11月14日
【解説】
12日13日が土日で、多分書いていたのでしょう。ほぼ最終稿です。
11月8日辺りから家での書き書きは一太郎へ流し込み、縦書き作業でした。テキスト側でも保存してます。
そういう意味ではメモではないですね。
誤字脱字、細かい表現など、PDFにしてみたり、色々な見方でコネコネしてます。
高校生に混じる辺りで噂話を聞こえさせて、女装が広まっていることをどうにかねじ込む。
お父さんが電話を受けて家を出たのは、伯父さんが消えた、と、祖父母からの連絡があったため。すれ違ったタクシーには祖父母(のどちらか)が乗っていました。
正人がぶつかりそうになったのは伯父さん。言いかけたのは『かなえ』ただし、正人の一人称で、急いでいるので、正人は気付いていません。
伯父さんはこの後、タクシーに気付いて自転車で逃げています。
タクシーの前の車はご近所さん。冒頭と最後で位置を変えて(時間がちょびっとずれるため)すれ違っています。まぁ、朝なんてそんなもん。
オトが落ち着かないのは、伯父さん(=自分を殺した相手)がいるから。
こんな風に『その状況であれば自然』なシチュエーションを書いて、なんとなく察してもらえないだろうか、と毎度コネコネ詰め詰めしています。
お付き合い、ありがとうございました。m(_ _)m
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嘘か本当か分からないことが世の中には溢れている。
*
突然、電話の呼び出し音が鳴り響いて、思いっきり渋面になった父さんが出た。俺はフライパンから手が離せない。
着けっぱなしのテレビは血液型占いを始めていて、軽快な音楽と共にO型の四位とAB型の二位を告げる。コマーシャルを挟んだ後で、フラッシュと共に大臣は就任前から見事に変わった意見を繰り返し。お偉い大学教授はさも当然とコメントする。
電話を置いた父さんは仏頂面のまま背広をつかむ。コーナー変わってにぎやかに流れ始めた柔道家の離婚騒動に餃子みたいな耳の先まで不機嫌面して、破きそうな勢いで袖へと腕を押し込んだ。
「どいつもこいつも愛だの恋だの、甘っちょろい嘘に浮かれやがって」
半分ほどに減った茶碗と味噌汁の椀を一瞥し、目玉焼きを持ってきた俺を見ることもなくかばんをその手に取り上げた。
「急用が出来た。行って来る」
はっきりした眉を思いっきり寄せた様子はまるで仁王像のよう。ぱんぱんなスーツからはみ出た首も手の甲も、木材のように焼けていた。
太ったな。いや太ったってよりは筋肉か? 父さんが食べなかった熱々の目玉焼きを頬張りながら俺は思う。事務職って大変なんだな。
CDの売り上げランキングでは男性アイドルグループの新曲が安定の一位を勝ち取った。天気コーナーはかわいいおねーさんが天気図を流しながら、降水確率を予報する。
珍しく落ち着きなく表を裏を走り回っていたオトが、首筋の大きな傷を朝の光に浮かばせながら、くっきりした眉の頭を寄せて俺と時計を見比べた。
「やべ」
番組が変わる。挿入歌が流れ出す。
食器を洗って水切り台の上に並べ。俺はかばんを引っつかむ。
「か……」
「ごめんなさい!」
門を出掛けに自転車へとぶつかりそうになりながら狭い道を走り出す。生垣に身を寄せ三軒隣の軽自動車をやり過ごし、門前にちょいとお邪魔してタクシーを見送った。
