第10話 はじめての情報収集
やはりこのゲームはかなり現実に忠実に作られているようだ。
銃の重さも正確に再現されており、さすがに自分一人で持つのは面倒だったので、弾薬とレミントンはバーニィーに持たせることにした。
何度か「重い」とか「もう無理」とか文句を言っていたが、ずっと無視していたらなにも言わなくなったので無問題。
しかしまあ、銃器の運搬方法については一考の価値があるな。
さて、装備が整ったところで、次の目的は試し撃ち。
街の外に出て、適当な的を見つけて射撃に興じるとしよう。
などと思っていたのだが、そこに待ったをかけたのはバーニィーだった。
「ちょっと待って! さっきのお姉さんの話を聞いてないの!?」
「ああ。もちろん。さっさとこの街から出ていけとか言ってたな」
「だったら呑気にしてないで少しは焦ろうよ!」
「知らん。僕には関係のない話だ」
「どう考えても関係あるって! あのお姉さんの話だと、君がPKしたのは金狼団とかいう奴らでしょ!? きっとそいつらが報復しにくるって意味だよ!」
「ふん。敵が現れたのならば一戦交えればいい」
「だーかーらー! その敵がどんな奴らか分からないのに戦おうってわけ? いくらなんでも無謀過ぎるから!」
「……確かに一理ある」
顔面蒼白のバーニィーにこくりと頷く。
先刻の道すがらにバーニィーと話したことを頭の中で反芻した。
僕のスキルLvなら大抵の敵には対処できるらしい。
モンスターの闊歩するフィールドであっても余程の無茶な行動をしなければすぐに倒される心配はない。
だが、それはあくまでも仮定の話だ。
例えば、スキルLvは低いものの、キャラクターLvが高かったり、僕よりも遥かに装備が充実しているプレイヤーを相手にする場合はその限りではない。
いくらスキルLvが高いとはいえ、僕はゲームをはじめたばかりの初心者だ。
過信すれば必ず身を滅ぼす。それは現実でもゲームでも同じことなのである。
バーニィーの指摘は至極もっともだった。
「よし! こうなったら情報収集だよ!」
「なるほど……情報収集か」
「住人が見当たらないのもおかしいでしょ!? もしかしたらそれも金狼団のせいかもしれないよ!」
「うむ。サバイバルゲームでも敵の情報を知ることが勝利への近道だ」
「うんうん! そうしよう! まずは酒場に行ってみよう!」
「酒場? 理由は?」
「酒場って人が集まる場所だからきっと色んな情報も集まってると思うの!」
「いや、待てよ。お前はナビゲーションNPCだよな? 酒場とか行かなくても普通は現地の事情とか把握しているだろ?」
「………………さあ! 行こうか!」
「おい」
まあ、そんなわけで、僕たちは情報収集のため、街の中心部にある酒場に向かうことにした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
酒場の入口には『バッカーノ』と書かれた看板が無造作に放置されていた。
見てくれは木造小屋だったが、周囲の建物よりは二回りほどサイズが大きい。
店内からは盛り場特有の下品な笑い声が漏れ出ており、どうやら無人の街というわけではなさそうだった。
「……ここ……だよね?」
その雰囲気に怖気づいたのか、バーニィーが不安そうに肩を寄せてきた。
まあ、確かに年頃の女の子がくるような場所ではない。
用がなければこんな場所は僕だって願い下げだ。
「あのさ……ちょっといい?」
「なんだ?」
「ボク、お酒の臭いとか苦手だから……外で待ってようかなって……」
「ほら、いいからついてこい」
「鬼! 悪魔! 人でなし!」
バーニィーの泣き言を聞き流しながらドアを押す。
西部劇にありがちなスイングドアは軽く力を入れただけでスッと開いた。
そのまま酒場に踏み込むと、オーディオの電源を切ったかのように喧騒が静まり返った。
店内には数十人の男たち。服装は様々だが、全員が粗暴な雰囲気を漂わせた品位の欠片もない輩たちに見える。
全身に突き刺さる狂暴な視線はまるで獲物を品定めされているようだ。
一歩。また一歩。カウンターにいるこの店のマスターと思わしき男に向かって歩を進める。
ギィと木目の床が軋むたびに、周囲からは舌打ちと嘲笑が聞こえてきた。
酒場のように怯えきったのか、バーニィーは一言も喋らずに僕の後ろについてくる。
僕も黙って歩き続けて、カウンター席の空いたスペースに腰掛けた。
「マスター。ホットミルクを貰えるかな?」
無表情で黙々とグラスを磨くマスターに声を掛ける。
長身痩躯の中年男性だった。いや、口髭とオールバックの髪のせいで老けて見えるが、歳は三十ぐらいだろうか。
「悪いな。一見の客はお断りだ」
マスターは目も合わさずに言った。
僕のことを拒絶するかのような態度にほんの少しだが違和感を覚える。
「そうか。なら、教えて欲しいことがある」
「坊や。お前に教えてやることはなにもない。いいからさっさと出て行け」
完全に拒絶されているみたいだ。
まいったな。これでは取りつく島もない。
しかし、このまま大人しく出て行ったところで、状況はなに一つ変わらないわけだし、多少は強引に聞いてみるか。
「必要な情報を教えてもらえれば勝手に出ていく」
「おい。それ以上は黙っていたほうが身のためだ」
「どうかな。さて、あんたは『金狼団』とやらを知っているか?」
そう口にした瞬間だった。
『ガチャッ』
一斉に撃鉄を上げる音が響き渡った。
僕はホルスターのグロッグに手を掛けてながら、ゆっくりと振り返ると…………ため息まじりに呟いた。
「まいったな。一日で二度も同じ目に遭うなんて」
目の前にいたのは、僕に向かって銃口を向ける数十人の男たち。
その銃はすべて悪趣味な金色にペイントされている。
「坊やも運が悪い。ここはお前がお探しの金狼団の溜まり場だ」
背後から聞こえるマスターの声は憐みで満ちていた。
さて、この状況はどうしたものか。
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