第44話 彼と彼女と彼女の想い。

 守野と波多野の二人は急いで突き当たりを左に曲がると、先程の【E】と同じ全身黒タイツの人影を見つけた。白い仮面を着けてはいるが、肩当て守る装甲と腰周りから膝下まで伸びたロングコートのような外装が女性らしいシルエットをかもし出していた。


 俺は警戒するように、彼女に少し距離を取ったまま尋ねた。『君が【E】やカメレオンの仲間なのか?』と。


「はい、私は【K】。お二人を地上まで脱出させるよう命令を受けています。二人ともお怪我はありませんか?」


「「はい、大丈夫です。」」


 彼女は自分の後から付いてくるように俺たちに指示すると小走りで地上へのゲートへと駆けていく。俺たちもその後を追って走り出した。


 俺は前を走る【K】に尋ねた。君らは何なのか。ここは何か? あの化け物どもは何なのか? カメレオン男のようにはぐらかされると思ったのだが、意外にも答えてくれた。


「我々は【秘密結社シャドウ】きたるべき終末戦争アルマゲドンに備えるべく結成された秘密組織です。すみません、ここの事やその化け物とかについては何もわかりません。」


 何で教えてくれたのか聞こうとしたのだが、【K】は仮面の上から口元に指を一本立ててシーッというポーズをした。


「内緒ですよ。言っても誰も信じませんし。精神病院にでも送られて一生監禁されるように手配しますからね。」


 恐ろしい事をサラッと言われてしまった。俺だって自分が体験していなければ信じる事など出来る訳がなかった。守野は自分たちのいる世界のすぐそばに殺したり、殺されたりという世界があった事に今更ながら恐怖を覚えていた。


 紛争、テロ事件、猟奇殺人……そういった事が連日ネットやテレビのニュースを賑わせているのだが、自分が体験しなければどこか他人事、まるで自分のいる所とは違う、異世界の話のように感じていたからだ。

 だから今の状況……みずからの危険をかえりみず自分たちの事を守ってくれている人達がいる事に素直に感謝と敬意を評さずにはいられないと思うのだ。


 数十メートル先に地上へのゲートが見えてきたのだが、入口付近には10人近い警備員たちが俺達の来るのを待ち構えていた。


「残念だが、ここまでだ。お前らを逃がす訳にはいかない!」


 リーダー格らしい警備員が警棒をペシペシと平手に打ち付けながらニヤニヤと笑っている。自分たちの人数は圧倒的、こちらは女・子供と侮っているのだろう。表情に余裕がうかがえる。


 一瞬立ち止まった【K】だが、威圧的な態度の警備員たちに一切臆することなく、彼らの方へと歩みを進めて行く。


『フェイス=アップ』


【K】の発した声により仮面の上半分がバイザーのように上にせりあがり、下半分は左右に別れて顔の側面へと下がり彼女の顔があらわになった。


 彼女の素顔を見た警備員たちからは下卑た歓喜の声が上がった。自分たちが優位にあり、彼女たちを自分たちの思うがままに蹂躙じゅうりん出来ると考えていたからだ。


 だが、彼らは全員彼女を見ていた……彼女の瞳が金色に光るのを。


「全員、私の命令があるまで物陰にて待機。急げっ!!」


「「「はっ!」」


 守野には何が起こったのか全く分からなかった。【K】が号令を掛けると先程まで敵意を剥き出しにしていた警備員たちが、彼女の命令に従って物陰に隠れるようにして待機し始めたのだ。


「何だぁ、あんた一体……。」


 声を掛けた俺の言葉は【K】の横顔を見て別の言葉へと変わってしまった。


「あんたふれあい広場にいたバ……グフッ、カ、カップルの……?」


 危なく余計な事を言いそうになった俺の横脇腹に波多野のパンチが炸裂した。俺が余計な事を言いそうな時の波多野の突っ込みの速さには定評がある。俺の言う事の先を読んで攻撃して来るのだ。だが、今は言っておこう、ナイスフォロー……と。


「あなたが【K】だとするともしかしたら【E】ってさっきの彼……なの?」


「ふふっ……そうね。」


 声が出ない俺に代わって落ち着きを取り戻した波多野が尋ねた。それでも恐い事の連続だったからか、波多野はまだ無意識的に俺の手を放してはいない。前を歩く【K】には不安はないのだろうか?