いつもならはしゃいで先行くはずのオトが、なぜだか今日は俺のはみ出たシャツを掴んでいる。後ろが気になるらしかったが、実際に引っ張れるわけでもないし、俺はただ先だけを急いでいく。
角を曲がる。バス道から学校へ続く道に出る。ちょうどあの子がやってきた。
女装キング。学祭の。あれが。写真より可愛いじゃん。
囁かれる声を全て無視する。あの子が俺へにこりと笑う。
「おはよう、宇津木くん」
「お、はよう。中野さん」
中野はすぐに女子の会話へ戻っていく。
オトはぱっと顔を輝かせる。今までの不安顔などどこへやら、姿が見られないのを良いことに、中野のスカートの裾を追うように歩き出す。中学生になるかどうか位のオトだから、まだ可愛いとも言えなくもない。中途半端に伸びた強情な癖っ毛がふわふわ動きに合わせて躍った。
ローカル新聞。俺も見た。学祭のあれは。
囁き声を聞かなかったことにして、俺は少し離れて流れに加わる。懸命に背筋を伸ばしてみても、視線は中野の頭を越えない。
もう少し背があったなら中野の隣に並べるだろうか。もう少し筋肉があったならその腕を取れるだろうか。女装キングなんて名誉だか不名誉だかわからない称号を得ていなければ。
それとも。
母さんが大嘘つきでなかったら。
*
俺のこんな気持ちすら、明日には嘘に変わるのだろか。
*
学校を終えてバイト先へ直行する。四時間働いて夜の時間に突入する頃、交代が来て解放される。
まだ暑さの抜けきらない空気に伸びをしながら、いつもの道をのんびり辿る。街灯の明かりに一人遊びを繰り返すオトは、ふと、足を止めた。
「オト?」
俺の背後を凝視する。カラカラと自転車の立てる音がする。
つられて振り返った俺の前には。
「かなえ!」
俺が、いた。
いや。俺じゃない。俺は俺だ。
俺の前の『俺』は背が高かった。父さんより幾分か。顔も首も半袖から伸びた腕も、大人の男のそれだった。自転車を押し歩き、時折すれ違う人たちに邪魔そうな目で見られている。それを気にする様子はない。
父さんよりは若そうに見えた。大学生というには無理があって、けれど、シャツもパンツも自転車も。会社員という雰囲気でもなかった。
思わず俺は立ち止まった。『俺』は俺が見上げるほどもすぐ前まで、当然のように近寄ってきた。
「かなえ、探したんだ」
「かなえ?」
香苗は母さんの名だと記憶していた。十三年前、俺が三つの時に家を出た。完璧な嘘を完璧に使いこなす人だった。……そう、聞いた。
「髪、切ったんだね。写真の髪型も似合ってたけど、ショートヘアもいいね」
『俺』の手が伸ばされて、俺の頭の上に乗る。大きな左手が確かめるように幾度か跳ねた。
腰の辺りがすぅすぅする。多分オトが懸命に俺の手を掴もうとしてる。適わないのに。
「おじさん、だれ」
「おじさんは酷いなぁ」
止まった『俺』の左手が、滑るように下りてくる。頬を撫でて、そしてあごへ。汗ばんだ手が。
背中の真ん中を、冷たいものが這い上がった。
「俺、帰らないと」
俺は『俺』から一歩、下がった。
あごから離れたその手が、肩を。
「帰る?」
『俺』は、一瞬の間を置いた。無表情が俺を見下ろす。
肩が引かれた。強く引かれた。
そして。
「いけない娘だ。まだあんな男のところに」
銀色の反射がとびきりの笑顔に深い陰影を生んだ。
「お仕置きだね」
――逃げて!
