第2話:義足のエンジニア
「無名のアスリートがいきなりの大会新記録、か」
アレンの膝から下のソケット、切断部分の凹凸を丁寧に拾いながら、潤滑油が塗られていく。アレン担当エンジニアのケヴィン・コービィ。彼がいなければ、今のアレンはいない。
かつては炭素繊維カーボンで出来たブレードの反発力で走っていた義足も、今では膝と足首部分にアクチュエーターを内蔵され、自律的に動作する。内蔵されているセンサで、反発力を自動認識するのだ。このモーターは、かつての大戦で主要な重機で使用されたため、汎用化したとも言われている。
無名の選手がダンピオンの予選でぶっちぎりのタイムを叩き出している。噂にならないはずもない。
「ブレード、見たことのない商標だった。ロシア製か、第三世界製か、知らないけど・・・。ケヴィンに見せたかった」
アレンの足首に取り付けられた加速度センサの8軸を確認していく。プログラムを書き換える作業は、毎回、手間取る。一ヶ月分の収集されたデータをもとに、地面の反発力を測定し、そこからどれほどしなりを持たせるかを計測し、実装する。
「…噂で、聞いたことはある。顔の左半分にヤケドの跡がある、背の高い、黒い義足の男」
白髪の多い豊かな髪に、青白い肌、眼鏡越しの怜悧な目は、近寄りがたい雰囲気を人に与える。通った鼻筋の横顔をそっと見ただけでは、感情は見えない。
アレンはうなずいた。「それだ」
「なんでも、トレーナーをつけず、義足の調整、メンテナンス、すべて自分でやってるって話だ」
「孤高のアスリート、か。俺なんて、このケヴィン・コービィの全面サポートをつけてこの体たらくさ」
「はは、よく言うね」
チーム「アビー・ロンド」は、障碍者スプリント競技の選手とその義足エンジニアが集う企業だ。主宰のCEOはトレーナーのケンジ・コービー。元、帝国陸軍の技術者だったという過去以外は、あまり語ることはないが、その腕前は一流だ。アビー・ロンド立ち上げの以前には、サイバスロン・パラリンピック ネブラスカ大会で金メダルを獲得した100m走のダントン・リーや、競歩のリサ・ダートマスのエンジニアリングを担当しており、マスメディアの寵児のようにもてはやされた時期もある。
アビーロンドに所属する選手は、アレンのほか、競歩のエリカ・キングストン、400mハードルの竹原章一など5名だ。エンジニア見習いのクレア・トヨハシもその一人。新進気鋭のチームとして、サイバースポーツ界では注目されているチームだった。
「その義足の男・・・」
不意に更衣室から、一人の少女が出てきた。
「昨日付けのトーキョー・タイムズに載ってたわよ。プロフィール」リサ・ダートマス。昨日、競歩日本記録の2。1秒に迫るタイムで予選を通過し、メディアを賑わせた美少女ジャンパーだが、昨日の結果には納得いかなかったのか、先日から不満げな表情をしている。
「北北海道の貧しい村から一人で這い上がってきたとか、なんとか。メカトロ二クスの知識は独学なんだって」
リサがその記事が乗るタブレットをアレンに見せた。ジョシュア・タン。17歳。中国系。プロのエンジニアにもトレーナーにも頼らず、すべてを独学で行った無名の新人がダンピオン100メートル走T33クラスの予選を通過・・・。
まずは来週末行われる、予選の決勝戦で3位以内に入賞することが、アレンの目標だ。報奨金は300万ドル。もちろん、あの黒い義足の男にもそこで再会できるだろう。それまでに何をすべきか、メンタルの調整、そして義足の調整。勝利へのカギは、自身の身体とマシンをどう接続するかにかかっていた。
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