第4話


—妙なことになった。

 あのライブから一週間が経つ。カナハの捨てられた子犬のような純真な瞳に情が湧いて、ついアドレスを交換してしまったことを私は早くも後悔していた。ロクな返事もしていないのに、毎日のように届いている長文のメールに目を通す。いつプリクラを撮りに行けるか、空いている日を教えてほしいという質問には、あえて明確な返事をしていない。

 あの日からあなたのことが頭から離れないだの、今日の夜はあなたの夢を見れるだろうかだの、恋する女子中学生のようなポエムをつづっているのは、能面のような表情を頑なに崩そうとしない前の席のクラスメイトと本当に同一人物なのだろうか。日が経つにつれて、ライブハウスで出会ったのがシミズカナハだったのか、はっきりとした確信を持てなくなってきていた。


「シミズカナハ?まあ、同じ中学だけど。どーかしたの?」


 亜美はなぜそんなことを聞くのかと、訝しげに私を見た。全く接点のないクラスメイトについて教えて欲しいなんて、不審がられて当たり前かもしれない。慌ててとっさに、「友達が、あの子といろいろあったみたいで」と余計な嘘をついてしまう。


「そういうことね、納得。確かに、シミズさんって見た目地味に見えるけど、頭おかしいらしーよ。チューニビョー、みたいな」

「あー、あれでしょ。眼帯とか、手錠とか?」

「それもあるけど。オカルトとか本気で信じちゃってる系。中3のときシミズさん、男子からちょっといじめってか、からかわれてたらしいんだけど、話しかけられたり髪の毛触られたり背中叩かれたりするたび、『これは悪のなんとかの仕業なんだー』とか呟いてたらしいよ。ヤバくない?絶対敬語崩さないし、笑ったとこみたことないし、不気味だよね」


 亜美は自分とは違う世界に住んでいる人間の話題に飽きたのか「それよりさー」という枕詞で流れを変えた。最近他校に初めての彼氏ができたらしく、ここ最近毎日のようにノロケ話を持ちかけてくる亜美は目に見えて浮かれている。

 電話で言われたというスマートな褒め言葉について、聞いているふうに見えるように注意深く相槌を打ちながら、私は今聞いた話について頭の中で整理しようとしていた。お弁当に入っているタコ型のウインナーを箸でころがす。



 こんばんは。そういえば、名前をお聞きするのを忘れていました。

 もし良ければ、教えていただけないでしょうか。

 私は奏葉っていいます。清水奏葉。黒百合女子高校の2年生です。

 何て呼んでいただいても構いません。たぶん、何でも嬉しいから。


 その日の夜に届いたメールだった。この子は見知らぬ人に自分の個人情報をペラペラと喋って、少しは危機感を持った方がいいんじゃないだろうか、といらない心配をしてしまう。

 それにしても、まさか本名を名乗るわけにはいかない。少し考えてから、いっしょにライブに行った茜の名前を借りることにした。

 そうだ、どうせ二人が出会うことはないのだし、茜のプロフィールを全部借りてしまえばいい。

 後先考えない私の悪い癖が後々面倒な事件を引き起こしてしまうことを、当然このときの私はまだ知らなかった。

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