第11話 はじめての情報収集②

 グロッグから手を離して、条件反射でホールドアップ。

 僕の隣に腰掛けていたバーニィーもあたふたと慌てながら同じよう両手を上げている。

 なんとまあ……さすがに予想外だ。

 これまでの人生で数十人の男から銃口を向けられたことは一度もない。

 それは至極当たり前のことなのだけど、だからこそ僕の心は恐怖とは別の感情で高鳴っているのだろう。

 どうすればこの状況を切り抜けられるか。

 その一点だけに思考を集中させ、状況を見定めて、手段をイメージする。

 我ながらオモチャを見つけた子供のような反応だと呆れてしまうが、やはり興奮のほうが勝ってしまうようで、僕の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 

「おいおい。ビビりすぎておかしくなったか?」


 テンガロンハットを被った壮年の男がわざと脅かすように声を掛けてきた。

 カラスの刺繍が施されたポンチョを身に着けて、その手にはやはりゴールドに輝くコルトローマンが握られている。

 

「ビビってはないが驚いてはいる」


 素直に答えた。

 まあ、実際のところ、恐れという感情は微塵もなかったわけだが、そんな僕の態度が気に入らなかったのだろう。男が吐き捨てるように言った。


「ゲームだから死ぬのも怖くないってか。フンッ。お前はなにも分かってない。ゲームだからこそいっそ死んだほうがましと思えるようなことも起きるんだぜ」

「ほう。興味深い。例えばどんなことだ?」

「命を落とす瞬間の恐怖ってのはゲームも現実も大差ない。ただ、痛みが伴うかどうかの違いだけだ。俺はこれまで何度かゲーム内で死んでいるが、あんな経験は二度とごめんだぜ」


 ゲーム内での死。

 仮想現実はあくまでもかりそめの世界ではあるが、そこで行われることは限りなく現実に近い。

 かりそめであったとしても、『死』は本質的に恐ろしいものだ。しかも、それが他者による悪意の結果だとすれば、尚更のこと不愉快な気分になる。


「僕だって死にたくはないさ」

「そうだ。この世界の常識だ」


 男が満足げに頷いている。

 まるで名言の一つでも吐き捨てたかのような偉ぶった仕草だった。


「あんたの話はこれで終わりか? 用がないならいい加減に解放して欲しいのだが」

「まあ待て。ここからが本題だ。実は俺の所属するギルドのメンバーがPKされたみたいでな。そのせいでログインできないってんで怒りまくってるんだよ」

「それは気の毒に」

「だろ? 連中ときたらその腹いせに自分たちをPKしたクソ野郎を見つけ出して、代わりにぶっ殺してくれって言ってきてな。ったく、とんだ恥知らずだと思わないか? 尻拭いぐらい自分でしろって話だ」


 ケラケラと笑う男に合わせて、周りの連中も大声で笑い出す。

 どうやら物騒な連中をまとめているのはこの男のようだ。


「ああ。僕でもそう思う」

「まあな。ただ、問題はPKされたのが金狼団の団員ってことなんだよ。知ってるか? このワールドで俺たちに逆らう連中は例外なく皆殺しにしてる。例え、それがゲームをはじめたばかりの初心者だとしてもな」


 男が鋭い視線で睨みつけてきた。

 なるほど。僕はすでに金狼団から指名手配されているということか。

 そうとは知らずに敵のど真ん中に踏み込んでしまうとは、あのマスターが言うように僕もつくづく運のない男だ。


「僕を殺すのか?」

「そうなるな。どうだ? 命乞いでもしてみるか?

