第7話
2週間後の土曜日が、私とカナハの初めてのデートだった。
女の子同士で「デート」という名詞を使うことに少しためらいはあったけど、カナハがデートデートと嬉しそうに繰り返すので、これはデートなのだと思うことにした。
当日は朝の10時に茜の家に行って、メイクとファッションを考えてもらった。事情を話すと茜は不思議そうな顔をした。
「ドライなマリカがこんなに誰かのことを気にかけるなんて、意外」
「そんなことないでしょ」
「あるよ。好きな人もできたことないくせに。それって、他人に興味ないってことじゃん」
図星をつかれて黙っていると、「でもまあ、いいことだね」と言いながら、茜は私の荒れかけの肌に白い粉を丁寧にはたいてくれた。目の周りには漆黒の極太アイラインを、唇には紫色のグロスをのせていく。
メイクが終わると、茜は手持ちのクローゼットを開いて、とっておきのパンクな衣装を見せてくれた。どれもこれも、実用性や機能性よりもカッコ良さを優先したものばかりだった。私はその中から赤いチェック地に無数の安全ピンが刺さっているジャケットと黒いダメージスキニーパンツを取り出した。
「ちょっと過激かな」と問いかけると、茜は「それ、すごくマリカに似合うと思うよ」と笑った。
待ち合わせは原宿のキャットストリートの前だった。日曜日の午後だから道行く人々の量も普段の倍になっている。人間に慣れていなさそうな彼女を思い遣っていると、ベビーカーを引く親子連れの後ろにきょろきょろと周りを見回すカナハの姿を見つけた。手を振ろうとするも躊躇して、あげかけた手を元に戻す。今日の私はいつもの女子高生のマリカじゃないのだ。
「茜さんはこの世界の誰よりもかっこいいです」、カナハから来たメールの一文が思い出される。カナハの好きな「茜」はきっとこんな仕草をしないだろう。
カナハは長かった髪を短く切っていた。無造作なジグザグ前髪とウルフ系のショートカットが、小さくて青白い顔に良く似合う。黒縁のアラレ眼鏡をかけていなかったら、いつもこっそりとカナハを観察している私でさえ、彼女だと気づかなかったかもしれない。
紫色のドクロ柄のワンピースの裾と、グレーのニーソの間に絶対領域が覗く白い足は棒のように細かった。
「あの」
その二音を発音すると、カナハはしゃべらなくなった。お待たせしましたとか、お久しぶりですとか、今日は楽しみで眠れませんでしたとか、言うことは山程あるだろうに。
それでも、人任せの受身な態度をかわいいと思ってしまうのは、梳かれたショートカットから覗く耳が赤かったからだ。好意を抱かれていることは、毎日届くメールの文面から嫌という程伝わっている。
それが憧憬なのか、親愛の情なのか。カナハの心を覗くことができない限り、言葉を当てはめることは、できないけれど。
「じゃあ行こ。プリクラ撮るんでしょ?」
子どものように首を振る彼女の手を、そっと引いてやる。小さい手は、びっくりするほど湿っていて、彼女の緊張がその手から伝わってくる気がした。
*
『3、2、1.ハイ、チーズ』
機械から発せられる女の子の声に続いて、シャッター音がした。
画面に表示された画像には、ぎこちなく微笑む私と下を向いているカナハが並んで写っている。
「ね。ちょっと、緊張しすぎじゃない?これじゃ撮った意味ないじゃん」
「…」
「次はちゃんと笑わなきゃだめだよ」
もじもじしているカナハにそう念を押す。再び数字をカウントダウンする声が始まった。慌てて前を向いたけれど少し遅かったようで、画面に表示されているカナハの右半分は画面の外に見切れている。
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