第45話 ホムンクルス

 僕には何が起こったのかまるで分からなかった。気付いた時には腹部に強烈な打撃を受けて左へと吹き飛ばされていたのだ。

 ミズチが防御波紋を展開していなければ即死しかねない程の攻撃だった。


 赤いドレスの女は先ほどまで僕がいた位置で無表情にこちらを見ている。僕は転がった体制のまま、彼女の立つ位置に重力魔方陣グラビティフォースを放つ!


 魔方陣が展開された時には彼女の姿はそこになく、同時に左後方に展開した反射魔方陣リフレクションフォースに衝撃が走る。弾き返された衝撃を彼女は空中でくるりと身体を捻る事で上手く逃がして、何事もなかったかの様にシュッとした立姿でこちらを見ている。


「お父様、コイツ倒れない!」


「うむ、確かに。これは驚いたぞ。いいサンプルになりそうだ。」


 この女、強すぎる。最初の攻撃も死角からの強烈な一撃だったので、重力魔方陣を展開と同時にカンで左後方へ反射魔方陣を展開したのだ。ミズチを防御監視専門にしていてすら攻撃をかわす事が出来ない。敵の動きを目で追う事が出来ていないのだ。


水鏡の幻影アイシクル・ミラージュ!」


 氷の幻影で敵のスキを作り銀仮面の男を人質にとり、日影さんを連れて離脱する。卑怯な手だとは思うが今日子さん達の脱出する時間を稼ぎつつ瀕死の日影さんを連れて逃げる手など他に思い付かない。それほどあの女のスピードと攻撃力は圧倒的なのだ。


 僕が幻影を囮に銀仮面の男に走り出そうとしたその時だ! 237号の髪の毛が蛇の様な形状をとり、鎌首を持ち上げると一斉に幻影を攻撃した。スキなどつくる暇もなく、一瞬にして全ての幻影が破壊された。


 僕に向かってきた蛇を反射魔方陣リフレクションフォースはじくと銀仮面に向かってミズチを気の塊として射出する蛇咬砲じゃこうほうを放つ。


 237号が銀仮面をかばって蛇咬砲を受けると、胸の前でクロスさせた腕を左右に振り払う様な仕草でみずちの気を霧散させた。


 僕はその間に日影さんを抱えると237号と距離を取って、戦闘に巻き込まれないあたりに退避させる。


 237号はこちらを見て、およそこの場にそぐわない場違いな程の満面の笑みを向けた。だがそれを見た僕は背筋がゾクリとするのを感じていた。あの目、あの笑顔は捕食獣が獲物をなぶる時に見せるものだからだ。


「お父様、わたしこの子好き。この子ビックリいっぱい! 全然倒れない。すっごくおもしろーい。わたし、この子欲しい!!」


 237号の言葉に銀仮面は仮面の上からでもわかる程驚愕している。そして僕に向かって語りかけた。


「こいつは驚いたよ戦闘員くん。この娘は私が作りだしたホムンクルスの唯一の成功例で最高傑作なんだ。唯一の欠点は感情のブレが少ないこと。戦闘においては感情など邪魔にしかならんので不要と思っておったが、今の彼女の高揚感、執着、欲望などの熱量が今まで観測したことのない数値を表している。人はヒトでしかみがけぬという事なのかもしれぬな。益々君が必要になったよ戦闘員くん。」


「人を物しとか見れないクズに従う道理などない! 玄武あれをやるぞ!!」


『汝の現状ではそう長く持たんぞ。』


「あの女には出し惜しみする余裕なんて無いよ。短期決戦で行くさ。」


 全身の関節に魔方陣を展開し、肉体の最大出力を得る。但し、肉も骨もその出力に長時間は耐えられない。だが、この女相手には後の事など考えている余裕など無い!


「玄武召喚魔方陣、出力全開ブースト!!」


 全身に玄武の魔方陣が展開され、全ての動作が超高速化した。20メートル程あった敵との距離を一瞬にして詰めると銀仮面の胴体に向かって攻波紋を展開した拳を叩き込む。


 だが、僕の放った拳は銀仮面には届く事はなかった。彼に届く寸前で237号の左手によって受け止められていた。


 スウェーバックし、その勢いを利用して繰り出した回し蹴りもギリギリの間合いでかわされる。彼女の髪の蛇による攻撃が僕を絡め取ろうと次々と繰り出される。


 その全てを弾き、回避して彼女との間合い詰めた。彼女の放つ重い拳を払って避けると彼女の顔面に攻波紋を付与したパンチを放つ!


 確実に相手を捉えていた僕のパンチはギリギリで軌道を変え、彼女の顔をかすめて外れた。とんでもない化け物だとは分かっていても女の子の顔を殴る事に躊躇ちゅうちょしてしまったのだ。

 数ヵ月前まで他人との関わりを極端に減らし、ボッチを貫いてきたのだ。バスジャック演習の時のように怒りに感情が支配されている時とは違い、簡単にはその性格を変える事は出来なかったのだ。たぶん後で、玄武に怒られそうだ。


 全てスローモーションのように流れる世界で二人は見つめ合う。彼女は軌道を変えた僕の腕を掴むと力任せに投げつけた。アスファルトに叩き付けられぬように受け身を取ると、立ち上がる反動を利用して彼女の間合いに飛び込んだ! お互いの拳が交差し、顔と顔が数十センチの距離まで近付いた。


