第3話 はじめての武器選択
今年から都内の大学に通うことになった。
都内にあるとはいっても、別に自慢できるようなところでもない。
世間一般の評価として考えれば、紛れもなく三流と呼べる大学だ。
僕は大学進学を機にはじめて実家を離れる。
まあ、別に一人暮らしにそこまで希望を抱いているわけではないが、両親の束縛が緩くなるのは大歓迎だ。
高校の頃は、こっそり隠し持っていた暗器が見つかって処分されたこともあったし、模造刀を真剣と勘違いされて大騒ぎになったこともあった。
あのような煩わしい騒ぎは勘弁して欲しい。
そもそも父も母も他人の趣味にケチをつけないでもらいたい。
そんなわけで、両親に引っ越しの手伝いをしてもらい、ようやく新居で一息ついたのが三十分前。
大量に積まれた段ボールを整理していると、見覚えのあるヘルメット型のゲーム機を発見した。
ああ、そう言えば、こんなのもあったなと思い出す。
というか、よくよく考えてみれば、もう二週間近くゲームをしていなかった。
いくら引っ越しの準備で忙しかったとはいえ迂闊である。
物事を途中で投げ出すのは僕の性分ではない。まだキャラクターの設定とやらしかできていないのなら最後までやり切るべきだ。
テーブルの上に置いてある時計を見ると時刻は午後七時。まだ寝るには早い。
そう思った僕はおよそ二週間振りにゲームにログインすることにした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
精神が浮遊する感覚。二度目でもこの違和感には慣れない。
僕は二週間前にキャラクタークリエイトを行った白い空間に立っていた。
目の前には全身を映す鏡。そこには茶発で伊達眼鏡を掛けた男。どうやら前回まで設定した項目がきちんと反映されているらしい。
周囲をぐるっと見渡すと、部屋の隅にウサギ耳の女性ことコンシェルジュのバーニィーがいることに気付いた。
「おお。久しぶりだな。元気だったか?」
僕は手を上げて合図をする。
「……ああ……やっときましたか……」
バーニィーは酷く落ち込んでいるようで元気がない。
おかしいな。何かあったのだろうか?
「大丈夫か?」
「……大丈夫じゃない……まさか二週間も待たされるとはね……さすがにボクも予想外だったよ……」
「悪かった。色々と立て込んでいてな」
「悪かったじゃないよ! 普通ははじめてゲームしたら寝る間も惜しむでしょ!? ログアウトしても二~三時間の仮眠を取ったらすぐにログインするでしょ!?」
まさかの逆ギレである。いや、怒られる理由が分からん。
「お前、ちゃんと寝ないと健康に悪いぞ」
「うるさいよ! キミがログインしてこないからボクはこの空間で二週間待ちぼうけだよ!」
「おいおい。誰が待ってくれと言った?」
「ゲームの仕様なの! プレイヤーがキャラ設定を終わらない限りは、ボクたちナビゲーションNPCはここから出られないのよ!」
「ほお。それはまた大変だったな」
「他人事みたいに言うな!」
「いや、他人だから仕方ないだろ」
「バカバカバカバカバカ!!」
それからしばらくバーニィーに怒られ続けた結果、僕が全面的に非を認めて謝罪することで手打ちとなった。
何故に僕が謝らないといけないかは理解できんが、コンシェルジュの新たな可能性を垣間見た気がする。
「ふぅースッキリした♪ 最初から素直に認めればいいのよ!」
「もうどうでもいいから次の項目を設定しようか」
この女との絡みは実に面倒くさい。
僕は面倒くさいことは嫌いなのだ。
「むふふ! 次はお待ちかねの武器選択だよ!」
「ふむ。いよいよか」
僕がこのゲームで唯一気になっている部分。
リアルに再現された武器とやらがどの程度のクオリティなのか確かめてみるとしよう。
「んじゃ、まずは肝心の武器から紹介♪」
なんてことを言いながら、バーニィーが軽快に手を叩く。
すると、僕の目の前に武器と説明文が浮かび上がってきた。
「おお……これは……」
武器の数は全部で七種類。
左端から順に目を通していく。
【
攻撃力:5
初級冒険者に支給される見習いの剣
【なまくら刀】
攻撃力:5
初級冒険者に支給される見習いの刀
【銅の槍】
攻撃力:5
初級冒険者に支給される見習いの槍
【木製の弓】
攻撃力:5
銅の矢:20本
初級冒険者に支給される見習いの弓と矢
【
攻撃力:5
初級冒険者に支給される見習いの短剣
【
攻撃力:5
45
初級冒険者に支給される見習いの銃
【新木の杖】
攻撃力:1
魔法攻撃力:5
初級冒険者に支給される見習いの杖
「最初はこの七種類の武器から一つを選んでもらうの!」
「ふむ。触ってもいいか?」
「もちろん♪」
一番近い場所にある【なまくら刀】を手に取る。
ズシリとした重量感。実物と比べても遜色ないように思える。
試しに振り下ろしてみると、錆びた刀身がビュッと空を切った。
思ったより悪くない。いや、むしろ想像していたよりもずっと良い。
それから順に武器の感触を確かめていく。
「うーん……この中から選ぶのか……」
正直、選べない。どれも良さそうだし、できればすべて使いたい。
「もしかして武器を選べないとか?」
「まあ、そんなところだな」
