそう促すと、私の勝手な解釈なのですが……、と、セレナは前置きをして、教会の書庫にあった、『公国』西部の言い伝えを編纂へんさんした本の1文を暗唱する。


 全てを護りし者、パラセクノ・ダソスの中心、『黄金に輝く頂』の下に眠る。


「その『護りし者』が、恐らく『神機』のことだと思うのです」


 あくまで言い伝えなので、関係ないかもしれませんが……、と、彼女は自信なさげな様子でレオンにそう言った。


「いや、案外そういうのはバカにならないものさ」


 それに賭けてみることにした彼が、その地名で検索をかけると、まさに今、自分たちがいる地点のすぐ近くだという結果が出た。


「どうやら運が回ってきたみたいだ」


 そう言ったレオンは、後ろから見えるように、腕を横に伸ばしてサムズアップした。


「レオンさん! 7時の方角にそれらしいものが見えました!」


 その直後、セレナの後ろにいるジョンの視界に、言い伝え通りの岩山が飛び込んできた。


「よし! 一世一代の大博打おおばくちと行こうじゃないか!」


 それを聞いたレオンは、チャフが入った煙幕弾を、前方に向けて一斉に発射した。


 自機がその霧に突っ込むと、彼はその中で機体をドリフトさせる。その遠心力でブレートをぶん投げて、その方向にフレアミサイルをありったけ放った。


「ええい! 鬱陶しい!」


 その中を突っ切った敵『神機』のパイロットは、ブレードの起こした土煙とフレアに引っかかり、麓へ向かったレオン機に気がつくのが遅れた。



 レオン機が岩山の麓にたどり着くと、その根元に洞窟が口を開けていた。横幅は人1人がぎりぎり入る程度のもので、高さは2メートルもなかった。


「いかにも、おあつらえ向きっていう感じだね」


 機体をその前で停止させると、レオンはすぐさまハッチを開け、ジョンの身体を固定する縄を切った。


「行こう、セレナ!」


「はい」


 セレナがそう返事するのを聞いたレオンは、彼女を抱きかかえて地面に降りた。

 2人に続いて、ジョンが機体の外へ出たタイミングで、敵機接近の警報が鳴り響く。


「しょうがない。機体をおとりにするかな」


 遠隔操作用のデバイスを取り出し、座標を指定して自動操縦に切り替えた。


「旦那、良いんですか?」


「構わないさ」


 どのみち賭けが外れなら一緒だしね、と、あっけらかんと言ったレオンは、セレナを再び抱き上げて洞窟へと入って行く。


 なぜか壁面全体が、仄(ほの)かに光っている洞窟内を20メートルほど進むと、


「なんだこりゃ……」


 明らかに機械を使って作られた、高さ20メートルほどの広い空間に出た。

 前を見るのがやっとだった洞窟とは違い、この空間は字が読めるほど明るかった。


「これは……」


「古代遺跡、ですね」


 直径25メートルほどの空間の中央に、巨大な円柱が鎮座していた。3人はしばしその巨大さに圧倒され、目一杯顔を上げてそれを見上げる。


「――ッ!」


 遠雷のような低い音が聞こえて我に返った彼らは、2手に分かれてその円柱に沿って歩き出した。


 2人共がちょうど半周したところで、ちょうどレオンの顔の高さに、『神機』とともに出土する、びない金属の板が埋め込まれていた。古代の文字が彫ってあるそれのすぐ下に、丸いハンドルが突きだしていた。


「本当だったんだ……」


 感慨深げにつぶやくセレナを下ろしてから、レオンはハンドルを握る。


「ちょっと堅くなってるな……」


 固くなっていたそれを、ジョンと2人がかりで回していると、金属板の右側が崩れてドアほどの大きさの穴が空いた。


 その中をのぞき込むと、人が3人ぎりぎり入れるほどの、直方体の空間になっていた。


「入れ、ということみたいですね」


「どうやらね」


 おそるおそる中に入ってみると、いきなりドアが下りてきて入り口が閉まり、上に向かって動き始めた。

 15秒ほどすると動きが止まり、乗ったときとは逆側が開いた。


「古代文明って、つくづくデタラメっすね……」


「同感だ」


 その先にあったのは、『レプリカ』のコクピットと同じように、前後2つのシートと左右のコントロールレバーがあり、足元には2つのペダルがあった。


「これは、何だろうか?」


 だが、正面のコンソール上部には、『レプリカ』のそれにはない、縦横は4センチ四方で厚さが1センチほどの引き出しが付いていた。中は2つに仕切られていて、それらの中央に古代文字が刻まれていた。


「それは多分、『聖女』の血と、純水を入れる所だと思います」


 セレナはそう言いながら、ジャケットのファスナーを下ろし、シャツの胸ポケットに入っていた、折りたたみ式のカミソリを取り出した。


「……ッ」


 彼女はそれで指先を浅く切ると、仕切りの右側に数滴血液を垂らした。


「セレナ、手を貸してくれ」


「あ、はい」


 それが終わるとレオンは、腰のポーチから簡易救急キッドを取り出して、セレナの指に絆創膏を貼った。


「……ありがとうございます」


 そう言ってぺこりと頭を下げた彼女は、自分のうなじに手をまわして、首にかけていた革紐のネックレスを外した。その先には透明な液体の入った、直径1センチほどの球が付いていた。


「その中身は純水?」


 レオンの問いに、はい、と肯定したセレナは、カミソリで革紐を切り取って、球だけを引き出しの中に置いた。


 すると、自動的に引き出しが閉まり、続いてモーターが加速するような甲高い音が鳴り、真っ暗だったモニターに光が入った。


「どうやら、僕たちは賭けに勝ったらしい」


 多少興奮気味にそう言ったレオンと、それを聞いた他の2人の表情は、幾分明るいものへと変わった。

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