第9話 はじめてのお買いもの

 目的の店舗は徒歩で三十分ほどの場所にあった。

 と言っても、ゲーム内の時間は現実よりも早く流れるように設定されている為、日差しの強かった青空はすでに夕闇に変わっており、それに合わせるように歩道の脇に並ぶ街灯がポツポツと灯りだしていた。

 道すがらにバーニィーに質問したところ、時間経過が早く設定されているのは、ゲーム内の特定の時間帯だけ発生する限定イベントなどにすべてのプレイヤーが平等に参加できるようにすることが目的らしい。

 確かに学生や社会人であれば、休日以外はゲームをする時間は確保できない。

 しかしまあ、そういった意味で平等性を謳っているのであれば、そもそも限定イベントとやらをなくせばいいだけではないだろうか?

 そんな感想を漏らしたところ、呆れ顔のバーニィーに「はいはい。運営に報告しておきます」と棒読みで返された。しばくぞコラ。

 

 そんな感じで歩き続けること三十分。

 視線の先に木造の小さな建物が見えてきた。

 横長の看板には、殴り書きで『銀の銃弾シルバーバレット』の文字。

 ここがウェスタンフロンティアで唯一営業している装備屋。僕たちは目的地に到着したようだ。


「ここでいいのか?」

「そうだね! この店で間違いないよ!」

「ふぅ……それにしても随分と歩いたな」

「だよねー! でも、この店をお気に入り登録するか、近くのゲートを解放すれば転送機能が使えるから! 今度からはラクチンだよ!」

「やれやれ……ゲームのくせに不便なものだ」


 ニヤケ顔で答えるバーニィーを一瞥してから、今度は店の外観に視線を移した。

 古めかしい木造の建物で大きさは学校の教室ぐらいか。

 店というから勝手にスーパーのような物を想像していたが、どうやら思ったよりも小規模らしい。

 プレイヤーが個人で開業している店であれば、このぐらいのサイズがちょうどいいのかもしれない。


「随分と小さな店だね!」

「……はあ?」

「プレイヤーの店ってホントはもっと大きいの! アイテムが小さくなったりしないからね! 要するに店舗も相応に広くないとまともに商売ができないってことよ!」

「……だったら店の管理はどうする?」

「店員はNPCを雇えば大丈夫! そもそも他のワールドには数十階建ての店とかもあるんだからね! そこは生産職のプレイヤーがアイテムを作ったり、営業職のプレイヤーが仲買人になったりで大繁盛! 一日で数百億ガルの取引が行われたりするってわけ!」

「……たった一店舗で数百億か……現実よりも凄まじいな」

「自由度の高さがこのゲームの売りだもん! 基本的に運営はチートとかの違反行為がない限りは不干渉ってスタンスなの! あくまでもゲーム内の経済や行政を動かしていくのはプレイヤー次第ってわけね! まあ、そのせいでPKみたいな連中も一定数は存在するけどさ!」

「それが民主主義ってものだ。気にするな」


 素っ気なく返事をしてから、改めて店の外観を観察する。

 正直、しょぼい。これでは近所のコンビニのほうがよっぽどマシな気がする。

 しかしまあ、現時点で営業しているのがこの店だけである以上は、好き勝手なことは言ってられない。

 そんなことを考えながら、入口のドアノブに手を掛けて、そっとドアを開けた。

 

「いらっしゃい」


 瞬間、聞こえてきたのは無愛想な女性の声。

 いつもなら礼儀正しく挨拶をしているところだが、目の前の光景を見た途端、僕の理性はあらゆる意味で吹き飛んだ。


「おお……神よ……」


 店内の棚にはズラリと並んだ銃器。

 向かって左手側から拳銃ピストル、次に自動小銃アサルトライフル、今度は散弾銃ショットガン、そして右手側には狙撃銃スナイパーライフル、その隣に擲弾発射機グレネードランチャーまである。

 おまけに棚の足元に置かれた木箱には手榴弾グレネードの山。

 父よ。これは幻だろか。

 ここは楽園である。まさに黄金郷エルドラドである。


 なんとも形容しがたい高揚感に襲われた僕はフラフラとおぼつかない足取りで銃器の棚に向かう。

 ガラス張りのショーケースではなく、剥き出しのままで銃と値札が置かれている。

 まったく飾り気を感じない。だが、それがいい。銃の持つ本来の美しさを余計なPOPや派手な装飾で損なう心配がない。

 さて、まずは一番近い拳銃のコーナーから物色開始だ。

 

【ベレッタM92】

 攻撃力:340

 レア度:1000分の1ワンオブサウザンド

 値段:25000ガル


【グロッグ18C】

 攻撃力:570

 レア度:10000分の1ワンオブテンサウザンド

 値段:37000ガル


【コルトパイソン】

 攻撃力:1200

 レア度:100000分の1ワンオブハンドレッドサウザンド

 値段:270000ガル


【ルガーP08】

 攻撃力:5600

 レア度:1000000分の1ワンオブミリオン

 値段:6100000ガル


【H&K MARK23】

 攻撃力:7350

 レア度:1000000分の1ワンオブミリオン

 値段:9310000ガル


「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 思わず口からこぼれ出したのは歓喜の声だった。

 素晴らしい。実に素晴らしい。

 この他にも『ワルサ―P38』や『FNブローニング・ハイパワー』、『デザートイーグル』などなど。

 値段にバラつきはあったものの、そこに並ぶ拳銃はすべて喉から手がでるほどの逸品ばかりであった。


「ど、どうした!?」

「僕に話し掛けないでくれ!」

 

