第18話 はじめての敗北
「そこにいるんだろ? 撃ちやしないから出てこいよ」
キラーウルフはそう言って、ゆっくりと保安官事務所に近付いてきた。
先制攻撃を加えるべきであろうかと思案するが、さすがに相手の数が多すぎる。
バッカーノにたむろしていた連中の数倍は揃っているうえに、さっき屠った連中のような弛緩は見られない。
むしろ誰しもが顔を強張らせて、すぐにでもトリガーを引いてしまいそうな危うい雰囲気すら漂っている。
おそらく連中にそれを強いているのが、件のキラーウルフというプレイヤーなのだろう。
こうして遠目から見ても只者ではないことが分かる。
その所作、その歩法はこのような仮想現実ではなく実戦の戦場を経験した人間のそれだ。
「ちょっと! どうするつもり!?」
アンジェリーナが血の気の失せた顔で聞いてきた。
「連中の標的は僕だ。君はそこで隠れていればいい」
「えっ!? あなた死ぬ気なの!?」
「どうかな。それは連中の気分次第だろう」
そう答えると、銃器をその場において、ハンズアップ状態で事務所から出る。
「ほう。お前がうちの連中を皆殺しにしたプレイヤーか」
キラーウルフが値踏みするような目でこちらを見てくる。
灰色のロングヘアーに灰色の瞳。灰色のロングコートの下にはデザートイーグルを収めたホルスターが見える。
そいつはすべてが灰色の男だった。
「ああ。僕にとってはただの射撃練習にしかならなかったがね」
「まあな。うちの連中はどうにも腕が悪くて困っているところだ。それに性根も腐っているから余計に質が悪い。どうだ? お前もそう思うだろ?」
「そこに関しては同意する。それであんたも同じ類いの人間か?」
「フフッ。ゲームの中でも相変わらず思ったことをそのまま口にするやつだ。そんなことだからトラブルばかり起こしてしまうのだよ。なあ、弦一郎?」
「……お前……なぜ僕の本名を知っている?」
背筋が凍るような感覚。
「バッカーノで部下の1人にお前の写真を撮らせておいた。それを見たときには、さすがに俺も驚いたよ。まさかこんなところでお前に再会するとは思わなかったからな。最初は別人かと思ったが、こうして話していてすぐ分かった。おまけにゲームなのに見た目も現実そっくりだ。相変わらず武器以外には無頓着なのか?」
「……あんた……まさかグレイか?」
「ハッハッハ! ようやく気付いたか? ゲン、お前に会えて嬉しいよ!」
キラーウルフ――グレイ・マックスウェルは腹を抱えながら笑い出した。
「驚いたな。まさかあんた――いや、師匠がゲームをしていたなんて。急に連絡が取れなくなったから心配していたのだぞ」
「悪かった。でも、いずれはこの場所で再会できると信じていたさ。なにせお前は無類の武器マニアだ。お前にとってこのゲームはまさにパラダイスだろ?」
「まあな。師匠の指導のおかげでなんとか生き永らえているさ」
「そうかそうか。本当なら再会を祝して一杯いきたいところだが、肝心のバッカーノはお前とうちの連中が蜂の巣にしちまっからな。うちのアジトで乾杯といくかい?」
「いや結構。明日は学校があるのでそろそろ終わろうと思っていたところだ」
「ふんっ。そういう自分本位なところも相変わらずだ。本当にお前は変わらないな」
「師匠に言われたくないがな。このワールドでの無法者っぷりは聞いたぞ。随分と傍若無人な振る舞いらしいではないか」
「前に教えたろ。力なき正義は悪より質が悪い。つまり力ある悪は正義より正しいんだよ」
「なるほど。言われてみればそのとおりだ」
弱肉強食の世界においてはなによりも強者が正しい。これは自然の摂理であって、現実世界においても同じことである。
「さて、ゲン。一応、俺も金狼団のボスだ。ここでなにもせずにお前を許すと示しがつかない」
ピリッと空気が張りつめた。
グレイの殺気だ。訓練中に何度も味わった殺気をゲームでもはっきりと感じ取る。
本気で僕を撃ち殺すつもりか。
「僕を撃つのか?」
「それはお前次第」
グレイはニヤリと顔を引きつらせると、人差し指を立てた。
「師弟のよしみだ。お前に選択肢を与えてやる。1つ目はこの場で許しを乞いて俺に撃ち殺されるか」
続けてグレイが中指を突き立てる。
「2つ目は金狼団に加入して俺の右腕になるか。どうだ? 俺とお前なら間違いなく最強のギルドを作れる。それこそ他のワールドへの遠征だって夢物語ではなくなるぞ」
興奮気味に話すグレイ。
どうやら目的は僕を仲間に引き込むことのようだ。
さて、弟子として師匠の申し出を受けるべきか。
「ふむ。少し考えさせてくれ」
グレイと一緒に無法者として、この荒野を手中におさめるとすれば、それはそれで刺激的な体験かもしれない。
おまけに金にも困らないだろうし、好きな銃器を簡単に手に入れることもできるだろうな。
「よし。決めた。僕の答えは――――」
言いながら、腰の後ろ側に隠していたグロッグに手をかける。
「――――3つ目の選択肢だ」
「知っていたよ」
瞬間、乾いた銃声が鳴り響いた。
直後、目の前に『蘇生可能時間』というカウンターが表示され、小刻みに秒数が過ぎていく。
さらには痛みもないのに体から力が抜けて、膝からゆっくりと地面に倒れ込む。
そして、僕は理解した。
そうか。撃ち殺されたのか。
グレイの姿を視界の端に捉えると、デザートイーグルをホルスターに収めているところだった。
まったく。相変わらずの早撃ちだ。
サバイバルゲームでもあの早業に何度やられたことか。
死に行く体でそんなことを呑気に考えていると、グレイがゆっくりと近付いてくる。
その顔には表情などなかった。
悲しみも、憎しみも、喜びも、怒りすらない。
すべての感情をどこかに落としてしまったかのような無表情。
グレイは僕の頭の上で立ち止まると、腰を下ろして耳元で囁いた。
「ゲン。また会おう」
その言葉を合図に蘇生可能時間は終了。
僕の体は光の粒子となり、僕の意識は現実世界に引き戻された。
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