「ふんっ。どうせ殺されるのだから無駄なことだ」

「よく分かってるじゃねーか。ただ、殺す前に聞きたいことがある」


 そう言って、男は余裕の笑みを浮かべた。

 つまりこの状況において自分の優位性を疑っていないということだ。

 それならつけ入る隙はいくらでもある。


「どうやってあの三人をPKした? あいつら別に強くはないが、初心者にやられるほどバカでもないはずだ」

「どうかな。そもそもあんたらは勘違いしている」

「はあ?」

「本当に僕がPKしたと思っているのか?」

「……なにが言いたい?」

「僕は数時間前にこのゲームをはじめたばかりの初心者だ。そんなやつがある程度の経験を積んだ連中をPKしたと本気で思っているのか?」


 男の表情が困惑に変わる。

 僕の口から発せられた言葉がよっぽど驚いているのだろう。

 なまじ生殺与奪権を握っていると思い込んでいただけに、予想外の展開になると途端に脆い。

 こうなったら僕のペースだ。


「もっと思考を働かせろ。弱者が強者に勝つにはどうすればいいか。圧倒的な不利を覆すにはなにが必要か」

「…………」

「それは至極シンプルなことだ。強者を葬るにはより強い誰かに頼ればいい。僕の言っている意味が分かるか?」

「……あいつらをPKしたのはテメエじゃなくて別の人間だとでも言いたいのか?」

「正解。僕は初心者だが、僕の仲間は経験豊富な戦士だ。お前たちのような弱いものイジメしかできない輩を狩ることに至上の喜びを感じている」

「……面白い。だったらそいつもここに連れてこい。テメエと一緒にぶっ殺してやる!」

「その必要はない。彼はすでにお前たちを射程に捉えている」

「なん……だと!?」

「いつでも撃ち殺せるさ。準備はいいか? 


 僕がそう嘯いた瞬間だった。

 鼻息を荒くした男の視線がマスターに向けられる。


 当然、僕はそれを見逃さない。

 右手で腰のホルスターからコルトパイソンを抜き取りながら、左手で撃鉄を引き起こす。

 そして、そのまま男の眉間と心臓にファニングショット。

 コルトパイソンから放たれたマグナム弾がすべて命中して、男は反撃する間もなく崩れ落ちた。

 それを見届けてからコルトパイソンをホルスターに戻した。

 初動からホルスターに戻すまでの所要時間はおよそ三秒。

 うん。悪くはない。早撃ちの腕は錆びついていないようだ。


 僕はそのまま身を翻すと、呆気にとられたバーニィーの首根っこを摑まえてカウンターの奥に飛び込んだ。

 銃撃戦の基本はいかに遮蔽物を利用するかにかかっている。

 その点、この酒場のカウンターは手頃なサイズだった。


「ちょ! キミどういうつもり!?」

 

 我に返ったバーニィーが顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。

 僕は意に介さずにブッシュマスターの安全装置を解除する。


「喚くな。ちょうど射撃練習がしたいと思っていたところだ」

「やめなって! 相手の数を見たでしょ!? ボクたち瞬殺されるよ!」

「バカ野郎。そんなことはやってみないと分からんだろうが」

「うっ……キミが異常者だってこと忘れてた……」

「失礼な。僕は誰よりも武器を愛しているだけだ」


 と、カウンターの反対側が騒がしくなってきた。

 事態の深刻さにようやく気付いたようだ。


「ふ、副長! 大丈夫っすか!?」

「おい! 誰か蘇生薬とか持ってないのか!?」

「急げ! 早くしねーとリバイバルタイム終わっちまうぞ!」


 連中の叫び声を聞きながら、僕はレミントンにスラッグ弾を装填し始めた。

 バーニィーは訝しみながらそれを見つめている。


「どうかしたのか?」

「いや……射撃練習とか言ってた割にはゆっくりしてるから……」

「もう少し待て。じきに僕の蒔いた餌に釣られる頃だからな」

「なに言ってるか全然分かんないんだけど……」

「あのテンガロンハットの男を生き返らせるために敵が集まるだろうが。あとはそこを狙い撃ちにするだけだ。素人でも簡単にやれるさ。これは中東のゲリラがよく使う手段だ。まあ、実際は死なない程度に負傷させて、その救助にきたやつらを狙うのだがな」

「キミ……思考が悪魔すぎる」

「勝つためになんでもするのは呼吸するのと同じことだ」

「でも、あいつらが先に仕掛けてきたらどーするのさ!」

「それはない。いいか。やつはこの場所で一番格上の存在だ。そんなやつが倒されたとなれば連中の統制は乱れる。僕と戦うべきか。それともここから逃げるべきか。恐らく連中は混乱してどちらも選べない。その証拠に誰も撃ってこないだろ?」

「……確かに」


 不思議そうな顔で頷くバーニィー。

 僕がテンガロンハットを倒して三十秒ほど経過しようとしていたが、まだ誰も撃ち返してこない。

 

「だが、連中はしばらくすると我に返る。そして、自分の取るべき行動に気付く。それがなにか分かるか?」

「えーっと……反撃?」

「違う。あの男の蘇生だ。僕と交戦して殺されるリスクよりも、やつを生き返らせるほうがリスクが少ないからな」

「まさか……そこまで計算してたわけ?」

「だから言っただろう。これは呼吸と同じ。生きるための義務だ」


 さて、そろそろ頃合いだ。

 ブッシュマスターを肩越しに構えて、カウンターから身を乗り出す。

 目の前には、テンガロンハットを取り囲む男たちの姿。

 そいつらに向かって、引き絞るようにトリガーを引く。

 ダダダダッと乾いた発砲音を合図に、酒場『バッカーノ』は阿鼻叫喚の戦場へと様変わりした。

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