第12話 はじめての情報収集③

 ゲン。ちゃんとメモを取っているカイ?

 いいカ。とても大切なことだから絶対に忘れないようしてくだサイ。


 結局のところ、射撃とは『いかに効率よく相手の急所に銃弾を撃ち込めるか』が重要なのだヨ。

 映画のように派手に乱れ撃って、無駄に銃弾を消費するのはとてもじゃないが利口なやり方ではナイ。

 頭部に1発、心臓に2発を心掛けなさイ。

 しくじった場合はもう2、3発ばかし心臓のあたりに撃ち込めばイイ。

 相手がボディアーマーや防弾ベストを着ていたとしても、着弾時の衝撃と痛みは相当なものダ。体勢を整えるには相当な時間を要するから、その間にとどめを刺セ。


 難しく考えず、思考は常にシンプルにしなサイ。

 どんなに酷い状況であっても冷静さだけは保つのデス。


 過信はミスを生み、躊躇いは死を招ク。


 それさえ忘れなければ、キミが本物の戦場に投げ出されたとしても問題はナイ。

 ゲン。キミは私にとって最高の教え子だからネ。

 

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 テンガロンハットの周囲にいた連中は突然の銃撃になすすべなく蜂の巣にされ、ブッシュマスターに装填された銃弾を撃ち尽くす頃には、金狼団の死体の数がさらに7体ばかし増えていた。

 まったく取るに足らぬ連中だ。せめて逃げ惑えばいいものを、突っ立ったままでは動かぬ的と大差ない。

 

 再びカウンターの奥に身を隠して、空になったマガジンを手早くリロードする。

 と、カウンターの反対側から金狼団の怒声が響く。


「クソッ! ふざけやがって! あのガキをぶっ殺すぞ!!」


 その叫び声をきっかけに金狼団の反撃がはじまった。


 ダダダダッと嵐のような銃声。

 カウンターにもたれ掛かった背中に激しい振動が伝わってくる。

 バーニィーは顔面蒼白で耳を押さえながらガクガクと震えていた。ブツブツとなにかを呟いているようだが、どうせ僕への恨み節か神様へのお祈りだろうから放っておこう。

 