 自分だったら……チラッと波多野を見てしまう。彼女は『なによ!』という目で睨んでくる。さっき彼女を守りたい思ったのが勘違いじゃないかと思いたくなった。


「大丈夫かな、彼。」


 つい、口に出てしまった。【K】はこちらを振り向くとニッコリと笑ってこう言った。


「すごく心配。」


「「えっ?」」


「本当はすごく心配。でも信じてるの。彼はきっと私の救世主だから。 」


「王子様とかじゃなくて救世主……なの?」


 俺も思ったのだが、波多野もつい聞いてしまったようだ。彼女は一度、目を閉じるとゆっくりと思い出すように語り始めた。


「実はわたし脳に特殊な腫瘍しゅようがあって、たぶんもうあまり長くないの。家族にも友達にも迷惑ばかりかけて、見捨てられて。何の為に生きてるのかなーって。生きてる意味あるのかなーって。でも死ぬのはやっぱり怖くって。この組織に入ったのも、もしかしたら助かる道があるんじゃないかって、希望があるんじゃないかって思ったからなの。でもダメだった。まだ、私の病状を治せるまでの技術は開発されていないの。」


 彼女の語る言葉は重く、俺の心をえぐった。会社の俺の憧れの先輩も心に大きな闇を抱えて一人で苦しんでいた。

 彼女を助けたかった。何でもいいから助けになりたかった。だが俺にはなにも出来なかった。先走るばかりで、なにひとつ力になる事が出来なかった。そして俺は彼女に寄り添うことすら拒否された。彼女の隣に立つのは同情では駄目なのだ。

 俺はいつの間にか涙を流していた。


「ごめんなさい。こんな話、重すぎて困っちゃうよね。でも大丈夫! 今の私には彼がいるから。彼を好きでいる事で自分の居場所を見つける事が出来たから。」


『居場所……。』そうか、そうだったのか。俺にもまだ、先輩の為にやれる事があるじゃないか! 波多野の方を見ると彼女もこちらを見て頷いた。


「私も協力するから。」


 波多野、お前はエスパーか! 声に出した訳でもないのに俺の考えを見通して声を掛けてきたのだ。


「あんたみたいな馬鹿の考える事なんて簡単にお見通しなんだからね!」


 これさえなければもっと可愛く思えるのに。苦笑している俺を見て【K】も笑っている。彼女の笑顔もうわべだけでなく、本物になるといいな。この時の俺はそんな風に思っていた。


「さて、この先のゲートをくぐれば地上へと戻る階段があります。地上へ出たらここでの事は全て忘れて頂きます。私、今日はだいぶ浮かれてるみたいで色々しゃべり過ぎちゃいましたから。」


 俺には【K】の言ってる意味が良く分からなかった。さっきも言ってた通り黙ってろって事なのかな。彼女に声を掛けようとしたが声が全く出ない!


「明日菜お姉ちゃん、彼らの記憶の改ざんよろしくお願いします。」


『今日子、この子達も爆弾人間ボムヒューマンにしたらどうかしら? タクト君が敵になった時に顔見知りだと使えると思うわよ。』


「お姉ちゃん冗談でもやめて! タクト君に何かしたら私、死ぬわよ。」


 急になんだ? 【K】はどうしちまったんだ。 一人でなに会話してんだよ。爆弾人間ってなんなんだよ。


「それに彼らにはしばらくシャドウの監視が付くわ。余計な事をしたら困るのはお姉ちゃんの方でしょ!」


『ハイハイ、わかりました。じゃあ、もうやるよ。昔は姉を脅すような妹じゃなかったのにね。トホホ。』


 なんだ、コイツ。何言ってんだよ。今日、いろんな化け物にでくわしたけど、コイツが一番やべぇんじゃないか? 俺の背中にドロリとした冷や汗が流れている。俺は心配になって、波多野の方を向こうとしたが体はぴくりとも動かない。


『二人とも安心して。痛くしないから大丈夫。脳の記憶経路を改変して思い出さなくなるだけの事だからね。まあ、抵抗しても無駄だけど。私の支配結界の中にいる間の行動は全て私の思うがままだから。』


 ニヤリと笑う【K】の瞳が金色に光っている。俺の意識はいくらもしないうちに、暗く深い闇の中へと沈んでいった。




 ーつづくー

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