第2話 はじめてのキャラクタークリエイト
気が付くと、真っ白な空間に立っていた。
上も下も右も左もすべてが白一色。奇妙な光景に平衡感覚が狂いそうになる。
そして、僕の目の前にあるのは巨大な鑑。そこには見覚えのある男性が映っていた。
パーマのかかったボサボサの黒髪。クールな印象を与える切れ長の目。痩せ型で均整のとれた顔立ち。
端的に言ってしまえば、鏡に映っていたのはそこそこハンサムな僕だった。
それにしても、初のVR体験ではあったが、そのリアルさに驚きを隠せない。
目の前にあるのは鑑だから、僕の姿が映し出されるのは当然のことなのだが、それこそ現実と寸分違わぬレベルで忠実に再現されている。
眉の形や前髪の長さまで。細かな部分までまったく同じ。本当にゲームの中なのか疑わしくなる。
僕が感心しながら鏡を覗き込んでいると、
「むふふー! クオリティの高さに驚いているみたいだね♪」
突然、背後から女性の声に呼び掛けられた。
咄嗟に身構えながら振り返ると、そこに立っていたのは、
「……ウサギ?」
燕尾服に身を包んだウサギ耳の女性だった。
「ぶー! ハズレ! 正解はウサ耳美少女のバーニィーちゃんでした♪」
ウサギ耳の女性は耳をピョコンと動かしながら陽気に答える。
「……お前、何者だ?」
「よくぞ聞いてくれました! ボクはナビゲーションNPCだよ♪」
「……ナビゲーションNPC?」
「そうそう! プレイヤーをサポートするための補助システムさ!」
「……補助システム?」
「うーん? 個々のプレイヤーに用意されてるコシェルジュって言ったほうが分かりやすいかな?」
「……総合世話係ということか。具体的に何をしてもらえるのだ?」
「えーっと、君のようにはじめてログインするプレイヤーの初期設定を手伝ったり、ゲームのシステムについて説明をするのが主な仕事♪ あとはゲーム内でも分からないことがあったら相談にのるよ!」
なるほど。細かな要望に応える『コンシェルジュ』という意味なのだろう。
僕のようなゲームに疎い人間にはかなり心強い味方に思える。
「了解。理解した。では、さっそく頼んでもいいか?」
「おお! いいよー! 何でも言ってちょうだいな♪」
自信満々に胸を叩くバーニィー。それに合わせて器用に耳も動く。
「チェンジだ」
「……えっ?」
「コンシェルジュをチェンジしたい」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 君の担当はボクだよ!」
「それがどうした? いいから別の担当に変わってくれ」
「ダ、ダメだって! そもそもどうして変わらなきゃいけないのさ!?」
バーニィーが困惑の表情を浮かべながらこっちを見ている。
ふぅ。仕方がない。面倒だが説明してやるか。
「初対面の相手に馴れ馴れし過ぎる。そんな無礼なヤツは信用できない」
「これはボクのAIがそう設定されてるのが原因で……」
「礼儀知らずは嫌いだね。コンシェルジュを名乗るなら礼節を重んじろ」
「……す、すいませんでした」
「それとお前はどうにも頼りなく見える。軍隊の鬼教官はいないのか?」
「えーっと……見た目がアレなキャラがパートナーになって楽しいの?」
「逆に聞くが、戦場に行くのにウサギの耳をした女性がパートナーで心強いか?」
「……ボクも鬼教官がいいと思います」
「分かったらさっさとチェンジしろ」
バーニィーは悲しそうにガクッと肩を落とした。
彼女の落ち込んだ姿を見ると、少しだけ可哀想にも思えてくる。
だが、これからのことを考えると鬼教官の一択しかないだろう。
僕の心と肉体を徹底的に鍛えて上げて欲しい。
好きな武器について夜通し語り合ってみたい。
それだけでもこのゲームをはじめた価値がある。
ああ、どんどん期待が膨らんでいく。
「あの……ホントに言いにくいんだけど……ナビゲーションNPCの変更はできません!」
