第47話 邂 逅《かいこう》

 今日子は地上へと戻ると守野と波多野の二人に偽の記憶を植え付けると自宅へ戻るように暗示をかけた。


 今日は少し能力使い過ぎたようだ。頭痛がかなり酷くなってきている。早く戦闘服スーツを脱いで人混みに紛れて救援部隊を待たなければ。仮面の内臓マイクに変身解除の音声コマンドを入力しようとした時だ。背後から声を掛けられた。


「くそっ、脱走者の方はもう逃げられちまったか! 動物園ここを封鎖してしらみ潰しにする訳にもいかねぇし。あぁ、また博士に怒られちまうじゃねえか! おい、そこの女、お前だけでも来てもらうぞ!!」


 身長は2メートル近いだろうか。モスグリーンのパーカーに白のワイシャツ、ジーンズにスニーカーという割りとラフな出で立ちで顔の左側に大きな切り傷を持つ男が先ほど自分達が脱出して来た扉から姿を現した。


「ここまで警備員どもをどうやって眠らせて来たのか知らねぇが、俺はそう簡単にはいかねぇぜ!」


 パーカーもジーンズもこの男の筋肉ではち切れんばかりにパンパンに膨らんでいた。

 だがどのような肉体の強度を持ってしても今日子の脳に直接命令を書き込む能力【支配領域ドミネイション・ワールド】の敵ではなかった。今日子は目を金色に輝かせ、男の方に向かって開いた手を向けると質問と命令を下した。


「貴方は何者? 責任者の名前と、ここの地下で何をしているのか答えなさい!」


「おいおい、この状況で質問とはいい度胸だな姉ちゃん! まあいいだろう。俺様は魔獣騎士団ビーストオーダー特殊合成個体ナンバーズ・ホムンクルス965号、【クロコ】だ。下で何をしてるかなんて知らねぇ。俺は命令のままに噛み、砕き、殺す! ただそれだけの存在だ。分かったら大人しく来てもらおうか。」


 くっ、支配領域ドミネイション・ワールドが発動していない。今日子は立っていられない程の頭痛にさいなまれていた。


『今日は少し能力を使い過ぎてしまったかしら。お姉ちゃんの声が聞こえない。』


 今日子は頭痛に耐えながら腰のホルスターからハンドレールガンを抜くと威力をMAXに変更して鋼弾を三発撃ち放った。威力MAXであればコンクリートすら撃ち抜く威力の鋼弾だ。今日子が撃ち出した鋼弾は三発とも命中したのだが、その男には大したダメージを与える事は出来なかった。


「おいおい、痛てぇじゃねえか姉ちゃんよう! 大人しくしねえなら、その首へし折るぞっ!!」


 今日子が次々と打ち出した鋼弾は全て命中しているが、それをものともせずクロコと名乗る男はズカズカと近寄ると今日子の首を片手で掴み、軽々と持ち上げた。


 今日子は戦闘服スーツの筋力強化モードを最高設定フル・ドライブまで上げて抵抗するも首を締め上げるクロコの指を引き剥がす事が出来ない。これだけの力の差だ、殺そうと思えば簡単に首をへし折る事が出来るのだろう。それをしないのは私を気絶させて捕まえるつもりだからだろう。地に足も付かず、息もできずに少しずつ体に力が入らなくなってくる。


『お姉ちゃん……タクトくん、助けて……。』


 今日子の意識が途切れる寸前であった、クロコは背中に強烈な飛び蹴りを喰らい前方へとつんのめった。その拍子に今日子を放り出してしまい四つん這いとなってしまう。


「くそ痛てぇな、誰だこの野郎!」


「野郎じゃないよ、私は。」


 袖回りだけが赤い真っ白なローブ、顔の上半分をマスクで隠した少女はいい放つ。


「デカブツ男は引っ込んでな! 私が用があるのはそこの女だ。」


「ふざけるな! その女は俺の獲物だ。」


 言うなりクロコは丸太のように太い腕を振り回し、ローブの少女に殴り掛かる。少女は軽いステップでかわすと、その腕を取って投げ飛ばす。コンクリートの地面に叩き付けられたクロコは背中をしたたか打ち付けて一時的に呼吸が止まる。


 少女は男に興味がないように今日子の方に振り返ると声を掛けた。


「やっと見つけたよ、麦わら。やはりあなたシャドウだったのね。」


「!!!」



 クロコに首を絞められ気を失う寸前であった今日子は、まだ思うように声が出せずにいた。咳き込みながらも自分を助けた少女の方を見るとそこに立っていたのは聖正義ジャスティス教団、憤怒の大罪司教【イラ】であった。


「貴方たちの目的は何?………いいえ、そんな事、やっぱりどうでもいいわ。【E】はどこ!? 彼が何処にいるのか教えなさい!」


 今日子は彼女の事を知っていた。だが、彼女がタクトにここまで執着しているのか理由が分からない。


 今朝、駅で彼女を見かけた時は心臓が止まるかと思った。彼女がバスジャック演習の時、顔を見ただけのタクトの事をどうやって嗅ぎ付けたのか分からない。だが、それ以上に普段はジャージの上下か、今着ている教団支給の白いローブ以外着た事がない彼女がしてあの場所に現れた事に驚いたのだ。


