第48話 共 闘《きょうとう》

 965号クロコは見た目の巨大さとは裏腹にかなりの素早さで移動する事が出来た。あまりに一瞬のことでイラはあの受付の女性を救う事が出来なかった。悔しさで歯をキツく食いしばると今日子に向かって憎悪の炎を燃え上がらせ、こう吐き捨てた。


「貴様らはいつまでこんな化け物を作り続けるんだ、麦わら!」


「貴方の思い違いよ、イラ! 私達はあんな化け物など造ってはいない。私たちの戦闘用兵士はあなたも戦った事のある超甲武装シェイプシフターだけだわ!」


「【悪】であるお前らの言う事など信用できるか!!」


「ごちゃごちゃうるせぇ女共だ。まとめて片付けてやるから覚悟しやがれ!」


 言い争うイラと今日子に不快感をあらわにしたクロコは、先程と同様に一瞬にして距離を詰めると鋭い爪の付いた左手のひと振りで今日子を弾き飛ばす。その反動を利用して巨大で強力な上下のあごでイラを食い千切らんとする。


 イラは鋭い牙をギリギリでかわすと、無防備になった下顎したあごに体重を乗せた渾身の蹴りをお見舞いした。後ろに反り返り倒れるかに見えたクロコであったが、その場に踏みとどまり口の端を大きく吊り上げてニヤリと笑った。


「効かねえなぁ、小娘!」


 イラは『チッ!』っと舌打ちをするとバックステップでクロコとの距離を取った。


 一方、今日子ははね飛ばされる前に電磁警棒を取り出し防御体制をとっていたため見た目程のダメージを受けてはいない。電磁警棒の威力をMAXまで上げるとイラに気を取られているクロコの背後から体重を乗せた突きを入れた。一瞬ビクンとしたクロコだが、今日子を一瞥すると長く強力な威力を持つ尻尾での攻撃で彼女を牽制した。

 その攻撃をかわしつつ、一瞬のスキを突いて今日子はイラに指示を飛ばした。


「今よ、イラ。変身して!」


「わかってる、いちいち指図するな! 変身!!」


 バックステップで距離を取っていたイラが、クロコが気をそらしたスキをついて変身の掛け声コールをすると、イラの身体が真っ赤な炎に包まれ、その身を赤熱色の悪魔へと変貌させていく。


「真っ赤なバッタ……だと? 何だお仲間じゃねぇか、邪魔するんじゃねぇよ。」


「違う! 断じて……断じて違う、貴様らと一緒にするなぁ!!」


 クロコに同族と断ぜられたイラが目に怒りの炎を燃え上がらせて叫ぶ!


 そう叫びながらもイラには分かっていた。自分が奴らと同族である事は。だからこそ認める事が出来ない。自分のような化け物は一人でいいのだ。化け物を全て殺し、それを造り出した者達を全員殺す。それこそが生き延びてしまった 彼女の生きる力の源であり、歪んだ生への渇望なのだ。


 イラは右腕のトゲを大きく伸ばし、刃となる部分を細かく振動させて構えた。大地を蹴ってクロコの懐に飛び込むと防御体制を取った左手にむかってトゲの刃を振るった! 超甲武装シェイプシフター女王蜂クインビーのレイピアをもへし折ったイラの超振動ブレイドがクロコの左手を切り裂いた。

 ……はずだった。


「まさか、ばかな!?」


「ちっとばかり痛かったが俺の装甲ヒフを切り裂ける程ではなかったみたいだな。」


 ブンブン腕を振り回すと口元を吊り上げニヤリと笑つた。イラを噛み砕かんと巨大なアギトで喰らい付く。自らの攻撃が防がれた事のショックによる棒立ちで一瞬反応が遅れたものの、体を捻ってギリギリでかわす。だがそれすらも読んでいたクロコは右腕のひと振りでイラを弾き飛ばした。


 つむじ風に巻き上げられる木葉の様に、くるくるとキリモミしながらぶち当たる木々を凪ぎ倒し飛ばされて行く。

 変身後でも170センチを切る体格のイラに対してクロコは4メートル強もある巨体だ、腕を振り抜いただけの攻撃であっても体格差からくる攻撃力の差は仔犬と熊程もあるだろう。


 だが、イラは口元に血をにじませながらも小さくニヤリと笑う。本人は自覚していないのだが、戦闘用兵器として生み出されてしまった者のごうであろうか、強い敵に対した時は自然と笑みがこぼれるのだ。


 これまでは武器を所持している事こそあれ、本当の意味で強いと思える程の敵は現れた事など無かった。全ての敵を一撃のもとに無力化し、必要最低限の戦闘で済ませていた。

 とは言えイラは戦闘狂ではない。演習襲撃計画の時のグラヴのような、相手をなぶり殺す様な態度には嫌悪感を顕にするのだ。


 シャドウの超甲武装シェイプシフター蜘蛛型スパイダーと戦ってからだ、【E】、女王蜂クインビー、そしてこの鰐獣人クロコ。次々と自分と同等以上の敵の出現が彼女に喜びを与えていた。

『わたしはコイツらと戦い、倒す為に生きて……いや、生かされて来たのだ!』と。


 イラは着地と同時に受け身を取ると、地面に足を叩き付けクロコに向かって弾丸のように跳躍した。


 今、弾き飛ばしたばかりのイラが間髪入れずに飛び込んで来た事に一瞬ギョッとするクロコだが、一直線に跳んでくるイラの軌道を読んで素早く右手で叩き落としにかかる。


 イラはその向かって来た腕を空中で掴むと、そこを支点にしてくるりと回転しその勢いを利用してクロコのアゴに渾身の蹴りを再びお見舞いした!