なんて素敵な妄想をしているところに衝撃の事実が発覚。
「おい。どういうことだ?」
「このゲームは新規のプレイヤーに合わせてナビゲーションNPCが作成されるの! だから選び直しとかキャラ交代は無理なの!」
「なん……だと!」
「だから諦めてボクをパートナーにしてよ! 悪いようにはしないからさ!」
必死に懇願するバーニィー。
うーん。そう言われてしまったら引き下がるしかあるまい。
サポートがないとゲームを進めることができないのは僕が一番よく分かっている。
正直なところ、かなり不服ではあるが。
「ふぅ。いいだろう」
「ありがとうございます! 一生懸命がんばります!」
まったく。最初からこれだけ謙虚にしていれば少しは印象も良かったのに。
ゲーム内のキャラクターとはみんなこういう性格なのだろうか。
「さて、これから何をすればいい?」
「ほいほーい! じゃあ仕切り直してキャラクタークリエイトをはじめよっか♪」
「キャラクタークリエイト?」
「あれ? もしかしてはじめてMMOをプレイする?」
「ああ。 この手の娯楽は未経験だ」
「そかそか! んじゃこれからやることを簡単に説明するね!」
バーニィーは自慢気にパチンと指を鳴らす。
次の瞬間、僕の目の前に半透明のキーボードが現れた。
「まずはそのコンソールを使ってプレイヤーネームを入力するのだ!」
「ほお。プレイヤーネームとはゲームで使用する名前ということか?」
「おっ! 察しがいいね! 変更できないから慎重に決めてね♪」
「どの言語でもいいのか?」
「もちろん! 英語や日本語、スワヒリ語やタガログ語も使えるよ!」
「了解。少し待っていろ」
そう返事をしてから、目の前のキーボードを叩く。
基本的な操作方法は現実世界と同じようだ。
アルファベットを一文字ずつタイプして漢字に変換。
それに合わせて、キーボードの上に文字が浮かび上がってくる。
何度かその操作を繰り返したところで入力完了。
「どれどれ……君の名前は『
「いいや。僕の本名だ」
「ぶわっは!!」
「んっ? どうかしたのか?」
「き、君ね! リアルの名前を登録するプレイヤーなんていないよ! 仮にいたとしても名字だけとか、下の名前だけとか、アナグラムにするとか、とにかく本名を設定するのはマズイって!」
「バカを言うな。ゲームをするのは僕だ。他人の名前にしては意味がないだろう」
「プライバシーって知ってる!? 普通はリアルバレを恐れて偽装するよね!?」
「何か問題でも?」
「大アリだよ!!」
バーニィーの剣幕に若干引いてしまった。
何故に逆ギレされなくてはいけないのだ?
ゲームの登場人物とはこんなものなのか?
「ふぅ。なら僕はどうすればいい?」
「せめて名前を『カブ』か『ラギ』にすることをオススメします!」
「おい。人の名前を『グリとグラ』みたいに省略するな」
「いや……別にこれは例えであって……ていうか、君も真面目に考えてよ!」
「ったく、仕方ない。それなら『ゲン』にしよう。親しい友人にはそう呼ばれている」
「それで! それで決定! ほらほら! さっさと入力して!」
バーニィーに促されて名前を入力する。キーボードの上に『ゲン』と表示されたところで、決定ボタンをクリック。
視界に『これでプレイヤーネームの登録が完了しました』と表示された。
それを見たバーニィーは感慨深げな顔で頷いている。
どうやらこれで名前の設定は終わったようだな。
「さて、次は何をすればいい?」
「次はプレイヤーの容姿設定だよ♪」
再びパチンと指の音が鳴り響くと、僕の目の前にいくつかのウィンドウが現れた。
ウィンドウには『髪型』や『目』、『鼻』といった顔のパーツから、『身長』や『体重』といった体格まで、人の体を構成するパーツのほとんどが揃っていた。
しかしまあ、さすがに『種族』や『性別』という項目まであるのには驚かされたが……。
「これを組み合わせて容姿を変更するわけか」
