第11話


 茜さんは、どんな食べ物が好きですか。私は、伊達巻とか安納芋とかー

 今日のテスト、全然できませんでした。茜さんは数学、得意ですかー

 茜さん、ペチカの新譜は聞きましたか。ジャケットのタケル、カッコ良いですよねー


 カナハはあの日の気まずさを忘れたかのように振る舞った。好きな食べ物や音楽など、些細な質問を私に問いかけては無邪気な反応を示した。カナハのそんな態度に合わせて、私も当たり障りのないメールを打った。こうしていると、あの日のことが、遥か遠くのことのように思える。お揃いのような衣装で連れ立って、原宿の露店を冷やかしたあの日。心からの笑顔を浮かべてベースを弾くカナハの姿を思い返すたび、切ないような苦しいような名前をつけられない気持ちが胸を襲った。


 ある日の深夜のことだった。大抵眠りの浅い私は、枕元に置いていた携帯の点滅する灯で目を覚ました。久しぶりに目にする名前に、ぼうっとする頭が覚醒する。

 智久は私の初めての彼氏だった。一年に入ってすぐの放課後、体育館の前に呼び出されて告白された。智久の顔は悪くなかったし、サッカーをやっている体は引き締まっていて格好良かった。何より、どんな人にも変わらない態度で接する性格の優しさに、女の子たちは熱をあげていた。好きだという感情は良く分からなかったけれど、亜美たちの後押しに負けてOKした。それから何度か日曜日に会って、デートを重ねた。


 一方的に別れを切り出したのは、私の方からだった。付き合って数週間目の月曜日の朝だった。智久がどう感じていたのかは分からなかったけれど、私の方は特段何の感傷もなかった。私たちはただそれだけの関係だった。高校生の青春を謳歌しなければならないという強迫観念に負けて起きてしまった、間違いのような恋愛ごっこ。それが終わってから今まで、私はそう思っていた。


「最近どうしてる?また久しぶりに会えないかな」


 また会って、どうしたいというんだろう。

 一文だけのメールを無視して布団をかぶった。智久が私に触ったときのことを思い出す。それは思い出したくない記憶だった。自分が女であることを嫌でも実感させられてしまう記憶。私は智久の家で、子どもから女になった。智久は、私が少女であることを許さなかった。女のように振る舞うことを要求されたのは始めてだった。あの瞬間、私の中で何かが損なわれてしまったということを、私はなんとなく分かっていた。


 その晩は変な夢を見た。


 私に触りたがっている智久の鋭角な輪郭が歪み、華奢な少女の頬のまるみを描き出していく。私の頭の中で完成された少女は何かをつぶやいている。彼女が何を言っているのか、私には聞き取ることができない。彼女の声はとても小さくて、か細いから。

 彼女に触られることに、驚くほど違和感はなかった。同性同士であることに対する葛藤よりも、彼女に触れられたいという性急さが勝った。私は両手を大きく開いて彼女を受け入れる。きたない部分もこわいところも、彼女のすべてを受け入れたかった。


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