第43話 死を司るカラス。

 守野は波多野を連れて全力で走っていた。人影が無かった訳では無いが、いつ後ろから追っ手が迫ってくるとも知れない。


 あのカメレオン男が時間を稼いでくれているうちに、彼の仲間である白い仮面の者と合流しなければならない。波多野を安全な所に逃がすまでは何があっても止まる事は出来ないのだ。


 こちらに気付いた者もいたが追ってくる気配は無かった。通報されている可能性は高いがもう既に今更だ。カメレオン男が何者かはわからない。少なくとも猪人間オークどもの仲間では無さそうだ。だから、今は彼の仲間を信じるしかない。あと少し10メートル程先を左に曲がれば、彼の仲間と合流出来る。


 すぐ頭上でバサバサっと音がした。大型の鳥の羽ばたきのようだ。目の前に黒い羽が舞い散ると共に、俺の前に5人の黒ずくめのローブの男が現れた。中央に立つ男が言い放つ。


「君らを逃がす訳には行かないな。」


 ローブの男……と言ったがその声と体格的な物からだ。なにせ、奴等の顔はカラスだったからだ。今度は化け烏ばけがらすかよ。


「我らはエデンの騎士、死を司る烏ロード・デス・クロウ。抵抗は無駄だ。大人しく従えば傷付けはしない。」


 奴等は全員2メートル程の槍を持っている。別に構えてなどいないのだが、凄い威圧感を感じる。口では傷付けないと言っているが、何の保証もない。むしろ状況は悪くなるに決まっている。無抵抗の振りをして近付き、体当たりで敵の気を反らして、波多野が逃げるスキを作る。今の俺に出来るのはそれくらいしかないと思った。


「わかった、降参だ。手荒な真似は勘弁してくれ。」


 両手を上げた俺は一歩踏み出した所で有ることに気が付いた。クロウたちの遥か後ろにこれまた黒づくめの男が立っていた。


 その男は烏たちとは全く違う全身タイツの様な服装に黒い手袋とブーツ、小さなポーチの付いたデカイバックルのベルト。極めつけは目や口が線一本で描かれた真っ白な笑う仮面……まるで子供の頃に見したヒーロー物に登場する悪の戦闘員だ。


 おいおいマジか? 仲間ってあれか??

 固まってる俺に烏たちも後ろへ振り返る。こんな化け物どもの集まる場所へと、ゆっくりと歩みを進める仮面の男は恐怖の欠片も感じていないのだろうか。


「貴様、何者だ! お前もシャドウの超甲武装シェイプシフターか!」


 クロウのリーダー格の男の問いに仮面の男は答えない。ただ、ゆっくりと歩み寄る。


 シェイプシフター……なんだそれ?

お前も?……と言う事はさっきのカメレオン男もシェイプシフターなのか?

シャドウ……エデンの騎士……ビースト・オーダー。何なんだよ。アニメや特撮の世界にでも迷い込んじまったのか?


 あーもうわかんねぇ! 頭をかきむしる俺に仮面の男が話し掛けてきた。


「これは現実だ。目を反らして見ない振りをしても、いつか真実は目の前に現れるぞ。恐怖を受け入れてその上で守るべき物をしっかり見据えて行動しろ! いくぞ!!」


 烏たちは槍を構えると手元のスイッチを入れる。先端部分から三日月の様に弧をえがいたやいばがシュッと伸びて先端に槍の付いた死神の鎌デス・サイズとなる。


 仮面の男はその場ですっとかがむと大地に右手をかざした。その瞬間、クロウたちの足元に水色の光で描かれた魔方陣が現れる。


 クロウ達の足元に斥力魔方陣 リパルシヴフォースを3重に展開すると奴等を空中に吹き飛ばした。クロウ達はバランスを崩して吹き飛ばされたものの、背中にある翼を展開して空中で防御体制を取った。


「いまだ、走れ!!」


 仮面の男が叫んだ!


 守野と波多野の前をふさいでいたクロウ達が吹き飛ばされて、彼らの前に道が開けていた!


 守野は波多野の手を取って……いや、手を取られたのは守野の方だ。彼女は守野の手を取ると彼を引いて走り出した。


「波多野……。」


 彼女は『私だって守りたい物があるんだよ』そう言って俺の前を走っている。チラッと見えた彼女の目には涙があふれんばかりに貯まっていた。恐怖に耐え、心を強く保とうとしているのを、強くぎゅっと握られた手がもの語っている。俺も彼女の手を強く握り返すと仮面の男の元へと全力で走った。


 俺だってあるんだよ、守りたいものが……。わかったんだよ、本当に守りたいのは誰なのか。憧れてた会社の美人の先輩でも、ドジっ子の同僚でもなく、同期入社のくせにいつも上から目線で命令口調……俺以外には凄く優しいのに、俺には殴るわ蹴るわ。クソ暴力女。

 だけど、俺が間違いそうな時はいつも助けてくれた。勢いだけで始めた無茶苦茶なこともなんだかんだいいながら後押ししてくれた。

 いつも明るくて、動物が大好きで、怖がりなくせにみんなの前では意地を張る。認めるよ、俺はそんな君が好きなんだ。

 だから守りたい、君を!