『何故………。』暫く教団本部に顔を出していなかったのだが、あまりの事に動転して急遽きゅうきょ、タクトに気付かれぬ様に彼女を遠ざける事にしたのだ。


 彼女は私の事を知らない。今日は上手く撒いて、後日対策取ればいいと考えていた。今日は大事なタクトとの初デートなのだ。何があろうと邪魔されたくはない。その焦りが今この場に彼女を呼び寄せてしまったのかも知れない。本当なら初動で彼女の動きを完璧に押さえ込むべきだったのだ。


 とは言え、イラは今日子にとって天敵であった。タクトとイラ、そして怠惰の大罪司教ベルフェゴール……この三人には今日子の特殊能力【支配領域ドミネイション・ワールド】が全く通用しないのだ。それ故、イラには他人を使った妨害工作しか出来なかったのだ



 一方、山中の竹林で迷子になったイラは、完全に向かうべき方向を見失っていた。散々迷った挙げ句ようやく携帯の電波が届く場所に出たイラは、携帯で救援を要請。近くの教団支部から来た救援部隊員から着替えを受け取り、本部への帰還命令を無視すると、彼らを脅してこの動物園まで送らせたのだ。見た目は十代の美少女のイラだが、大罪司教である彼女に逆らえる者などこの場にはいなかったのだ。


 散々園内を歩き回り、もう諦め掛けていた時だ。正面から波多野と守野の二人と出くわした。自分はローブに着替えており、顔もマスクで隠している。彼らは当然イラに気付かずに通り過ぎた。だが、スレ違った彼らにイラは違和感を感じた。


『駅で出会った時と何かが違う。』


 二人は無言でイラの横を通り過ぎたのだ。まるで何者かに操られ、目的地を向かって真っ直ぐ歩いて行くかのように。和気あいあいとした彼らの暖かい雰囲気が感じられなかった事にイラは違和感を抱いたのだ。


 彼らを追うべきか、彼らの来た方角を探るべきか、一瞬迷った挙げ句イラは彼らが歩いて来た方を選択した。勘だ。イラは自分の勘に信頼をおいていた。理由は特にない。ただ、自分の選択に責任を持つ、後悔しないと割り切っているのだ。そしてそれがいつも結果として正解となってきたのだ。


 イラが向かった先に有ったのが、捨てられた動物たちの縁組みを行う施設・アドプテイションセンターだ。動物園の敷地の中でも最奥に位置するこの施設は特に見るべき物もなく、利用する者以外は立ち寄る事がないためか閉園時間の近付いたこの時間には人の気配はなく静まりかえっていた。


 施設の外から中をのぞき込むと正面の受付に女性の職員がいる。施設の内部に侵入するべきか思案しながら裏手に回った時だった、パシュ、パシュッ……っという何かの発射音のような物音と人が争う様な気配を察知したのだ。


 物陰に身を潜め様子をうかがうと身長が2メートル近い大男が、黒い戦闘用スーツを着た女の首を締め上げていた。

 イラはニヤリと笑う。戦闘用スーツを着た女に見覚えがあったからだ。


『見つけたよ、麦わら!』


 イラは大地を蹴って全力で大男へと突っ込んで行った!



 この場は、彼女の登場で一時的には助けられた。だが、別の敵がひとり増えたに過ぎない。今日子は再びハンドレールガンを手にするとイラに向かって銃口を向けた。


 鋼弾を三連射するも狙いは大きく反れてイラのすぐ後ろまで迫っていたクロコの顔面に命中した。


「イラ、油断しないで!」


「うるさい、命令するな麦わら!!」


 イラは顔面への着弾で悶えるクロコの腹に後ろ蹴りをお見舞いすると、体を折って低い位置に下がった顔面へ向けて空中で身体を捻るようにして繰り出した後ろ回し蹴りを見事にヒットさせ、その巨体を宙に舞わせた!


「このクソ共がぁ! 調子乗ってんじゃねぇぞ!!」


 クロコは変な向きに曲がった首をバキバキと音を鳴らしながら正常な位置まで戻すと、両手をハの字に開いて大きな声でこう叫んだ!


変身オーダー!!」


 クロコの顔が黒く変色していく。元々パンパンに膨れ上がっていた腕や足の筋肉が異常に膨張して服やジーンズを引き裂いていき、手や足のも明らかに倍以上に膨れ上がり太く大きな爪を伸ばしていった。頭部も大きく鼻先や口を前に伸ばして行き、口の中には大きく鋭い牙を大量に生やしていく。

 もとより大男であったクロコだが、今の姿はその倍以上もある巨大なワニ型の獣人へと変貌していた。


「キャーーーッ!」


 施設裏手からの不審な物音を聞きつけたのか、アドプテイション・センターの受付にいた女性が、建物のはじからこちらをのぞき込んで悲鳴をあげた。


 クロコは四つん這いになるとその女性のかたわらまで一瞬で移動し、その巨大な口とそこに並ぶ無数の牙で彼女の上半身を食いちぎった。


「ったく、うるせぇんだよ。」


 バリボリと嫌な音をたてて咀嚼そしゃくするクロコの爬虫類独特の目が、イラと今日子を狩るべき獲物として捉えていた。




 ーつづくー

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