第12話


「マリカ!ちょっと、あっち!見て!」


 2限の古典が終わると、大人びていてクールな千恵が興奮気味に駆け寄ってきた。教室の入り口の辺りを指差しながら、「がんばってね」と耳打ちされる。まっすぐなストレートヘアが揺れて、シャンプーの人工的な香りが辺りに漂う。


 振り返ると、所在なさげに立っている智久とバッチリ目が合った。久しぶりに顔を合わせる智久の身長は少し伸びていた。出会ったときはかわいいという形容詞の似合う少年だったのに、顔立ちがきりっとして男っぽくなった。男の子って、こんなに短期間で目に見える成長を繰り返して大人になる生き物なんだろうか。結局返信しなかったメールのことを思い出して、思わず顔を伏せてしまう。


 智久と私は、クラスメイトに冷やかされながら教室を出た。付き合っていたのはごく短い期間だったのに、口の軽い亜美や千恵が言いふらした結果、学年中の噂になってしまったのだ。千恵が私の身体をバンバンと叩くとき、前に座るカナハの視線をちらりと感じたような気がした。変な誤解を与えなかったかどうか、そればかり心配になってしまう。

 比較的人の少ない階段の踊り場を選んで、隅にふたり並んで座った。肩が触れるくらい距離が近くて、緊張する。


 智久の捲っていたシャツの袖の手首にピンクと水色のミサンガが結んであることに気づいて、伏せていた顔を上げた。それは智久のサッカーの試合の前に、私がつくったものだった。彼女らしいことをするべきという義務感に煽られただけで、本気で智久のことを思って行動した訳じゃなかった。

 −まだ持っていてくれていたなんて、思いもしなかった。


「これ、外せないんだよね。マリカがつくってくれたものだから」


 智久は手首の紐に触れて、照れ臭そうに笑った。少し捲ったシャツの袖や、ふわふわとパーマをかけた髪の毛を掻き上げる仕草が様になっていて、思わずどきりとしてしまう。

 智久はイケてる男の子だった。智久のこういうナチュラルな格好良さに惹かれない訳じゃなかった。千恵たちが口を揃えて言うように、智久と付き合うことは私にとってプラスになることばかりだと思う。


「ねえ、俺たち、やり直さない?」

「前にも言ったけど、無理だよ」

「何回も後悔してんるんだ、あの日のこと。本当にごめん、焦ってあんなことして。でも、本当に好きなんだ、マリカのことー…時間が経っても、お前のこと忘れられなかった」


 智久はいつでも真剣で、誠実だった。その必死な表情から目を反らせなくなる。ダメなのはきっと、智久じゃなくて私の方だ。彼は何も悪くなかった。少女漫画に出てくる悲劇のヒロインぶりながら、私は智久のために申し訳なさそうな顔をつくることに集中した。思いに応えることができないなら、せめてこれくらいしなきゃ割に合わない。「ごめんね」と言ってうつむく。泣きそうな表情をつくって、目をぎゅっとつぶった。たしかに悲しいはずなのに、涙は出なかった。

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