 先ほどまで気持ち悪い程の笑顔だった237号は小首をかしげ不思議な物でも見るようにこちらを見ている。


「お前私より弱い。それなのに何故手加減する?」


「お前がどんな化け物でも女の子の顔は殴れない。それだけだ!」


 二人は交差し、お互いに距離を取った。237号はその位置で立ち止まると大声で笑い始めた。


「あはっ、あはははははは……。わたし、女の子。あはははははは……。わたし、女の子扱い、初めて。あはははは……。」


 銀仮面は驚愕していた。相手を凍り付かせる様な冷徹な笑顔の仮面を被り、どんな事が起こってもその一切表情を崩さなかった【ふみな】が普通に笑っているのだ。


「新たなる人類を作り出す、私が長年に渡る研究で成し得なかった事を、ものの数分で成し遂げるとは……。君は魔術師か?、戦闘員くん。」


「くそっ、次は躊躇ためらわないさ!」


 素直に答えてしまった自分の責任なのだが、バカにされた ……そう思ってしまった苛立ちから、言うが早いか僕は237号に向かって突っ込んでしまった。


『バカ者! 不用意に突っ込むでない!』


 玄武の叱責が飛んだ時にはもう遅かった。油断していた訳では無かった。だが、彼女の射程に入ったとたん、彼女の影に擬態していた髪の毛の蛇に腕と足を絡め取られてしまう。ギリギリと締め付ける髪の毛に、腕も足も嫌な音を立てて折れたようだ。まるで力が入らなくなった。


 彼女は両手両足を髪の毛に捕らわれ、宙に吊られたままの僕を引き寄せると、力任せに仮面を破壊し引き剥がした。仮面を取られてしまった僕は素顔があらわになってしまう。

 彼女は左手一本で僕を抱き寄せると、左の頬に手を添えて唇を重ねてきた。とんでもない怪力で押さえ付けられて身動ぎすら出来ない。


 少し動くようになった右腕に水の刃【水虎水刃】を展開し、髪の毛の呪縛から右腕を解放させると、その腕を彼女の胸元に押し当て無理やり唇を引き剥がす。そのまま彼女の体の前後に斥力魔方陣リパルシヴフォースを時間差で複数展開すると、こう叫んだ!


超振動波ちょうしんどうは!!!」


 体の前後に高密度の斥力魔方陣を時間差で展開し、身体の内部に高周波振動を与えて内側から破壊するミズチの波紋を応用した技である。


 この技は右手の触れた部分にしかまだ展開出来ないため、出力全開ブーストによってスキを作るつもりであったのだが、予想以上に237号の反応速度が高くこちらから何らかのスキを与えなければ接近する事など不可能であった。それゆえ油断したふりをしてあえて拘束されたのだ。


 僕は足元に斥力魔方陣リパルシヴフォースを複数展開し、撥ね飛ばされる反動で237号との距離をとる。いくら【コア】の回復能力が桁違いだとしてもここまでズタズタにされた身体はそう簡単には動いてくれはしなかったからだ。


 一方、237号は口から大量の血を吐血するとひざから崩れ落ちた。何とか倒れまいと四つん這いで踏ん張っていたものの、自分の吐いた血の海に倒れ伏した。


237号ふみな!」


 駆け寄ろうとする銀仮面を、彼女は左手一本で制すると、ゆっくりと身体を起こした。


「ふふ……、お父様来ないで。この子、私の物。誰にも渡さない。」


 237号は大きく口を開くと、血で赤黒く染まった肉塊を吐き出した。鮮血で染まった口元を右手でぬぐうと口の端を大きく吊り上げてニヤリと笑った。


「ははは……ふみな、お前まさか自己修復をしているのか? 破損した肉体を吐き出し、欠損部分を再生していると……? くくく……素晴らしい! 素晴らしいぞ、ふみな! それでこそ我が最高傑作だ!!!」


 歓喜する銀仮面とは裏腹に、タクトはその光景を見て絶望感に囚われていた。ホムンクルス……なんてとんでもない化け物だ。右腕の回復に生命エネルギーのほとんどを集中させてしまったため、他の部分の回復が間に合わない。何とか立てる程度までは回復出来ても、あの化け物相手にこれ以上戦うのは無理だ。


「ごめん、玄武。僕、ここまでみたいだ。」


『汝、諦めるは早いぞ。今までの【コア】を持つ者たちは皆、諦めが悪かった。最後の時まで希望を捨ててはならぬ。そして彼らにもこういう時には決まってアレが現れた。』


 237号はゆっくりと立ち上がるとこちらに向けて歩みを進め始める。ブーストの影響で全身ズタズタで動かせるのは右腕一本。マナも枯渇しかかっている。魔方陣ひとつ展開出来ない。この状態でも諦めるなとは、玄武も簡単に言ってくれるじゃないか。


 上手く時間を稼ぐ事さえ出来れば、この地にあふれるマナを吸収して一時的に回復させる事も可能かも知れない。だが、その時間稼ぐ方法が思いつかない。


『大丈夫、アレが来たようだ。』


「アレ?」


 僕の疑問をかき消すように、それは上空から黒いマントをような翼をはためかせ、僕と237号の間に舞い降りた。

 超甲武装で唯一、飛行可能な漆黒の鎧。


超甲武装シェイプシフター黒蝙蝠ブラックバットここに参上! お嬢さん、君の相手は僕がしよう。」


 黒蝙蝠ブラックバットは親指と人指しゆびを立てて銃のように彼女に突きつけた。


「こもり係長ーっ!」


「だーっ、お、お前マスクしてねぇんだからでけー声で人の名前叫んでんじゃねぇ!!」



『【核】を持つ者たち全てに共通すること。一人でどうにもならぬ時、必ず現れるものだ。仲間というモノは。』


 だが、これほどカッコ悪い登場は過去に例を見ないと玄武は思った。口にはしなかったが。



 ーつづくー

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