11月10日

【解説】


 ここまで来ると完成版への道3合目くらいか。

 自宅で管理している原本ではまだ『こだま』ですな。次版からメモも含めて『オト』になります。

 ちなみに、オトは『弟』の『オト』。

 3歳児が『おとーと』とか『おとー』とか言い始め、『オト』で定着、がその理由。


 冒頭の『嘘か本当か分からないことが世の中には溢れている。』は、考えた始まりだった。メモにこの一文だけ残っている。

 冒頭の1文はテーマを表すものが良い、と昔読んだ小説指南系の読み物にあって、意識している。

 アンソロテーマが『嘘』であること、この短編の小さなテーマの一つが、嘘だらけへの皮肉だったりするので、導入としてどのような一文が良いかと。

 そして思いついた(決めた)文である。多分。


 頭の場面はお父さんの行動がおかしいが、多分直している途中である。

 なんで出て行った後で怒っているんだ(笑)


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宇津木正人


こだま


香苗:母

光樹:叔父

俊治:父


憧れの少女:中野文香


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 嘘か本当か分からないことが世の中には溢れている。


 *


 テレビの血液型占いは、軽快な音楽と共にO型の四位とAB型の二位を告げる。

 ボケ始めた隣のじいちゃんを叱りつけてるおばちゃんの声が響く。

 画面変わったフラッシュの中で大臣は就任前と見事に変わった意見を言い。

 柔道家の離婚騒動に餃子みたいな耳の先まで怒った顔をして、父さんはキツそうにスーツへ腕を押し込んだ。

「愛だの恋だの、甘っちょろい嘘に浮かれやがって」

 随分焼けたし太ったな。いや太ったってよりは筋肉か? 失敗して潰れた目玉焼きを頬張りながら俺は思う。事務職って大変なんだな。

「行ってくる!」

 はっきりした眉を思いっきり中心に寄せた様子はまるで仁王像のよう。母さんも見限ったんだろう剣幕で、玄関の戸を乱暴に閉めた。

『うるさいねー』

「うるさいな」

 こだまは父さんの椅子に腰掛けていた。透けながらもはっきり見える眉の尻をやれやれとばかりに落としている。

 突然の電話に思いっきり渋面になった父さんが出る。俺はフライパンから手が離せない。

 フラッシュの中で大臣は就任前と見事に変わった意見を言い。おえらい大学教授はさも当然と口を挟む。

 電話を置いた父さんは仏頂面のままスーツの上着をつかむ。コーナー変わってにぎやかに流れ始めた柔道家の離婚騒動に餃子みたいな耳の先まで不機嫌面

して、破きそうな勢いでスーツへ腕を押し込んだ。

「どいつもこいつも愛だの恋だの、甘っちょろい嘘に浮かれやがって」

 半分ほどに減った茶碗と味噌汁の椀を一瞥し、目玉焼きを持ってきた俺を見ることもなくかばんをその手に取り上げた。

「急用が出来た。行って来る」

 はっきりした眉を思いっきり寄せた様子はまるで仁王像のよう。ぱんぱんなスーツからはみ出た首も手の甲も、木材のように焼けている。

 太ったな。いや太ったってよりは筋肉か? 父さんが食べなかった熱々の目玉焼きを頬張りながら俺は思う。事務職って大変なんだな。

 CDの売り上げランキングは男性アイドルグループの新曲が安定の一位を勝ち取った。天気コーナーはかわいいおねーさんが天気図を流しながら、降雨確率を予報する。

 珍しく落ち着きなく表を裏を走り回っていたオトが、くっきりした眉の頭を寄せながら、俺と時計を見比べた。

「やべ」

 番組が変わる。ドラマの挿入歌が流れ出す。

 食器を洗って水きり台の上に並べ。俺はかばんを引っつかむ。


「か……」

「ごめんなさい!」

 門を出掛けに自転車へとぶつかりそうになりながら狭い道を走り出す。生垣に身を寄せ三軒隣の軽自動車をやり過ごし、門前にちょいとお邪魔してタクシーを見送った。

 いつもならはしゃいで先行くはずのオトが、なぜだか今日は俺のはみ出たシャツの裾を掴んでいる。後ろが気になるらしかったが、実際に引っ張れるわけでもないし、俺はただ先だけを急いでいく。

