第8話:対決
ゆっくりとレーンに近づき、ジョシュアとアレンは見つめあった。
2人の姿に、観衆のどよめきが響いた。
それぞれ、レーンの配置につく。
号砲が鳴った。それは、あっという間だった。
※
さきほど選手控え室で言われたことがずっと頭をよぎり、アレンは平静を保っていることができなかった。立っているだけで精一杯だった。
ジョシュアは言い放った。
「ケヴィン・コーヴィがこちらの専属エンジニアとして来るといっている」
アレンは硬直した。
「そんなはずない」
ジョシュアは笑って続けた。「彼は、ただの技術者だ。障碍者向けの慈善活動になんて鼻から興味などない。より良い環境で研究ができて、そのうえ金払いもいいとなれば、こちらにくるのは当然だ。そもそもが、帝国陸軍の地雷開発者なのは知っているだろう。お前のチームでの活動も、所詮、罪滅ぼしってところだ」
心が黒い感情に包まれていくのがわかった。
「彼の出自を知らなかったのか?」
アレンの蒼白な顔色を見て、あざけるような、ジョシュアの声が響いた。
「彼は、元帝国陸軍の地雷開発者。お前や俺みたいな、たくさんのかたわ野郎どもを生み出した、戦争に加担した張本人だよ」
※
動揺させるようなことを試合直前に教えてくるジョシュアの無神経さに、少し苛立っていた。
ケヴィンが元帝国陸軍の技術者。
と聞いても、特に驚きはしない。プライベートの姿をあまり見せないケヴィンだが、圧倒的なバイオメカニクスの知識から、軍事関連の組織にいたのではと思うことも一度や二度ではなかった。
ただ、あのLKボムの開発現場で働いていたのだとしたら、確かに、彼の仕事の一部が自分の足を奪ったことになる。
左足が何か他人のもののように引きちぎられるのを眺めていた瞬間と、その後の痛みを思い出した。
黒い感情が心を支配し始めていた。
スタートラインに立ち、頭の中をクリアにしようと努める。白馬村の迷い込んだ森で出会ったあのアゲハチョウの羽ばたきを思い浮かべた。
甲虫のすべすべした翅。細い関節。
号砲とともに、一気に駆け上がる。悪くない。
乾いた風に包まれたトラックに、一匹の甲虫が降り立った。
上半身の重みを一手に支えるため、鍛え上げられた健足の右足の筋肉のなめらかな動きと、空気を掻い込むように躍動する両手が、黒い感情を振り除けながら、彼の体を前進させていた。
脳内の甲虫のイメージは、義足に的確に伝えられようとしていた。
コーナーを横切り直線に入ったところで、ふっと先頭集団に浮かび上がった、豹と甲虫を観衆は目の前にしていた。
2人がゴールを切ったのは、ほぼ同時だった。
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