「その通り! このゲームのコンセプトは『なりたい自分になれる!』なのです!」 種族も自由に選べるし、性別も変更できるよ! まあ、性別を変更するプレイヤーはあまりいないけどね♪」
「この『種族』というのは人種みたいなものか?」
「おっ! 興味を持った!? せっかくだから『種族』をクリックしてみて!」
「うむ。いいだろう」
試しに『種族』の項目を触ってみると、ずらっとプルダウンリストが表示された。
その内容にじっくりと目を通す。
【ヒューマン】
普通の人間。すべてのステータスがバランス良く向上するが、能力特化型のキャラ育成には不向き。
【エルフ】
容姿端麗で魔法に優れた種族。
【ドワーフ】
筋骨隆々とした力に優れた種族。
【獣人】
獣の血が流れる種族。AGIに特化している。その他のステータスも平均的だが、INTや
【小人族】
子供の姿をした種族。ステータスの数値は全般的に低いが、レベルアップによる上昇値はどの種族よりも高い。
「このINTとかHPとは何だ?」
「キャラクターの性能のこと! STRが高ければ腕力が強くなって、AGIが高ければ素早く動けるの!」
「ふーん……さっぱり分からん」
「まあまあ! 初心者なら細かいことは気にしないで好きなの選べばいいよ! ボクみたいになりたい場合は『獣人』がオススメかな♪」
「その種族にはどんなメリットがあるのだ?」
「魔法職を目指さないのならステータスも優秀だけど、何といってもケモノ耳ね! これのおかげで『獣人』はプレイヤー人口一位なの!」
そう言いながら、ウサギの耳をピョコピョコと動かすバーニィー。
ケモノ耳とはあれのことだろうな。つまり『獣人』を選択した場合はもれなく動物の耳になるということか。
「一つ聞いていいか?」
「なになにー?」
「動物の耳にして何が楽しいのだ?」
「えっ?」
「気持ち悪いだろ。自分の耳が動物になるなど考えただけで寒気がする」
「ちょっと待って! 本気で言ってるの!? 憧れのケモノ耳だよ!?」
「ノーセンキューだ。僕はこの容姿のままでいい」
そもそも自分の姿を変更するということが理解できない。
実際にプレイするのは自分自身だ。姿を偽ったりすれば意味がないと思うのだが。
ゲームをプレイする人間は変身願望でもあるのだろうか。
「ぶわっは!! ダメダメ! それだけは絶対にダメ!」
「またそれか。お前、コンシェルジュの割には邪魔ばかりしてないか?」
「だーかーらー! プライバシーの問題があるんだって! リアルと同じ容姿にしたらヤバいって分かんないかな!?」
「知らん。そんなの僕の勝手だ」
「あのね! キャラ設定のせいでトラブルに巻き込まれたらボクが統括システムに怒られるの! 最悪デリートされるかもしれないの!」
「おぅ……そんなに物騒なゲームなのか?」
「頼むから変更してください! せめて髪の色とか髪型だけでもいいから!」
「まったく……随分と注文の多いコンシェルジュだ」
必死に懇願された結果、少しだけ容姿を変更することにした。
と言っても、黒髪を茶髪に変えて、オシャレな伊達眼鏡を掛けて、髪型を綺麗に整えただけ。
だが、これだけでも雰囲気は変わって見える。
「はぁはぁ……何で初期設定だけでこんなに疲れないといけないのよ……」
「おや? AIも疲れるのか?」
「想定外の事態が多すぎて情報処理が追いつかないのよ……」
「そうか。疲れたのなら今日はここまでだな」
「えっ!?」
「僕も疲れた。続きはまた今度にしよう。これどうやれば現実に戻せる?」
「システム側でログアウト処理ができるけど……」
「じゃあそれで頼む。また会おう」
「あっ……はい……じゃあまた」
そう言われて、僕の意識は再び暗転した。
バーニィーが絶望した表情でこっちを見ているのが実に印象的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます