第40話 反撃の狼煙
隊長モスマンは部下と共に3号棟の地下牢入口に来ていた。変身の解けた日影を放り出すと仲間の遺体とともに預け入れの手続きを行っていた。
モスマンの部下と共に遺体回収袋に仲間の亡骸を詰め込んでいた3号棟の警備員は、怪訝な顔をしていた。
「エデンの外部警備を任された第一警備隊が三人も殺られるなんて何があったんですかい? 集団戦であんたらが負けるなんて全く想像もつきやせん。」
「エデンの警備を任された
毒の効果で暫くは身動きも取れない敵の姿をもう一度見据えると、拘束服と一番強度の高い牢に入れるよう警備員に指示を出す。
絶対に油断する事の無いように念を押す。敵の処遇と仲間の遺体の処理は博士の指示待ちだ。博士に引き渡すまでに些細なミスであろうとあってはならない。既に三人も仲間を失っているのだ。これ以上のミスは命の保証が無い。
警備員達が日影を独房へ運ぶ前に、拘束服を装着させていたその時だ。地下牢に警報が鳴り響く。
『
地下牢入口の警備員達は全員深いため息をついて、リーダー格の警備員がモスマン隊長に頭を下げた。
「申し訳ない。博士が珍しく
リーダー格の警備員はモスマン隊長の前からきびすを返すと部下達に向かって命令を発した。
「ここは俺と古川が残る! 山岸と宮古はこの男を隔離房へ運べ。残りはC3号ゲートに集合、中央区画内に隠れている脱走者をいぶり出せ!」
「「了解!」」
モスマン隊長は警備員達があわてて飛び出していくのを見送ると、遺体と捕虜を3号棟の警備員たちに任せて、部下と共に任務に戻ろうとした。
奴が単独で侵入してきたとは限らない。侵入者捕獲の報告は入れたものの、別部隊の
本心を言えば、警備よりも、この男の拷問を自分が担当したいと思っていた。部下を殺された恨みもあるが、それ以上にこの男が何者なのかを知りたかった。自分達を圧倒した力がなんなのか? 苦痛に歪むこの男の口から直接聞き出したかったのだ。
部下の半数を失った自分には望んでも叶う事は無いだろう。毒で動けぬ捕虜となったこの男に、拘束服を着せていた警備員たちを一瞥すると、きびすを返し入口に向かって歩き出した。
奴から目を離したのは、本当にこの一瞬だけだった。
『ぎゃっ』という短い悲鳴と、何かが壁に叩き付けられる音にビクッと身を震わせ、振り返ったモスマン隊長の目に映ったのは……。
張り手のように手首を立てて、両腕を左右に真っ直ぐ開き中腰の態勢でこちらに背を向けてたたずむスーツ姿の男だ。
「銀色トカゲ……貴様ぁぁぁ!!」
「案内ご苦労様、虫野郎。ようやく探し物が見つかりそうだ。」
スッと背筋を伸ばすとゆっくりと警備員達とモスマン隊の三人に向き直る。顔の前に右手を大きく開いてかざすと『△
「
「何故だ、なぜ動けるのだ! 普通の人間であれば死んでもおかしくない量の毒だぞ。」
顔の半分が蛾で表情は掴みにくいが、引き締められ歪んだ口元がその悔しさをものがたっている。
「甲賀流飛騨忍軍・党首のこの私にこの程度の毒など、指先の麻痺ですら起こらぬわ!」
言い終わるが早いかカメレオンの輪郭が僅かにブレると、その姿は陽炎のように揺らいで消えた。
モスマンの後ろにいた警備員たちは、仲間に連絡を取ろうと無線機に手をかけた態勢のまま固まっていた。その首からは大量の血液が吹き出し、一言も発する事なく絶命していた。
「クソッ、何処だ銀色トカゲ!」
カメレオンの光学迷彩でもモスマンの複眼からは逃れる事は出来ない。だが、彼は完全にカメレオンを見失っていた。
「グホッ……。」
両隣にいた部下たちが低く小さな声で呻くと彼らの胸にはクナイが深々と突き立っていた。そのクナイには導火線が付いており、燃え尽きた瞬間にモスマンの部下たちは火だるまとなった。
声をあげる事もなく消し炭となった部下たちを見て、初めてモスマン隊長は恐怖を覚えた。バカな……格が違い過ぎる。
その彼の首筋に冷たい感触を感じる。奴の持つクナイだ。いつ自らの
日影が
警備員から逃げ出した守野は建物中心部、2階部分まで吹き抜けになって天井が高いまるで倉庫のような場所を、隠れながらさまよっていた。コンテナのよう檻がいくつも積み上げられ複雑にいりくんだ通路を作りあげていた。
薄暗い室内で影に身を潜めながら必死に出口を探した。いくつかあった扉は全て閉まっていてびくともしなかった。
どうする、どうする……。俺はどうなってもいい。だか、こいつだけは。彼女だけは何としても逃がさなければ。
逃げ隠れる事に疲れたのか、気を失ったように眠ってしまった彼女の横顔をジッと眺める。顔に掛かった髪の毛をそっと指ですくい上げた。気が強くいつも突っ掛かってくる暴力的な女。それが同期入社の彼女に対する最初の印象だった。
だが、それが彼女の仕事に対する熱意と優しさのあらわれなのだと気が付いた。就活が上手くいかず、適当に応募してかろうじて採用された俺とは大違いだ。少しずつこいつの事が気になっていった。
最初の印象からかな、好きだなんて絶対認めたくない。だけど、どんなに気が強くても暴力的でも、やっぱり女の子なんだ。か弱い所見せずにがんばる君を守りたい。
なのに、俺の暴走からこんな事に巻き込んじまった。どんな事があっても彼女だけは助けたい。神様! 俺はどうなってもいいから彼女だけは助けて下さい。お願いします!!
自分の無力さに涙し、神になど祈った事もない彼が本気で神に祈っていた。
だが、その願いは神には届かなかった。4~5メートル先のコンテナの影からこちらをうかがう六つの光る目。ゆっくりと近付くその影はヒトではない。四足歩行の動物のそれだ。
影に気付いた守野は息を殺して身構える。一歩、また一歩と近付く足音。そしてその獣の姿が、壁に設置された非常灯の光りに次第に映し出されていく。
「な、なんだよ、それ。なんなんだよ、お前!」
絶望と恐怖におののく守野の前にその姿を現した動物。それは虎でもライオンでもなく、彼が思い描く危険な動物のどれでもなかった。
彼の目の前に現れたのは、彼の想像を越えた生物。三つの頭を持つ地獄の番犬【ケルベロス】だった。
ーつづくー
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