第17話
当日の朝になって出られないというメールを寄越してきた恭子に、大丈夫だよお大事にねと返信する。本当は友達といえるのかどうかもわからない人を気遣う心の余裕なんてなかったのだけれど、そうせずには居られない自分の性格を少しだけ憎みながら。
ピンクのふわふわしたポンポンがぶら下がるスマートフォンを眺めながら、「仕方ないよね、出るのやめよ」と即決した亜美の横顔を呆然と眺めた。恥をかくのが大嫌いな亜美の性格をわかっていたはずなのに、いざ理不尽な態度を取られると性懲りもなく悲しくなる自分が甘かった。この三ヶ月間積み上げてきた努力は無駄に散ろうとしていた。
*
誰もこれもうきうきとした顔で笑っている文化祭特有の熱気を感じるのにうんざりして、人気のない屋上に向かう。他校の男子生徒にナンパされているメイド姿の女の子や、お揃いのTシャツを着てフランクフルトを食べている男の子たちがたむろしているのが見える。重たいため息をつきながら、背負ったギターの感触を背骨でなぞる。
—別に初めからあたし、本気じゃなかったし。真剣だったのって、マリカだけなんじゃん。
そう言う亜美の声の冷たさにびっくりして、うっかり傷ついた自分のやわらかい心にもびっくりした。亜美の言うとおりなのかもしれない。きっと、そうなのだろう。何かに打ち込むなんて、バカバカしいことだし、かっこ悪い。私だってそう思っていた。
でも、ムカつくのだ。ムカついて仕方ない。体中の血液が血管に詰まってしまったみたいにむずむずする。この短期間で、私は随分変わってしまったような気がする。誰かに言われなくても分かる。
水色の絵の具をキャンバスにぶちまけたような青空に叫び出したかった。
体育館の裏にカナハの姿を見つけたのはそのときだった。
誰もこないような物陰に、体育座りで身を潜めている。誰にも気づかれないように出来るだけ小さくなろうとしているその姿を見ていると、どうしようもなく切なくなった。
吹奏楽部の演奏が聞こえる。聞きなれたSF映画のテーマだ。サックスやドラムのリズミカルな音が風に運ばれてくる。この演奏が終われば、ステージが変わるはずだった。G-shockの蛍光カラーの腕時計は、15時半を指していた。
そしてバンド演奏は、16時きっかりから始まる。
トランペットの高い音が響きわたったそのとき、屋上のドアノブを回して外へ飛び出していた。後先考えない私の悪いくせだ。でもそんな自分を許してやってもいいんじゃないかとも思う。何故なら文化祭は私たち生徒に平等にやってくるお祭りなのだから。
階段を駆け下りて、カナハが隠れるように座っている体育館めがけて走っていく。頭にバンダナを巻いてとうもろこしにうちわを翳している少女が、驚いたように顔を上げるのがわかった。
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