第5話 はじめての戦闘
さて、どうしたものか。
さすがにこの事態は想定外である。
無用なトラブルは勘弁して欲しいのだが、この状況では逃げ出すことも難しい。
待てよ。バーニィーを盾にして逃げるというのはどうだろうか。
と思って、バーニィーに視線を向けると、すでにドアの後ろに隠れて、頭を抱えながら「なんでボクがこんな修羅場に巻き込まれなきゃいけないのさ……」などと呟いていた。
まったく。本当に使えないコンシェルジュだ。
せめて弾除けぐらいにはなれないのだろうか。
無事に生き残ることができたら説教確定だな。
というか、いくらなんでもゲームとはいえ、殺人を犯すような危険人物を放置しておいていいのか?
信じられん。これだからゲームが好きな人間はモラルが低いとバカにされるのだ。
「ウサ耳のお嬢ちゃんの話を聞いたろ? 俺たちに逆らっても無駄だぜ」
腕組みをしながら色々と思案していると、スキンヘッドが無表情のままに口を開いた。
状況把握。スキンヘッドはこの集団のリーダーと思われる。
先刻からギャーギャーと喚いていたモヒカンも口を閉じ、隣に並び立つアフロの顔にも緊張の色が見える。
「僕に何の用だ?」
「とりあえずお前の所持金と装備品をすべて差し出せよ。素直に従えば命までは取らねーから」
スキンヘッドの声が一気に冷え込む。
恫喝からの懐柔。強者が弱者を追い詰める際の常套手段である。
「ほお。つまりカツアゲということか?」
「ご明察。別に難しい話をしてるわけじゃない。命が惜しければ相応の対価が必要だろ?」
「ふふっ……相応の対価ね」
スキンヘッドの言葉に思わず笑いが溢れる。
元より命に代わるものなど存在しない。
チンピラ風情が随分と調子に乗ったものだ。
「何がおかしい?」
「僕はたった今ゲームをはじめた人間だ。所持金もほんの僅か、装備品は最初に支給されたものしかない。それでも奪うのかね?」
「当然。俺たちには金が必要なんだよ。テメエが初心者だろうが経験者だろうが関係ない」
「おやおや。よっぽど金に困っていると見えるが、真面目に働くという気はなさそうだな」
「グズグズとうるせーぞ。死にたくなければ対価を差し出せ。それが嫌ならさっさと死ね」
その場の空気がさらに冷え込んだ。
まさに一触即発。ふとした拍子に銃撃戦がはじまってもなんらおかしくない。
やれやれ……もう何を言っても無駄だろう。
平和的な解決はもう期待できない。
ならばやることは一つしかだけだ。
「分かった。言う通りにしよう」
「いいね。素直なやつは嫌いじゃないぜ」
満足そうにニヤリとほくそ笑むスキンヘッド。
僕は腰のベルトにぶら下げた布製の袋に手を掛けた。
「別に金に未練はない。そもそも何に使えばいいか分からないしな」
そう返事をしながら、袋の口を開き、中に入った金貨を右手で握り込むと、
「だから、金が欲しいと言うのならくれやってもいい。ほら、受け取れ」
十数枚の金貨を思いっきり上空に放り投げた。
キラキラと輝く金貨が散らばりながら宙を舞う。
自然とスキンヘッドたちの視線が金貨に移る。
「だが、このような形で奪われるのは実に不愉快だ」
僕はその隙を見逃さなかった。
連中の注意が逸れた瞬間、腰の左に巻いたホルスターからSAAを抜き取ると、目の前で金貨を見上げているモヒカンのこめかみに銃口を向けて、
「そういうわけだ。少しだけ抵抗させてもらおうか」
躊躇わずに引き金を引いた。
乾いた発砲音が鳴り響く。
撃鉄を起こして、トリガーを引く。
その単純な動作を三度繰り返す。
この距離で外すような間抜けではない。
三発の弾丸が的確に頭部を撃ち抜いたところで、モヒカンはガクッと膝から崩れ落ちる。
僕はモヒカンの胸ぐらをやや乱暴に掴み上げた。
役立たずのコンシェルジュを含めて、その場の人間はまだ呆気に取られている。
まったく。無警戒にもほどがある。
自分たちが撃たれるとは思っていなかったのだろうか。
僕はため息をつくと、力の抜けたモヒカンの体を盾にしながら、今度はアフロに銃口を向けた。
敵も慌ててウィンチェスターライフルを構える。
が、遅い。遅すぎる。
SAAに装填された残りの三発を頭部に撃ち込む。当然、アフロは一言も発せず前のめりに倒れ込んだ。
「テ、テメエ……何してくれてんだ!?」
我に返った様子のスキンヘッドが怒鳴り声を上げる。
直後、敵の手にしたトミーガンが盛大に火を吹いた。
雷のような轟音。地を割るような爆音。
SAAの発砲音とはスケールが違う。
「見て分からんのかね? ささやかな抵抗だ」
しかし、その銃弾はすべてモヒカンの体に撃ち込まれていった。
右手越しに伝わる衝撃は凄まじい。だが、耐えられる。
頭の中でカウントしながら、スキンヘッドに向かって走り出す。
その距離は約二十メートル。あっという間に距離が詰まった。
「なっ……テメエ、近付くな!」
「いいことを教えてやろう。トミーガンのドラムマガジンは最大で100発まで装填できる。そして、発射速度は秒速で10から20発だ。どういうことか分かるかね?」
「だ、黙れよ! ぶっ殺すぞ!」
「要するにだ。君の銃はすぐに弾切れを起こす」
そう告げた瞬間だった。
カチッと撃鉄を叩く音。
案の定、トミーガンの残弾が尽きた。
「クソッ……!」
急いで
だが、僕はすでにSAAのリロードを終えている。
「やめておけ。僕のほうが早い」
SAAの銃口を頭部につきつけて一言。
これで勝負あり。やけにあっさりと決着がついたものだ。何だか物足りなさを感じるのは贅沢だろうか。
僕としてはこう派手な銃撃戦になるのを期待していたのだが。
「マジかよ……俺たちの……負け」
「残念だったな。どうやら僕のほうが一枚上手だったようだ」
「テメエ……何者だ!?」
「さっきも言っただろ。今日からこのゲームをはじめた初心者だ」
「そんなの……信じられるかよ……」
「信じるかどうかは君次第だがね。さて、最後に言い残すことは?」
「テメエ、覚えてろよ。ただじゃおかねーからな。絶対ぶっ殺す!」
「いいとも。その時はまた返り討ちにしてやる」
最後にそう言ってから、撃鉄を起こして、トリガーを引いた。
四発の発砲音。スキンヘッドの崩れ落ちる音。ヒャッという悲鳴はバーニィーの上げたものだろうか。
さて、そんなわけで、僕のはじめての戦闘は終了となった。
あまり褒められた行為ではないが、なかなかに刺激的な経験である。
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