 元より戦力としてはカウントしていない。

 そもそもバーニィーのようなナビゲーションNPCはプレイヤーへの攻撃がシステム的に禁止されているらしい。

 まったくもって煩わしいルールだ。そのような無意味な制約がなければグロッグを持たせて特効させているのに。

 なんてことを思案していると、隣からこの場に似つかわしくないやたらと落ち着いた声が聞こえてきた。


「坊や。随分と派手にやらかしてくれたじゃないか」


 声の主は酒場のマスターだった。

 僕たちと同じようにカウンターに身を潜めていたのだろう。


「これは失礼。巻き込んで悪かった」

「気にするな。こんなのは日常茶飯事だ」


 そう答えながら口に咥えたタバコに火をつける。自分の店が穴だらけにされているというのにまるで動じていない。ふむ。この男は間違いなく変人だな。


「しかしまあ、さすがに金狼団にケンカを売る命知らずは初めて見たがな。アレか? 坊やは自殺志願者か?」

「自殺したいならとっくに連中の銃弾を浴びている」

「クックックッ。それもそうだな」


 マスターは愉快そうに笑ってから白煙を吹かす。


「それでこのバカ騒ぎをどう収めるつもりだ? 俺としてはさっさと坊やを差し出して連中にお引き取りいただくのが一番いいと思うのだがね」

「いや、それは困る。僕としては連中の息の根を止めてからゆっくりマスターと話をしたい。迷惑か?」

「クックックッ。面白いことを言うね。坊やの名前は?」

「鏑木弦一郎。このゲームではゲンと名乗っている」

「ゲンか。いいだろう。それじゃあ坊やが連中を皆殺しにできたらどんな質問にも答えてやる。どうだい? やってみるかい?」

「もちろん。数分で終わらせるからホットミルクを用意しといてくれ」

「まいど。今日は店の奢りだ」


 マスターに軽く会釈をする。

 いやはや中々に愉快な御仁だ。このような人との出会いがあるのなら、ゲームもバカにできないな。

 さて、早いところバカげたパーティーの幕を下ろすとするか。


「おい。役立たずのウサギ女」


 そう言いながらバーニィーの頭を思いっきり叩く。


「痛っ! ちょっ……なにすんのさ!」

「情けない。怯えてないで少しは手伝え」

「無理だって! ボクたちナビゲーションNPCはプレイヤーを攻撃できないようにプログラムされてんの! この状況じゃあボクにできることなんてなにもないよ!」

「誰がプレイヤーを撃てと言った」

「ふぇ?」


 途端に間抜けな顔になるバーニィー。

 別段難しい話ではない。プレイヤーを攻撃できないのであれば、


「いいか。やることはとても簡単だ。まずブッシュマスターを持ってカウンターの端で待機しろ。そしたら僕が合図をするから、そのタイミングで入口のスイングドアを狙い撃て。どうだ? これならプレイヤーを攻撃するわけではないからできるだろう?」

「……まあ……それならできるかも」

「よろしい。マガジンが空になるまで撃ったらカウンターに隠れていろ。あとは僕が片付けてやる」

「……ちょっと確認してもいい?」

「なんだ? 急いでいるから手短に済ませ」

「これって……ボクが囮になるって意味だよね?」

「ご明察。たまには鋭いこと言うじゃないか」

「イヤだ! 絶対にイヤだ! こんなところで死にたくない! ていうか、プレイヤーのいざこざに巻き込まれて殺されるなんて前代未聞だよ!」


 座り込みながら両手をバタバタと動かすバーニィー。駄々をこねる子供のようでさすがの僕もイライラしてきた。 


「囀ずるな。やらないなら僕が脳天を撃ち抜くぞ」

「はぁ!? キミはホントに最低なプレイヤーだよ! なんでボクがこんなサイコパスの担当にならなきゃいけないのさ! 統括システムに抗議してやる!!」

「言いたいことはそれだけか? ほら、さっさとスタンバイしろ」


 そう言って、ブッシュマスターを投げ渡す。


「……えっ? なに? ホントにやらないといけないの?」

「いいからやれ。この状況を切り抜けるにはそれしかない」

「…………ここから逃げ出せたらしばらくお暇をいただきます」


 恨めしそうに答えると、バーニィーは今にも泣き出しそうな顔のまま床を這って移動しはじめた。

 まったく、最初から素直に従っていればいいものを余計な手間を掛けさせてくれる。


 バーニィーがカウンターの端に辿り着いたのを確認してから、僕は反対側へと移動を開始する。

 左手にはレミントン。左右の腰に下げたホルスターにはリロード済のコルトパイソンとグロッグ。すでに安全装置は解除してある。


 ああ、そういえば、あのバカウサギが戦闘ではアクティブスキルを使ったほうが有利とか言っていたな。どれ、ものの試しにいくつか使用してみるか。

 まだぎこちない動きで目の前にメニュー画面を呼び出して、そのまま『スキル』の項目をタッチする。

 ズラリと並んだメニューの中に『アクティブスキル』という項目があったので、迷わずそれを選ぶと、すぐに数えきれないほどのスキルが表示された。

 手短にスキルの効果を流し見てから有用そうなものを1つだけ選択する。


 スキルの発動方法は単純明快。

 視界のメニューバーに表示された『発動ボタン』をタッチするか、スキルをスタンバイ状態にしたままで『任意のスキル名+オン』と叫ぶだけでいいらしい。ヘルプ欄にそのように記載されているので間違いないはずだ。


 しかしまあ、さすがにスキル名を叫ぶなどの行為はどこぞの戦隊ヒーローのようでみっともない。ここは少し手間だが前者を選択するとしよう。


 不安そうにこちらを見つめるバーニィーと視線を合わせて、僕は軽く頷いてから右手の指を3本立てた。

 

 カウントに合わせて1本ずつ折り曲げる。

 3…………2…………1…………いまだ。


 右手でトリガーを引くジェスチャー。

 それに気付いたバーニィーが悲鳴にも似た大声を上げながらカウンターから身を乗り出す。


 僕も動き出す。

 メニューバーのアクティブスキルをタッチして、レミントンを構えながら金狼団の群れに飛び込む。


 発動したスキルの名は――――【透明な殺意】といった。

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