第17話 はじめての取り調べ

 保安官事務所はバッカーノから歩いて5分程度の距離にあった。

 他の建物と酷いものだが、こちらに至っては廃屋のような有り様だ。外壁には蜂の巣のような銃跡が残っており、激しい銃撃にさらされたのであろうことは容易に想像できた。

 事務所の中もこれまた酷い。

 ところどころに蜘蛛の巣が糸をはり、テーブルや椅子には埃が積もっている。


「それであなたの目的を教えてもらえる?」


 埃を払い落としてから椅子に腰掛けると、疑うような眼差しを向けたアンジェリーナが話し掛けてきた。

 先刻まで泣きじゃくっていた彼女も幾分は落ち着いたようだ。

 まあ、僕もこれでひと安心といったところか。


 ちなみにアンジェリーナはこのワールドに残った数少ない保安官ギルドの生き残りらしい。

 他のメンバーはログインしていないそうだが、それでも人数は10人にも満たない。

 金狼団の規模はきっとあれ以上だろうから、まさに多勢に無勢。成す術なくやられるのも当然のことだろう。


「目的もなにも僕はただこのゲームをプレイしているだけだ。それ以外に理由があるのか?」

「はぐらかさないで! それだけの理由で金狼団と揉めるわけないでしょ!」

「それだけの理由だ。自分の周りをハエが飛んでいた追い払うだろ? それと同じ理屈だよ」

「……嘘でしょ……あなたこのワールドの内情を知らなかったの?」


 アンジェリーナが驚愕の表情を浮かべる。

 まったく。この女性もバーニィーと一緒で喜怒哀楽が激しいようだ。相対しているとやけに疲れてくる。


「まあな。なにせ初心者なもんで自分の好きな武器が扱えるワールドを選んだまでだ」

「……ちょっと待って! あなた『IWO』のコミュニティサイトを見てないの!? このウェスタンフロンティアはサイトでしって非推奨になってるワールドなのよ!」

「その『IWO』とはなんだ?」

「ええ!? このゲームの頭文字を取った通称よ!」

「そうか。ありがとう。勉強になったよ」

「……本当になにも知らないのね」


 アンジェリーナがガクッと肩を落とした。

 無知を恥じるつもりはないが、このようなリアクションをされてしまうと僕もいささか不愉快な気持ちになる。


「目的を聞いて満足したか? さっさと解放してもらいたいのだが」

「待って! もう1つだけ!」


 急に神妙な顔になるアンジェリーナ。

 いやはや嫌な予感がしてきた。


「答えはノーだ」

「ちょっと! まだなにも言ってないでしょ!」

「どうせ僕に金狼団との戦いに加勢して欲しいとか頼むのだろう? 悪いがそういった面倒事はごめんだ」

「それは……その……」


 アンジェリーナはあからさまに狼狽している。

 どうやら図星だったようだな。


「君は『用心棒』という映画を知っているか?」

「それってあの有名な映画監督の?」

「ああ。あの映画でも君のような劣勢に陥った人間が僕のような流れ者に助けを乞うのさ。その結果はどうなるか分かるな?」

「みんな共倒れとでも言いたいの?」

「正解。本当に助けを乞いたいのなら僕のような信用できない流れ者ではなく、信用できる人間を探すことだな。このワールドから出るということはこのワールドにくることもできるわけだろ?」


 出口があれば入口があるのは当たり前。

 僕の理屈は決して間違っていないはずだが。


「そんなの……とっくに頼んでるわよ! でも、誰も救いになんてきてくれない! なぜか分かる!? 見返りがないからよ! このワールドにきて金狼団と戦っても見返りは名誉と私たちが払える僅かな報酬だけ! たったそれだけの理由で凄腕のキラーウルフと戦おうなんてプレイヤーは誰もいないのよ!」

「そうか。気の毒に。だが、僕だって力にはなれないな。僕の目的はあくまでもゲームを楽しむことだ。これまでこうした娯楽とは無縁の人生を歩んだきたのでね。今はこの仮想現実で銃を扱えることが至上の喜びなのだよ」


 偽らざる本音だった。

 僕は自分の楽しみを削ってまで、誰かに施しを与えるような人間ではない。


「……最低ね……あなたも……他の連中も……それに私も」


 そうポツリと呟いたきりアンジェリーナはなにも喋らなくなった。

 保安官事務所の中に重苦しい空気が漂う。

 やれやれ。僕としてはさっさとこの手錠を外して欲しいのだが。案外無理やり引きちぎれるのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、鎖で繋がれた両手に力を込めた時だった。


 ズキューン!


 1発の銃声が鳴り響き、保安官事務所の壁に穴が空く。

 ハッと身を翻して、自然と事務所の入口に視線を移した。アンジェリーナも同様にその場にしゃがみこんで入口を見ていた。


 そこにいたのは金狼団の連中。

 そして、その中央にはロングコートを着た長髪の男。

 そいつを見た瞬間、アンジェリーナが震える声で呟いた。


「……キラー……ウルフだ」


 それが僕とキラーウルフの最初の邂逅だった。

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