第六話

『神機』にはいくつかタイプが存在する。それは、バランスがとれた性能の1型、機動力に優れるが軽武装で装甲も薄い2型、重武装・重装甲だが機動性の悪い3型の3種類である。


 レオンの機体は機動力に優れるカスタマイズになっていて、1型や3型の『神機』よりも高速で走ることができるのだが、


「逃がすものかぁー!」


 ジョンの上司である男が操縦する1型の『神機』は、全く同じ早さでぴたりと後を付けてくる。


「参ったな……」


 右サイドモニターのウィンドウには、高速で遠ざかる奇岩と男の『神機』映像が映っている。それを見るレオンの表情には、わずかながら焦りの色が見られた。


「あんなゴテゴテしてるのに1型かよ……」


 安全のため補助席の背もたれに、自らロープで身体を固定したジョンは、後方モニターで追跡者の姿を見ながらそう独りごちた。


「あとどのくらい持ちそうですか? レオンさん」


「このままだと、2時間ぐらいなものだね」


 ジョンの問いかけに、レオンは至って冷静な口調で答えた。

 前方モニター下部に表示されるインターフェースが、コアの温度上昇を知らせるオレンジ色になっていた。その色合いは徐々に赤色へと近づきつつある。


 電源であるコアの構造こそ、『レプリカ』と『神機』には大きな差はないが出力は段違いであり、その上、前者は常時フルパワーで動かすと、オーバーヒートして動きが大幅に鈍くなってしまう。


 『王国』との国境近くの『公国』西北部の現地点から、2時間でたどり着ける軍事基地をコンピューターに検索させていると、敵機左右の砲身からレオン機の駆動系を狙ってビーム弾が放たれた。


「おっと」


 砲撃を最低限の機動で回避した後、彼は後方に向けてミサイルと、後部用機銃を数発ずつ発射した。


「チッ!」


 だがミサイルはあっさりと打ち落とされてしまい、機銃のビーム弾も敵機には全く通用しなかった。


「やっぱり通用しないか……」


 それなら、とレオンは、真南から奇岩の密度が高い南南東に進路を取る。奇岩の間をスラロームして、敵機をなんとか振り切ろうと試みるが、


「無駄無駄無駄ぁ!」


 全くといっていいほど効果は無く、敵機は背後にきっちりと食らいついて来る。


「通信、届きませんか?」


「ああ、ダメだ」


 コンピューターがはじき出した、現在地から一番近い『公国』軍・カプノス基地に向けて、レオンは長距離通信を飛ばしているが、『王国』軍のジャミングによって、それは阻まれてしまっていた。


 そうこうしている内にも、インターフェースの色はさらに赤色へと近づいていく。


「……あのっ、レオンさん」


 祈るように指を組んだ状態で、ずっと沈黙していた後部座席の少女は、少し震えたような声でレオンに話しかける。


「何だい? お嬢さん」


「彼の狙いは、おそらく私です。ですから――」


「自分を置いていけ、は、残念ながら無理な相談だ」


 決意の表情をしている少女が全部言う前に、レオンは彼女の申し入れをバッサリと断った。


 彼女の自己犠牲的な申し出は、無関係なレオン(とジョン)をこれ以上、巻き込む訳にはいかない、と思ってのことだった。


「なぜ、ですか……っ」


 少女はそのか細い声を荒らげて、レオンに詰め寄るように訊ねる。


「そんなの決まってるじゃないか」


 追っ手の彼が気にくわないからさ、と、外連味けれんみの効いた口調で、レオンは自分の背後にいる少女へそう言った。


「えぇ……」


 特にたいしたことのない理由を聞き、彼女は脱力している。


「それにさ」


 と、前置きをしてからレオンは、


「逆に言えば、まだ僕らが生きているのは、君のおかげだと思うよ」


 そう言って、コンソールのロックオン警告音のスイッチを、オフからオンにした。


「――ッ!」


 するとモニター全部に警告の表示が出て、等間隔でビープ音が鳴り響いた。


「君がいなきゃ、2人ともとっくにあの世にいるところだ」


「そうっすね……」


 わざとじゃなきゃ、狙いが外れる訳ないっすからね、と、ジョンは重苦しげに言った。


 ややあって。


「ところでお嬢さん、まだ君の名前を聞いてなかったね」


 コクピット内に湿っぽい空気が流れる中、レオンはあえて軽い調子で少女に訊ねた。


「セレナ……、と言います」


「セレナか。いい名前だね」


 レオンにそう褒められると、セレナと名乗った少女は、感謝の言葉を尻すぼみに言った。


「いかにも『聖女』様って感じの名前だね」


 何気なくレオンが言った言葉に、


「あっ、はい。……えっ!?」


 セレナは顔を真っ赤にし、腕で胸の辺りを隠した。


「……まさか本当に『聖女』様なのかい!?」


「はい……」


「こいつは驚いた……」


 レオンは仰天しながらも冷静に、敵『神機』が放った脚狙いの攻撃を回避する。


「……あ。見たわけじゃないんですね……」


「?」


 その驚きようを見たセレナは安堵あんどし、聞こえないように小声で独りごちた。

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