 守野たちを止めようと襲い掛かるクロウ達の攻撃を、僕は反射魔方陣リフレクションフォースで弾き返すと走って来た守野たちが目の前まで迫っていた。


「そのまま走れ! その先を左に曲がった先にもう一人俺の仲間がいる。あとはそいつに任せろ、ここは僕が食い止める!!」


 守野は仮面の男とすれ違いざま声を掛けた。


「あんた、名前は?」


「E……だ。戦闘員【E】」


「ありがとう、【E】!」


 守野には、彼の笑い仮面の口元が少し上がって本当に笑っているように思えた。


 クロウ達の何人かはかなりの高度を取って守野たちの後を追おうとしたのだが、【E】の重力魔方陣グラビティフォースによって地べたに這いつくばらされていた。

 クロウ達のリーダーは一歩下がった位置で仮面の男を見据えていた。


「戦闘員【E】だと。貴様ほどの者がただの戦闘員である筈がない。こいつの相手は俺がする! お前らは隙をみて逃げた奴等を追え!!」


「「はっ!」」


 リーダーの後ろに控えていた二人の部下は、彼を中央に左右へと距離を広げて行く。


「残念ながら、そうはいかないよ。」


【E】は胸の前で水色の球体を錬成れんせいすると、両手で包み込む様な動作で球体を圧縮しそれを空へと放り投げた。

 空中ではじけた球体は細かい粒子を発生させて【E】とクロウ達の頭上に降り注いだ。


「特訓の成果見せてやるぜ! 氷鏡の幻影アイシクル・ミラージュ!!」


 細かい氷の粒子が鏡のように【E】の姿を無数に写し出す。クロウ達は死神の鎌で【E】を切り付けるが、全て砕けて消えてしまう。奴等は氷鏡の幻影アイシクル・ミラージュの結界内で完全に僕の姿を見失っていた。


水虎水刃すいこすいじん!」


【E】の掛け声と共に、水の刃を手に展開した幻影が一斉にこちらを攻撃して来た。かわし、切りつけ、受け、砕く! 流れるような動作で幻影の攻撃を受けていく。だが、その間にも部下が一人また一人と倒されていった。


 クソッ、このままでは……。背中の翼を開くと羽手裏剣を周囲に多数舞わせて、光の反射を阻害した。


「そこだ!」


 クロウは右斜め後方に向かって死神の鎌を、振り回す。ガチンっと言う音と共に水の刃をデス・サイズが受け止めた。


「幻影を破ってくるか。やるねぇ、あんたがコイツらのリーダーか?」


「私はエデンの騎士。死を司る烏ロード・キル・クロウ。貴様をほうむるものだ!!」


 クロウは死神の鎌を構えると【E】に向かって突進してきた。斥力魔方陣リパルシヴフォースを展開するが翼を広げて上へと回避する。落下する勢いそのままにデス・サイズで切り付けてきた。

【E】は左へと回避しつつ、反射魔方陣リフレクションフォースでデス・サイズを弾き返すとバランスを崩したクロウに水竜の槍ウォーターランスを3発射出する。


 空中で器用にランスを避けたクロウだが、避けた先には重力魔方陣グラビティフォースが仕掛けられていた。

 地上に引きずり下ろされたクロウの側面には既に【E】が迫っている。彼はクロウの脇腹に斥力魔方陣リパルシヴフォースを展開した拳を叩き込む! もちろんミズチの波紋振動込みの攻撃だ。

 数メートル吹き飛ばされたクロウは、デス・サイズを杖代わりにしてかろうじて立ち上がるが、たまらず片膝をついてしまう。


「おのれ、【E】!!」


 怨嗟の声を放つクロウの背後に、二人の人影が現れた。一人は顔の半分を隠す仮面をつけた白髪頭の男。もう一人は赤いドレスのとんでもない美人だ。


「もう一匹いたとはね。もう下がりなさい、クロウ。充分だ。負傷者の保護にかかりなさい。」


「はっ、ドクター如月きさらぎ。」


 こちらを睨んでいるクロウの目はまだ戦えると言っている。だが、ドクターの命令は絶対のようで素直に命令に従い、仲間の救護にあたるようだ。


 ドクターと呼ばれた白髪頭の銀仮面の男はこちらを向いて問いかけてきた。


「君は碓氷うすいくんの所の戦闘員のようだね。うちのクロウ達を圧倒するその戦闘力! 面白い、実に面白いね。」


 銀仮面の向こう側から、ねめつけるような視線を送るドクターのオーラには今まで一度も感じた事のないレベルの嫌悪感を感じた。この人は本当に人間なのだろうか?

 濁りのない純粋な悪意とでも言ったらいいのだろうか……。何をどうすればこんな人間が出来るのだろう。


「こいつのSEEDも頂こう。237号ふみな遊んであげなさい。」


「はい、お父様。」


『彼とも……?』

 この時僕は、この女の人の方をしっかり見ていなかった事に気が付いた。銀仮面の少し後ろに立つこの女はとんでもない美人だが、それ以上に邪悪なオーラを持つ銀仮面の男に注意が行ってしまったからだ。


 彼女が小脇に抱えていた何かをこちらに投げて寄越した。あまりに軽々と抱えていた為、それが人間だと初めは気が付かなかった。


「日影さん!!」


 ボロ雑巾のようにそこに転がっているのは碓氷日影うすいひかげその人だった。彼がで救援依頼のメールを送って来てから大した時間は経過していない。何があったと言うのだ。


 投げられた拍子に気が付いたのだろうか、日影さんが絞り出すように声を発した。


「逃げ……ろ、……ちの……せ。」


 彼の発した驚愕の言葉に僕はとっさに防御体制を取ったのだか、いきなり右の脇腹に強烈な打撃を受けて吹き飛ばされてしまったのだった。




 ーつづくー

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