 駆け寄ってきたバーニィーを乱暴に振り払う。

 この至福の時間だけは誰にも邪魔されたくない。

 すかさず次の棚に移動する。


【ブッシュマスターACR】

 攻撃力:2450

 レア度:100000分の1ワンオブハンドレッドサウザンド

 値段:491000ガル


【SIS SG550】

 攻撃力:3300

 レア度:100000分の1ワンオブハンドレッドサウザンド

 値段:549000ガル


【FN SCAR】

 攻撃力:8300

 レア度:1000000分の1ワンオブミリオン

 値段:9100000ガル


【M4カービン】

 攻撃力:12600

 レア度:1000000分の1ワンオブミリオン

 値段:13100000ガル


「……もう死んでもいい!!」

「ホントにどうしちゃったのさ!?」

「これを見ろ! 僕が恋い焦がれた銃が勢揃いだ! M4も欲しいが、ブッシュマスターも欲しい! むしろ全部欲しい!」

「正気に戻って! キミの所持金じゃ無理だから!」


 バーニィーは興奮した僕をなだめるように肩をゆする。

 こんな状態で落ち着けるわけがない。無理だ。もうずっとゲームの中で生きていたい。


「やれやれ。やかましい客だ」


 そんな僕の耳に聞こえてきたのは先程の無愛想な女性の声。

 おお。そうだった。礼儀を重んじる僕としたことが迂闊であった。


「これは失礼。この店の銃が素晴らし過ぎて我を忘れてしまった」


 そう返事をして、再度店内に視線を向ける。

 と、銃器に挟まれた奥にレジカウンターが見えた。

 そして、その正面で腕組みをしながらタバコを咥える女性が一人。

 光沢を放つ金髪に目鼻立ちの整った顔つき。

 右目は髑髏マークの眼帯で塞がれているが、もう片方の瞳は鮮やかなブルーで輝いている。

 世間一般的な表現をするならば美人であったが、迷彩柄の軍服に身を包んだその姿になんとなく違和感を抱く。

 

「好きなだけ見て構わないよ。欲しいのあったらここに持ってきな」

「そうさせてもらうよ」


 女性にそう返事をしてショッピング再開。

 しばらく店内を物色してから、いくつかの銃器と足りなくなった弾薬を手に取ってレジに向かう。

 ちなみに僕が選んだのは、『ブッシュマスター』、『レミントンM870』、『グロッグ18C』、『コルトパイソン』、『アサルトライフル用弾薬600発』、『ショットガン用弾薬70発』、『ピストル用弾薬300発』だった。

 基本はブッシュマスターをメインウェポンにして、近距離ではストッピングパワーの高いレミントンとコルトパイソン、速射力の高いグロッグを使い分ける。

 後々に狙撃銃などにも挑戦したいが如何せん金が足りなかったので、そこら辺は次回のお楽しみだ。


「あんた初心者か?」


 レジでの精算中に女性が話し掛けてきた。


「ああ。数時間前にはじめたばかりだ」

「へえ。それにしてはよくこんな金を持ってたね」

「悪党を成敗したご褒美だよ」

「悪党ね……そっちの嬢ちゃんが持っている金色の銃はそいつらから奪ったものかい?」

「ほう。よく知っているな。ああ、そうだ。できればこの銃と衣服を買い取って欲しいのだが」


 不服そうな表情のバーニィーに合図をする。

 金色の銃が三丁と悪趣味な衣服が三人分。

 バーニィーは面倒くさそうにレジの上に置いた。


「あっははははは!」


 と、それを見た途端、女性が腹を抱えて笑い出した。

 まあ、確かに笑える装飾ではあるが……。


「これは傑作だねぇ! あんた、『金狼団きんろうだん』の連中をPKしたのかい!」

「んっ? 金狼団?」

「一つだけアドバイスだ。このゲームを長く続けたければ今すぐに他のワールドに移動しな」

「待て。どういう意味だ?」

「あんたは絶対に手を出しちゃいけない相手に刃向ったってことだ」

「ふんっ。僕は身にふる火の粉を払っただけだぞ」

「相手はそう思わないさ。ほらほら。厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。この銃と装備品は私が処分しとくから、買い物が終わったのならさっさと出て行ってくれ」


 そう言われて、無理やり店から追い出された。

 去り際に一言だけ聞けたのは、この店の主の名前だけ。


「ジェーン・ドゥか。金を貯めたらまたこよう」


 しかし、僕はまだ気付いていなかった。

 とんでもなくやばい状況に自分が追い込まれていることに。


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