第46話 ダンスwith黒蝙蝠

 237号はまだ完全には回復していない体を引きずりながらも、黒蝙蝠ブラックバットに躍りかかる! スピードは落ちているものの、それでも常人なら何が起こったのかも分からないようなスピードで攻撃を繰り返していた。


 だが、それほどの攻撃を持ってしても黒蝙蝠にはかすりもしない。まるでダンスでも踊るようにヒラヒラと舞い躍りながら全ての攻撃をかわしていた。


「えぇい、気持ち悪い奴! 気持ち悪い、気持ち悪い……!!」


 格闘術による攻撃から髪の毛の蛇による攻撃へと切り替えた237号は、嫌悪感をあらわにした言葉を投げ続けた。


「はぁーっ。中身は化け物にせよ、こんだけ美しい女性ヒトに罵声を浴びせられ続けるのはちょっと凹むわ。」


 蝙蝠の仮面で表情は分からないが、本気で凹んでいるようだ。影に潜んでいた髪の毛の蛇の攻撃もスルリとかわし『ふぅ。』と一息ため息をもらした。


「係長はてっきりそういうプレイが好きなのかと思ってました。」


「【E】お前、帰ったら説教な!」


 黒蝙蝠は腰に装備した2本のダガーを手にすると『女の子の髪の毛を斬るのはちょっと心が痛い。』などと軽口をききながらもバサバサと切り落としていく。


 かなり余裕があるように見せている小森だが、実はかなりの苦戦を強いられていた。超甲武装・黒蝙蝠ブラックバットは低周波シグナルを定期的に発信し続け、効果範囲内の敵の動作を感知・予測し、最適解をもって装着者サポートを行うシステムが搭載されている。だが、そのシステムサポートがあるにせよ身体を使って動かしているのは小森自身だ。超絶回避トランセンド・ダンスを続ける小森の肉体と精神に大きな負担が掛かっているのだ。


 更に、黒蝙蝠は暗殺と諜報に特化した超甲武装シェイプシフターである為、攻撃武装が極端に少ない。小森自身がキバと呼んでいる二本のダガーと高周波振動で敵の三半規管や脳にダメージを与え、平行感覚を狂わせたり、一時的なショック状態を引き起こす事が唯一の攻撃方法なのだ。


 闇に紛れ、敵の攻撃を全てかわし、背後を取って一撃で急所に必殺の一撃を与える。それが小森悠人こと、超甲武装シェイプシフター黒蝙蝠ブラックバットの真骨頂なのである。


 それゆえに洞窟内であるにも関わらず、昼間と変わらぬ光量を保つこの空間で、強敵と一対一マンツーマンというのは小森にとっては最も厳しい状況と言えるのだ。


『聞こえるか一ノ瀬?』


『仮面のモニターは破壊されましたが、思念感応球体アミュレット・スフィアは機能しています。』


 脳に直接、声が届く。小森が係長権限でアミュレット・スフィアの利用を許可したのだ。


『一ノ瀬、動ける様になったら先輩を連れて逃げろ。正直、俺ではこの化け物女には勝てない。時間を稼ぐのが精一杯だ。この念話ですら超絶回避トランセンド・ダンスの邪魔だ。』


『動くだけなら何とかなりますが、もう少し時間を頂ければ俺も戦えます!』


『ばーか、お前がいると邪魔だって言ってんの! それに先輩の状態が心配だ。処置が遅けりゃ死ぬぞ!! 菱木ちゃんの方にも追手がかかってる。全部に対応できんのは今はお前だけだろうが。』


『はい……。』


 僕は目の前の敵にばかり意識がいっていた。全体の状況を踏まえた上で最善手を打ってくる……いつもは軽くてチャラい感じだが、さすがは小森係長、頼りになる先輩だ。


『チャラいは余計なんだよ。お前、いま思念通話中だって事、忘れてんだろう!』


『あっ……。』


『これからスキを作る。合図したら先輩連れて全力で逃げろ!!』


 『はい!』と返事をすると、僕は体の回復に神経を集中させた。それにしてもこの場所ははなんなのだろう。富士山の霊力スポットにいた時に近いマナの回復量だ。それに普段は感じる事が出来ない【コア】の脈動を感じるのだ。


 地脈を伝ってマナがこの地に流れ込んできている。そしてそのマナが集まっている中心部にあるのがあのドームだ。副所長は一体ここで何を調べていたのだろう。ジャスティス教団と何か関係があるのだろうか?


 緊急の援護要請でここまで来てみれば、巨大な洞窟に巨大なドーム。しかも次々と現れるとんでもない化け物達。あのドームには一体、何があると言うのだろう?