「むふー! そんなキミに朗報! このゲームではすべての武器を使用することができます♪」
「なに? それは本当か?」
「イエース! なのでそこまで悩む必要はなし! 自分の使いたい武器を選べばいいよ!」
「……自分の使いたい武器か」
もう一度、七種類の武器に目を通す。
どれも魅力的だが、その中で一つを選べとなれば、僕にはこれしかない。
僕はそっと手を伸ばして、自分の手に馴染ませるように握り込む。
「おっと! ようやく決まったみたいだね!」
「ああ。これでいい」
僕が選んだのは【SAA】だった。
旧式の
それだけにワクワクが止まらない。
「銃を選ぶの!?」
「何か問題でも?」
「このゲームの戦闘は基本的にプレイヤーの技量に大きく左右されるの! だから、現実で馴染みのない武器を使用する場合は慣れるまで時間が掛かるよ!」
「それなら大丈夫だ。二年前に両親とハワイ旅行に行った時に射撃練習場に通い詰めていたからな。滞在期間中である程度の銃器は経験できたつもりだ」
RPGやスティンガーミサイルは使用できなかったのが心残りだった。
まあ、練習場のスコアを更新しまくった挙句、インストラクターからは「SWATに興味はないか?」と聞かれたので筋はいいのだろう。
「そかそかー! なら、それに決定しよう!」
バーニィーが口にした瞬間、僕の目の前に『この武器で決定しますか?』とアイコンが浮かび上がる。その下には『YES/NO』の二文字。
僕は迷わずに『YES』のボタンを押した。
それに合わせて、身に着けていた服が無地のTシャツ姿から、西部劇に出てくるようなカウボーイの衣装へと変わる。
せっかくなので腰のホルスターにSAAを仕舞う。
なかなか粋な演出じゃないか。自然と気分も盛り上がってくる。
「さて、これで武器選択は終了だね!」
「うむ。文句なしだ」
「熟練度システムの説明もしておく? 一応、ゲーム内で戦闘を経験してから説明することが多いよ!」
「それでいい。煩わしいことは遠慮しておこう」
「オッケー! んじゃ次がスタート地点の選択だね!」
そう言って、バーニィーが指を鳴らすと、ズラッと並んだ武器が消え去り、その代わりに地図のような物が浮かび上がった。
どこかで見たことのある地形だと思ったら、日本やアメリカなどの形を少し変更しただけのようだ。
ただし、その配置はバラバラ。日本の真上にアメリカがあったりする。
「ここから選べと?」
思わず呟いてから、地図上の説明文に視線を向ける。
【倭国】
戦国時代の日本をモデルにした地方。鮮やかな四季が特徴的だが、群雄割拠の時代が数百年続いている。
【ブリタイン王国】
中世ヨーロッパをモデルにした地方。雪景色に彩られた地方を『英雄王』が支配しているが、反乱の兆しが見え隠れしている。
【ウェスタンフロンティア】
開拓期のアメリカをモデルにした地方。乾いた荒野が辺り一面に広がっており、強盗団と保安官が戦いを繰り返している。
【隠者の森】
中世ヨーロッパをモデルにした地方。新緑が生い茂った森林が舞台。黒魔術派と白魔術派の派閥争いが続いている。
【ルーティス】
架空の海洋国家をモデルにした地方。巨大な船が何千隻も繋ぎ合わさった国家で、次期提督の座を巡って争いが起こっている。
「最初に選べるのはその五種類なの! まあ、ストーリーを進めれば、すぐに他の国に移動できるようになるよ!」
「なるほど。それなら最初は【ウェスタンフロンティア】ではじめるとしよう。せっかくSAAを選んだのだからな」
今度も『YES』のボタンを選択。
地図上の【ウェスタンフロンティア】がクローズアップされていく。
「最後に餞別代りの10000ガルをプレゼントなのだ!」
手渡されたのはやたらと膨らんだ布製の袋。
上下に動かすとジャラジャラと金属の音がする。
「このゲームには便利な道具袋とかないからさ! あくまでも自分が持てる範囲でアイテムは所持できるよ! だから、アイテムの持ち過ぎには要注意ね!」
「アイテムとは何だ?」
「ゲーム内で手に入る道具! これには武器とか防具も含まれてるよ!」
「了解した」
「よーし! それじゃ冒険の時間だ!」
バーニィーが手を叩くと、今度は目の前に淡く発光するドアが現れた。
「そのドアの先は【ウェスタンフロンティア】に繋がってるの!」
「ほう。それで僕はゲーム内で何をすればいい?」
「それはキミが決めることだ! キミの足跡こそが冒険なのさ!」
「つまり何をしてもいいってことか。まあ、適当にやってみるさ」
そう返事をしながら、ドアノブに手を掛ける。
「あっ、ボクのことはシステムメニューからいつでも呼び出せるから! 困ったことがあったらいつでも頼ってね!」
「了解。そうならないことを願うよ」
はじめてのゲーム体験。これはこれで悪くないかもしれない。
僕が熱中するかは分からないが、少なくともこの時点では割と楽しめている。
まあ、とりあえずは久しぶりに銃を撃ってみたいものだな。
なんてことを考えながら、ドアを開いて先に進む。
視線の先にあったのは、西部劇を彷彿とさせる荒野の街。
そして、僕に銃口を向ける三人の男たちだった。
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