第15話
週明けの月曜日。あまりの緊張に胃が痛くなりながら、見慣れた教室に足を踏み入れる。机にスクールバッグを置くと、私の気配に気づいた目の前のカナハは肩を震わせた。
ウルフカットの襟足が揺れる。表情の見えない猫背の彼女が何を考えているのかは後ろの席の私には分からない。分かったのは、彼女が私のことを怖がっているということだけだった。
授業中や10分休憩、昼休みの間ずっと、彼女を観察した。
カナハと一度たりとも目が合わないという事実に、胸の奥がちりちりと焦げそうになる。分かりやすくちらちら視線を送っていたことがバレて、卵サンドを手にする亜美に、「マリカ、あいつに何かされた?」と不思議そうに尋ねられたくらいだった。
*
カナハは私との出会いをなかったことにし、私はそういうカナハの態度を受容した。私の携帯電話は鳴らなくなり、前の席の女の子とのコミュニケーションは完全に途絶えた。カナハは何も変わらない。能面のような表情でペチカの音楽を音漏れさせ、誰とも関わらないようにしながらお弁当をつつく。授業中は真剣にシャーペンを動かし、放課後が来れば帰っていく。まるで私のことなんて忘れてしまったみたいに。
普段と変わりない、いつも通りの日常を過ごした。表層的で快楽的で、心の休まる暇のない世界。いつのまにか忘れていた。ここが私の居場所だってことを。
誰かとつながることの心地よさを忘れたくて、自分を特別だと思わせてくれる女の子の優しさを忘れたくて、私は亜美や千恵たちと一緒になってはしゃいだ。やけになったと言ってもいい。特権階級にいる女の子にしか許されない振る舞い、そういうものに価値があるのだと思い込みたかった。恭子をつまはじきにして、同じクラスの昆虫みたいな男子をからかったりして遊んだ。言葉の通い合わない関係に、虚しさなんて感じる暇のないように。
ある日、にらまれたとか態度が悪いとかいう良く分からない理由で亜美がカナハに目をつけた。亜美のからみつくような声が耳に届いて廊下に出ると、カナハが一瞬助けを求めるように私を見た。私とカナハの目があったのは随分久しぶりだった。それは数秒のことだったのに、とても長い時間に思えた。カナハの黒い瞳にとらわれて、私の中の時計は秒針を止めた。
カナハが視線を私から外した途端、私は彼女の世界から消えた。
カナハは私のヒーローだけど、私はきっとカナハのヒーローにはなれない気がする。本当の私は弱いから。亜美や千恵から引き離して、カナハの手を引くことはできない。
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