 僕たちが脱出する為のスキを小森係長が必死になって作ってくれている。全てを知る為にも何としても副所長を生きて連れ帰なければならない。それが今の俺の使命なんだ。



 黒蝙蝠は237号の攻撃を超絶回避トランセンド・ダンスでかわし続け、スキをみて懐に飛び込むとダガーで斬り付けるのを繰り返していた。だが、いくら斬り付けても傷口がみるみる再生していくのだ。

 こちらの攻撃は無駄ではない。きっと身体は再生してもスタミナは消耗しているはずだ。小森はそう思う事で簡単にへし折れそうな気持ちをかろうじてつなぎ止めていた。心を強く保つこと……それこそが超絶回避を続ける上で最も重要な事であるからだ。


『さぁて、そろそろか。いくぞ一ノ瀬!』


『はい!』


 黒蝙蝠は一気に間合いを詰めると237号の首もとに向けてダガーを横凪ぎに振るった。だが、彼女は腰から上をあり得ない角度まで反らすとバク転して黒蝙蝠との距離をとる。小森はここぞとばかりに自らも後ろへ飛ぶと、背中に畳んでいた翼を大きく広げた。


沈黙の波動サイレント・ウェイーブ!!」


 237号はグラリと上半身を揺らすと、足をすくわれる様にその場に倒れ伏した。【E】はそのスキを逃さず、碓氷副所長を抱えると影の中を目立たぬように走り出した。


「なっ!?」


 237号は波動の影響下で平衡感覚に異常をきたし両手を突いて四つん這いになってしまう。力任せに立ち上がろうとするがよろめいて膝をついて しまった。


 離れて様子をうかがっていた銀仮面・如月博士もサイレント・ウェイブの影響を受けて倒れてしまった。


「お、お父さま!!」


 黒蝙蝠を怨嗟の目でにらみ付け、耳の下に指を突き刺すと三半規管をえぐって強引に黙らせ立ち上がった。


「おいおいマジか?」


 小森はいまさらながらに自分が戦っているのが人間以外のモノである事に気付いた。今まで武装した相手や狂信者など色々な者達を相手にしてきた。どんな相手であっても、もう驚く事なんてないと思っていたのだが、さすがに今回は驚きの連続だ。


 237号はロケットのように一足飛びに間合いを詰めると神速の拳を叩き付けてくる。ギリギリでかわすが拳圧で少しバランスを崩した。その一瞬のスキを逃がさず次の蹴りが飛んでくる。


『速い!』


 一発目の蹴りはかわせたものの、腕で大地を蹴って放たれた二発目の蹴りはかわし切れず左肩にヒットした。かすっただけだが、左肩は脱臼だっきゅうしていた。


「くそっ、あれ使うっきゃねぇか!」


 腰のバックルから二つの球体を取り出し、237号の足元に投げつけるとすぐに破裂して大量の煙を吹き出した。小森が投げ付けた煙幕弾はねっとりとまとわり付くような煙を噴射し、瞬く間に辺りを暗闇にした。


「ふみな、こちらに来てくれ!」


 如月博士の呼び掛けを受け、声の位置を頼りに彼の元へと移動すると博士が足を押さえてうずくまっていた。


「お父様、大丈夫ですか?」


「すまないな、ふみな。コウモリの先程の攻撃でふらついた時に足をくじいてしまったようだ。コントロールセンターまで運んでくれ。急ぎ動物園側の転位門ゲートふさがねばならん。」


「でもお父様、が……。」


「この施設の維持が最優先だ。これ以上奴らに仲間を呼ばれては困る。あの男との約束なのだ、分かるなふみな?」


「………はい。」


 237号は納得出来ないという顔をしながらも、如月博士を背負うとエデンのコントロールセンターへ向かって走り出した。



「ゲートを閉じるだと……。こりゃあ急がないと不味そうだ。来週分の深夜アニメの録画予約もまだしてないし、こんな化け物共の巣窟に一人で残るのは絶対にごめんだな。」


 煙幕弾を投げ付けた直後、背中の小型エアジェット推進機を使って飛翔した黒蝙蝠は建物の屋上に身を潜めながら彼らの行動を監視していた。一ノ瀬がそろそろゲートにたどり着く頃だ。俺も急いで脱出するとしよう。


 それにしても一ノ瀬……おまえ、きっとハーレムラノベの主人公だな。とんでもない化け物にまで好かれちまって。ここへ入って来た時に、偶然聞こえちまった菱木ちゃんの件も含めてかなり前途多難だぞ。まったく、面倒な事だ。やれやれだぜ……と肩をすくめると、237号が立ち去るのを見送りながら、小森は背中のエアジェット推進機を作動させ動物園へと繋がるゲートに向かって飛翔して行った。




 ーつづくー

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