第16話 はじめての逮捕

 バッカーノの外に広がっているのは相変わらず西部劇の世界である。

 あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、何事もなかったかのように静まり返ったこの世界を見ていると、マスターの言葉がつくづく現実なのだと思い知らされた。

 

 ゲームを続けたいならワールドを変えろ。

 ガンショップの女主人もマスターも同じことを言っていたが、その結果がこれなのだろう。


 このワールドには『善』は存在しない。

 そして、僕が『善』になるつもりもない。

 これまでの過程はすべて身に降る火の粉を振り払っただけで、積極的に金狼団の連中をどうこうしようという気持ちもない。

 

 マスターの話を聞いた後でも、その考え方は微塵も変わりはしないだろう。


「そこの男! 手を上げなさい!」

 

 そんなことを考えながら、あてもなくウェスタンフロンティアを散策していると、背後から女性の声が聞こえてきた。


「その台詞は僕に対して言っているのかい?」


 言われたとおりにハンズアップ。


「当たり前でしょ! そのままゆっくりと振り向きなさい!」

「やれやれ。僕がなにをしたっていうんだ?」


 ため息をついて振り返ると、金色のロングヘアにテンガロンハットを被った女が銃口を向けていた。

 手にしているのはややマニアックなベレッタM1934。

 薄茶色の衣服はまさに保安官のコスプレだ。

 左の胸には『W&F』の文字がデフォルメされたバッジがキラリと光る。

 四肢のスラッと伸びた抜群のスタイルに胸はこれでもかと豊かに膨らんでおり、欧米人を思わせる顔立ちは文句をつけようのないほど美しく整っていた。


 これはゲームの描写力がすごいということだろうか。

 どこぞのハリウッドスターと説明されても信じてしまいそうだ。


「さっきバッカーノから激しい銃撃音が聞こえたわ! あなたの仕業なの!?」

「それはどうかな? 金狼団という可能性もあるだろう?」

「誤魔化さないで! 金狼団がバッカーノで銃を抜くわけないでしょ! あそこはやつらのお気に入りの店よ!」

「君は二つ勘違いをしているな。まず、金狼団はどこだろうが構わずに銃を抜いてくる。それに連中はバッカーノを気に入ってるわけではない。負け犬となったマスターの顔を見にきているだけさ」


 あえて挑発するようなことを言ってみたが、どうやら効果は絶大だったようだ。

 目の前の女性は顔を真っ赤に染めながら小刻みに体を震わせていた。


「ドーベルさんのことを悪く言うな! あの人がどんな思いであの店を開いているかあなたに理解できるはずがないわ!」

「ほお。あの御仁の名はドーベルというのか。ふむ。負け犬にふさわしい名だ」


 瞬間、彼女の殺気がこちらに向けられるのを肌で感じ取った。これもゲームの仕様なのだろうか。

 彼女はベレッタM1934の照準を僕の眉間に合わせようしていた。

 が、残念ながら動作がぎこちないうえに酷く遅い。

 これなら欠伸をしてても撃ち殺せる。


 僕は即座にコルトパイソンを抜き撃った。

 狙いは…………彼女が構えるベレッタM1934だ。


「なっ!」


 鈍い金属が鳴り響くとともに彼女の手からベレッタが弾け飛ぶ。


「どうする? まだやるか?」


 僕は銃口を向けたまま問いを投げ掛ける。

 この程度の腕で保安官のつもりなのか?

 それとも単なるコスプレなのだろうか?

 いずれにしろこれでは金狼団の連中と大差ない。


「どうしたのよ!? さっさとPKしたらいいじゃない!」

「おかしなことをいう女だ。なぜPKをする必要がある?」

「えっ!?」

「悪いが君の腕前を試させてもらった」

「腕前を試す!?」

「ああ。不躾なことを言うが、その程度の腕だから『悪』を増長させてしまうのだ。いいか。実力のない正義は悪よりも質が悪い。これは僕の師匠の言葉だ。正義を語る力がないのならそのようなコスプレはやめておけ」

「……あなたに……あなたになにが分かるというのよ……」


 困ったことに目の前の女性は目に大粒の涙を浮かべて泣き出してしまった。

 まいったな。僕としては本当のことを指摘したつもりなのだが。

 現実でもそうだが女性に泣かれると相当面倒なことになる。


「泣かれては困る。それに先程はマスターの悪口を言ってしまったがあれは君を挑発するための方便だ。実際、僕としてはあの御仁を気に入っている」

「……うるさい……あなたに……なにが……」


 これは本当にまいったぞ。

 一向に泣き止む気配がない。


「本当にすまなかった。とりあえず仲直りだ。僕の名前はゲン。君は?」

「……アンジェリーナ」

「アンジェリーナか。素敵な名だ。君はなんのために僕に声を掛けた?」

「……怪しいプレイヤーを逮捕するために」

「よし。いいだろう。君の気がすむのなら逮捕すればいい。それでどうだい?」

「……分かった」


 そう答えると、アンジェリーナは腰のポシェットから手錠を取り出した。


「手錠をしないとダメか?」

「……ダメ」

「やれやれ。こいつはとんでもないことになってしまったな」


 ため息をつきながら両手を差し出すと、ガチャリと両手に手錠がかけられた。


「それでこれからどこにいく?」

「……保安官事務所」

「そうか。手荒な真似はやめてくれよ?」

「……いいからついてきて」


 そうポツリと呟いて歩き出したアンジェリーナの背中を僕は渋々ながら追い掛けた。

 泣きながら連行する女と手錠をかけられてあとを追う男の組み合わせである。

 端から見ればかなり滑稽な姿だろう。


 などと考えながら、僕はまだ見ぬ保安官事務所とやらに連行されていった。

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