脳裏に浮かんだ。反射的に踵を返し、手を振り切る。
――二つ先。角。右。
見やればオトが手招きしていた。がしゃりと大きな音がした。自転車が、倒れるような。
「かなえっ!」
『俺』の声が追ってくる。俺は振り切るようにオトを目指す。
角、曲がる。前を見る。路地の先。オトが指さす。転びそうなりながら折れて、走り。俺は、オトを。おぼろに浮かんで見える影を。
*
そこにあるものは本当だろうか。嘘と言い切ることはできるか。
*
光は、突然だった。
「歩行者はこっちを!」
道路工事現場だった。幾つもの投光器がむき出しの土に、スコップの機材の重車両の、作業者達の影を作る。
警備員が走り抜けようとする俺の腕を掴んだ。掴んで。
「正人?」
いぶかしげな、聞き慣れた声がした。
「父さん!?」
「なん……」
「ごめん、あとで!」
手を振り切って作業の中へ飛び込んだ。なんだなんだと慌てる作業員の合間を縫う。
「かなえっ」
「ちょ、君、それは!」
捲れたアスファルトに躓いた。手を突き転がり顔を上げたその先で、ナイフと共に『俺』の身体が。出会いがしらの一本背負いで見事に宙を舞っていた。
*
『父さんがダメだったから、母さんは愛想を尽かして出て行ったんだ』
*
伯父さんだ、と。
柔道有段者の父さんと実用的な筋肉を身につけた工事作業者たちにとっ捕まえられ、黄色と黒のナイロンロープでグルグルに巻かれた『俺』をあごで示して父さんは言った。ナイフは空を飛んだ後でしっかり取り上げられていた。
どこへか消えていたオトはいつの間にか父さんの後ろにいた。父さんの大きな背中から、こわごわと『俺』を覗いている。
父さんはどこかへ電話をかけた。工事が再開されると父さんもやれやれと肩を揉みつつ仕事へ戻った。
『俺』は片隅に座らされ項垂れていた。何かを言っているようにも思ったが、工事の音にまぎれて俺へは届かなかった。
俺は、工事現場の端っこから『俺』を見ていた。
『俺』の肩は薄かった。俯いたあごは細かった。女の子に間違われるほど長いまつげ。細く頼りなくさえ見える眉。軽そうな、髪。
誘導棒を大きく振る父さんの肩は厚くて広い。どちらかというと骨太で、柔道で鍛えた身体があった。寝癖の取れない強情な髪を毎朝苦労してなでつけていた。
俺は母親似だと言われていた。残っていた写真からも疑った事はなかった。
オトが俺を見上げていた。首から胸に大きくついた傷跡が強いライトに浮かび上がる。『俺』から俺で隠れるように。まだ細い腕が俺の腰に抱きついてきた。太い眉が不安そうに寄っている。強情そうな癖毛が、向こうを透かしながらもそこにあった。
タクシーが来て、静かに停まった。
タクシーを降りた老夫妻は父さんに頭を下げ、『俺』をそのままタクシーへと押し込んだ。
「正人くん」
おばあさんは。嬉しそうな済まなそうな哀しそうなやりきれないと言った顔で淡く口元だけで笑んで。俺たちへともう一度、深く深く、頭を下げた。
*
『正人が大きくなったら。ちゃんとした大人になったら。きっと』
『母さんは戻って来る』
だから。
*
今日の血液型占いは、O型が一位でAB型は四位だった。リストラを半年経ってようやく告白した父さんは、結果を見て下手な鼻歌を口ずさむ。
コマーシャルを挟んだニュースで、裏金疑惑の政治家は額に汗して弁明を繰り返す。人気俳優はフラッシュを避けて先を急ぎ、テロップは熱愛報道の四文字を流した。
父さんの機嫌は急降下した。
「行って来る」
ごちそうさまも言わないで、そのまま仕事へ出掛けて行く。
オトはしょうがないねと、父さんによく似た笑顔で俺を見上げる。
ドラマが始まる前に、俺は通学鞄を手に取った。
玄関を締める。秋の陽射しが刺さるように降り注ぐ。
門前にちょいとお邪魔して三軒隣の軽自動車をやり過ごし。
角を曲がる。バス道から学校へ続く道に出る。ちょうどあの子がやってきた。
*
俺は俺の現実(ほんとう)を生きている。
*
「中野さん、あのさ……!」
振り返る中野のつややかな髪が風に舞う。
中野の向こうでオトが嬉しそうに笑った。
*
多分きっと、それでいいんだ。
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