 変身前の蹴りとは違い数十倍に身体強化された状態の蹴りだ、さすがのクロコも『ガフッ!』と唸り声をあげてのけ反った。そしてスキだらけとなった胴体に着地と同時に拳の連打を叩き込む。その激しい連打は叩き込んだ拳の残像が残って見えてしまう程だ。


 体をくの字に曲げたクロコは口から大量の血液を吐き出した。イラの攻撃により内臓に損傷を受けたようだ。

 低く下がったクロコの巨大な頭部を抱え込むと、4メートルもある巨体を背負い投げの要領で自分の体重を乗せて力任せに前方に投げつけた。


 背中から叩き付けられたクロコは激しく身をよじって暴れ苦しむ。大きくだらしなく開いた口にすかさず今日子が炸裂弾頭をハンドレールガンで打ち込むと口の中で爆発し、大量の血液を撒き散らす。


 続け様の攻撃に、のたうち暴れ苦しむクロコの尻尾が周りにあった木々を薙ぎ倒し、アドプションセンターの外壁を破壊して大量の土埃つちぼこりが舞う。


「殺ったか……?」


 イラのつぶやきはお約束となった。


 砂埃を切り裂いて爪を長く伸ばした巨大な手のひらがイラへと迫る! イラの今までいた場所をえぐり取るように、凶悪な長い爪を生やした腕が彼女のすぐ脇の空間を切り裂き凪ぎ払った。


 イラは目を見張った………。


 これは比喩ではない。クロコの鋭利な爪は空間そのものを切り裂き、断裂させたのだ。切り裂かれ断裂した空間はそれを修復せんと強引に収縮し、イラのいる空間をを引き寄せた。


「おのれ、このがぁぁぁぁあ!」


 完全に間合いをかわしていた彼女だったが、空間収縮により引き寄せられ、気付くとクロコの左手の間合いの中にいた。左腕を掴まれ強引に吊し上げられ骨が軋む。そのまま地面に叩き付けられ苦痛に表情が歪む。続け様に同様の攻撃を受け、彼女の口元にも血が滲む。叩き付けられるたび、骨が、内臓が悲鳴をあげていた。


 今日子はイラを援護するため、特殊弾頭付の弾丸をハンドレールガンにセットする。テスト用に配備されていた特殊弾頭は二つ。ひとつは先程使用した炸裂弾頭。そしてもうひとつが今レールガンに装填したこれだ。


 だがこれは今日子にとって最後の武器だ。いまだに【支配領域 ドミネイション・ワールド】の能力は回復していない現状では、この武器を使ってしまえば後は丸腰同然となってしまう。

 今日子は軽く目を閉じると、銃を握る手に力を込める。キッと敵を見据えるとハンドレールガンのトリガーを力強く引いた!


 今日子の放った二つ目の特殊弾頭は液体窒素の内包された凍結弾頭。弾丸はクロコの左の上腕部に命中し、肩から肘の先までを凍結させた。


グルゴグゥアァァ邪魔するなぁぁぁ!」


 口内を破壊され言葉にならない咆哮で吠えたクロコは、尻尾で木々をへし折り凪ぎ払った。その勢いで飛ばされた樹木が今日子の頭上へと降り注ぐ。戦闘服スーツに守られた今日子は大した損傷は受けていないが複数の大木に押し潰され完全に動きを封じられてしまった。

  クロコが今日子に気を取られた瞬間を逃さず 、イラも反撃を開始する。左腕が凍結したおかげで掴まれていた腕の拘束緩んでいた。そのスキを突いて身体を屈伸させて両足蹴りをクロコにかまし、左手の拘束を逃れる。

 着地と同時に大地を蹴って左腕の内側の柔らかい部分に超振動ブレイドを押し当て、筋肉と骨を切断した。完全に切断するまでには至らなかったものの凍結した二の腕を蹴って破断させ、それと同時にジャンプしてクロコとの距離を取った。


 左腕を粉砕され、絶叫しながらも巨体をひねって凶悪で強力な尻尾をイラに叩き付ける。身体に先程のダメージを残したままのイラは得意のフットワークでかわす事が出来ず、振り回した鉄骨でぶん殴る様な強力なダメージを直接喰らってしまった。


 下から右斜め上方へと鉄骨をフルスイングするような衝撃を受け、アドプテイションセンターの二階部分の壁面に叩き付けられ、若干壁にめり込んだイラは全身が痺れ体を動かす事が出来ない。


 建物の外壁が崩れ始め、壊れた壁面と共にイラも肩から崩れ落ちる。そこへ凶悪な牙が粉砕すべき獲物を求めて巨大な口を広げて迫り来る。


『動け! 動いてくれ!!』彼女の心の叫びとは裏腹に衝撃ダメージの残る身体は指先1ミリたりとも動く事はなかった。


『喰われる!』


 そうイラが思った瞬間だ、突然悪魔の破砕者たる口を広げた化け物は、林の奥へと吹き飛ばされ、自らもまた何者かにふわりと柔らかく抱きかかえられたまま着地した。

『トン!』と地に付く軽い振動と共に見上げたその者の顔は、彼女の心を大きく揺さぶった。


「……【E】。」


 黒い全身タイツの戦闘服スーツを身に纏うその男は……宿敵、戦闘【E】こと一ノ瀬タクトその人であった。




 ーつづくー

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