第4話
ガブリエルはそれからたびたびメアリのところへやってきた。
等身大の藁人形を並べて、鎌でその首を切り落とさせ、横からメアリの握り方や動きを細かく指図した。
彼女はまた、時折夕暮れ時に街道に出て、一人旅をしている者がいると家に誘うようになった。
その幸運な旅人たちは、メアリの家で晩餐にあずかり、一泊しただけで、朝には無事な姿で出て行った。
彼らはただ、予行練習の一環だったのだ。
だが満月の夜が近づいてきた。
ある日、メアリは一人の男を家に連れてきた。
この男は国境警備兵で、任期を終えて駐留地から都に帰るところだった。
男は最初、狐につままれたような気分だった。
見知らぬ女のもてなしに驚き、美味しい料理や上等の酒に目を見張った。
だが、それだけでは満足しなかった。
彼が本当に欲しかったのは彼女だったのだ。
そこで男は、翌日もその翌日も屋敷に泊まっていた。
三日の間ねばったわけだが、メアリは男の滞在は歓迎するものの、肝心の誘いにはのらりくらり、いつまでもうんと言わない。
ついに満月の晩、男はメアリに襲いかかった。
夕食の後で、男はすでに相当酔いが回っていた。
女はくねくねと身をよじっては彼の手をすり抜けて逃げてゆく。
彼は笑いながら部屋中を追いかけ回す。
彼女は扉を開き、地下へと続く階段を駆け下りた。男もその後を追っていった。
「おおい! もう降参しろよ。素直になればやさしくしてやるのにな。それとも腕ずくが好みかい!」
そう言ったとたん、男の背後で両開きの鉄の扉が音を立てて閉まった。
そこは地下の小部屋だった。
奥には黒い石の祭壇があった。
そこに、まるであらかじめ準備されていたかのように、いくつもの蝋燭が灯され、白い花が供えられている。
男が近づいて覗き込むと、花の間に棺桶の形の白い箱があり、葬式さながら蓋が開いていた。
箱の中には、幼い少女をかたどった、不気味なほど精巧な人形が横たわっていた。
人形はしっかりと目を閉じ、だが小さな唇は、あたかも乳でもねだるように、ほんのわずかに開いている。
陶器の顔は青ざめ、紅一つさされておらず、皮膚の下に蜘蛛の巣のように張り巡らされた紫色の血管さえも見てとれた。
生きた少女というより、溺死体を模したかのようだ。
「どう、かわいいでしょう」
女のささやき声がした。
飛び上がって振り向くと、女がすぐ背後に立っていた。
隅の影の中にでも隠れていたのだろう、それがいつのまにか祭壇の明かりの中に、彼のそばへと、音もなく忍び寄っていたのだ。
「あたしの娘よ。もうすぐ生きて戻ってくるの」
男はその瞬間、何かの罠にはめられたのを悟った。
これまでの事すべてが罠だったのだ。
女の眼差し、顔つき、声、そのすべてが男を心底震え上がらせた。
しかも女の手には、柄の長い大鎌が握られている。
その鎌が、男の首を正確に狙った一撃を繰り出してきた。
男は「ぎゃあ」と叫ぶと、屈んで刃をかわした。
そして首をすくめたまま、つんのめるようにして地下室の扉を開き、階段を駆け上がった。
女は食堂まで追ってきた。
女が鎌を振り下ろすたび、男は右に左に身をかわし、皿や水差しが砕け散った。
この男、まがりなりにも兵士だったのだ。
彼は扉にとびついたが、外へと続く扉にはいつの間にか錠がかかっていた。
男はそばにあった水差しをつかむと、女の顔めがけて投げつけた。
彼女がよけた隙に、彼は体当たりで硝子窓を破って外に飛び出した。
そして、またたく間に地平線の彼方へと走り去ってしまった。
メアリは追いかけたが、鎌が重くて、そのうちにへたりこんでしまった。
気がつくとすぐ横にガブリエルが立って、あきれたように首を振っていた。
「まったくおまえは、男を怯えさせる名人だね! せっかくぼくが親切に指導までしてやったのに、どうしてあんな単純でわかりやすい下等動物の首さえ満足にとれないんだね。ぼくなら、あいつを足元に跪かせて首を飛ばすのに二秒も要らないくらいなのに」
「おまえみたいにできの悪い生徒は初めてだよ。さあ、これでおまえに残された夜はあと一晩だけになった。今度こそ成功させるのか、それとも最後の機会まで無駄にするのかい?」
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