 学校へ向かう道の角に立つ。と。ちょうどあの子がやってきた。

「おはよう、宇津木くん」

「お、はよう。中野さん」

 中野はすぐに女子の会話へ戻っていく。

 オトは中野を見て顔を輝かせる。今までの不安顔などどこへやら、姿が見られないのを良いことに、スカートの裾を追うように歩き出す。

 俺は少し離れて列に加わる。懸命に背を伸ばしてみても、視線は中野の頭を越えない。

 もう少し背があったなら。中野の隣に並べるだろうか。もう少し筋肉があったなら、その腕を取れるだろうか。

 それとも。


 *


 俺のこんな気持ちすら、明日には嘘に変わるのだろか。


 *


 学校を終えてバイト先へ直行する。四時間働いて夜の時間に突入する頃、交代が来て解放される。

 まだ暑さの抜けきらない空気に伸びをしながら、けばけばしいネオンと嘘が溢れる近道を行く。

 父さんからは残業の連絡があった。近所のスーパーには急げば間に合う時間だった。

「オト、何食べたい」

 本当に食べるわけでもないオトだったが、それでも好き嫌いがなぜかあった。考える仕草でパッと笑う。と。足を止めた。

「オト?」

 俺の背後を凝視する。カラカラと自転車の立てる音がする。

 つられて振り返った俺の前には。

「かなえ!」

 俺が、いた。

 いや。俺じゃない。俺は俺だ。

 背が高かった。父さんより幾分か。顔も首も半袖から伸びた腕も大人の男のものだった。自転車を押し歩き、時折すれ違う人たちに邪魔そうな目で見られている。それを気にする様子はない。

 父さんよりは若そうに見えた。大学生というには無理がありそうで、けれど、シャツもパンツも自転車も。会社員という雰囲気でもなかった。

 思わず立ち止まってしまった、俺のすぐ目の前まで。

「かなえ、探したんだ」

「かなえ?」

 香苗は母さんの名だった。十三年前、俺が三つの時に家を出て行ったという。

「髪、切ったんだね。ショートヘアも似合うよ」

 手が伸ばされて、頭に乗った。大きな左手が確かめるように幾度か跳ねた。

 腰の辺りがすぅすぅする。多分オトが懸命に俺の手を掴もうとしてる。適わないのに。

「おじさん、だれ」

「おじさんだなんて酷いなぁ」

 止まった手が、滑るように下りてくる。頬を撫で、そして、あごへ。汗ばんだ手が。

 背中の真ん中を、冷たいものが這い上がった。

「俺、帰らないと」

 俺は『俺』から一歩、下がった。

 あごから離れたその手が、肩を。

「帰る?」

『俺』は、一瞬の間を置いた。無表情が俺を見下ろす。

 肩が引かれた。

 そして。

「いけない娘だ。まだあんな男のところに」

 とびきりの笑顔が銀色の反射を映した。

「お仕置きだね」

 ――逃げて!

 脳裏に浮かんだ。反射的に踵を返し、手を振り切る。

 ――二つ先。角。右。

 見やればオトが手招きしていた。がしゃりと大きな音がした。自転車が、倒れるような。

「かなえっ!」

『俺』の声が追ってくる。俺は振り切るようにオトを目指す。

 角、曲がる。前を見る。路地の先。オトが指さす。転びそうなりながら折れて、走り。俺は、オトを。

 光は、突然だった。

「歩行者はこちらを」

 道路工事現場だった。幾つもの投光器が、むき出しの土に作業者達の影を作る。

 警備員が腕を掴んだ。掴んで。

「正人?」

 いぶかしげな、聞き慣れた声がした。

「父さん!?」

「なん……」

「ごめん、あとで!」

 手を振り切って作業の中へ飛び込んだ。制止の声が怒声が響く。

「かなえっ」

「ちょ、君、それは!」

 俺はあえなく作業者の一人にとっ捕まった。後ろ手に回され、痛みに顔をしかめた時。

 警備員へと向き直された俺の目はナイフと共に見事に宙を舞う『俺』の姿を捉えていた。


 *




 *




『俺』は黄色と黒のナイロンロープでグルグルに巻かれていた。

父さんはリストラされていたんだとぼそりぼそりと呟いた。

こだまは透き通る顔に父さんとよく似た笑顔を浮かべている。

朝見かけた、小さい頃一度会ったきりだったという、

俺の祖父さんと祖母さんは、ごめんねごめんねとしきりに俺に謝った。


 *


母さんは父さんに愛想を尽かして出て行ったのだ。

だから何時か、戻ってくる。


 *


O型は一位。AB型は三位だった。

裏金疑惑の政治家は、額に汗して弁明し、

父さんは熱愛報道に不機嫌顔で、楽な格好で出て行った。

こだまは父さんによく似た笑顔で俺を見上げ、

ドラマが始まる前に、俺は学校へと出掛けていく。


 *


俺は俺の現実(ほんとう)を生きている。

多分それで、いいんだ。


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 何が本当で何が嘘か、僕は時々わからなくなる。



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