第38話 コード・ブルー②
透明な男・碓氷日影は
日影は各種警報センサー類をチェックしながら、それらを作動させぬように慎重に施設内を探索していく。施設内に不審な部屋がないのを確認すると、地下の動物保護施設に向かった。
光学迷彩によって姿を隠し、気配を消していたとしても動物たちの察知能力にはなかなか通用しない事が多い。地下に侵入し、動物たちの檻が立ち並ぶ部屋の入り口に立つと、腕に装備された噴射口から透明な霧状の煙を噴射させる。
待つこと3分、先ほど噴霧した催眠香の効果を確認しつつ保護施設内を探索していく。動物達は落ち着いていて騒ぎたてる様子はないようだ。
動物の種類別に区分けされた施設内の一番奥に備品用具室と書えかれたドアがあった。
「用具室にわざわざ電子ロック? 罠にしてもあからさま過ぎるだろ。仕方ない……。」
地下に入ってすぐの所にあった配電盤に施した仕掛けを作動させブレイカーを落とす。電波と形状記憶合金を利用した仕掛けで特定周波数の電波を受信して形状を変化させる。一定時間以上の電波受信で加熱し溶けて無くなる証拠隠滅機能付きの優れものだ。
ブレイカーが落ちるとすぐに非常灯に切り替わる。しばらく用具室の入口に近い影に身を潜めて監視していると、すぐ隣の壁の何も無い部分がせり上がりドアが現れた。
ドアから2名の警備員が出て来ると懐中電灯で辺りを伺いながら配電盤へと向かっていく。
日影は自動で閉まり始めた扉の中へと体を滑り込ませる。そこは下へと降りる階段があるだけの部屋だ。下へと続く螺旋階段をのぞき込むと4~5階程度の深さがある。下には先程の警備員達の詰所があり、人の出入りを監視しているようだ。
警備員達に気付かれぬ様に催眠ガスの発生装置を複数仕掛けておく。自分一人であれば問題無いが、捕まっている彼らの帰り道の安全確保の為だ。
全く、厄介なことに巻き込まれたものだ。センサーゲートを通り抜けるとそこにはとんでもない光景が待っていた。
「な、なんだこれは。」
とんでもない大きさの洞窟……野球場のようなドーム状の建物を囲むように、6つの柱のようなビルが洞窟の天井を支えるように立ち並ぶ。
「これはもう、厄介とかそういうレベルでは済まない話だな。」
動物園の地下に巨大な空洞。そこに作られた何らかの施設。国も警察にも登録のないものだ。敵か味方か……我々シャドウに敵対するものなのか。見極めなければ!
日影は注意深く周りをうかがいながら、素早く移動を開始した。そこにいたのはもう仕方なく監視業務をこなしていた副所長ではない。シャドウの作戦指揮官・バトラーと呼ばれる男、
「とりあえず、あのドームから調べてみるか。」
銀色のカメレオンを模した鎧は建物の影に身を沈めるようにして姿を消していった。
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守野が目を覚ますとそこは4畳程度の牢獄……周りを鉄格子でかためられた檻の中にいた。波多野っ!辺りを見渡すが近くに彼女の姿はなかった。
「波多野!」
声に出してみるが返事はない。クソッ、自分の軽率な行動で彼女を巻き込んでしまった。俺はいつもそうだ。後先考えるよりもつい体が動いちまう。何がどうなってるのか全くわからねぇ。けど、
檻には一ヶ所、扉が付いているが施錠されていてびくともしない。クソッ、クソッ、クソッ!
力まかせに扉を蹴り続けていた時だ、近くで女の子の悲鳴があがった。
「きゃっ!」
「波多野!おい、波多野、返事しろ!!クソッ、お前になんかあったら……俺どうしたらいいんだよ。」
誰かは分からないが、右手の奥から人影が近づいてくるのが見えた。
「小僧、うるせぇんだよ!」
暗闇から現れたのは40歳位だろうか、下卑た顔立ちの警備員は小脇に何かを抱えたまま此方を見据えてニヤついている。
「波多野っ! てめぇ、なにしゃがる!!」
警備員はニヤリと笑うと小脇に抱えた彼女を下に下ろし、守野の方に顔を向けさせると彼女の頬をペロリと舐める。
「何ってそりゃよー、お楽しみに決まってるじゃねーかよ。ここは生きてんだか死んでんだかわかんねぇ奴ばかり送り込まれて来るんでな、久しぶりの上玉を味合わせてもらうってわけよ。ブッヒッヒィー!」
「こ、ん、の、野郎ーっ!」
守野の目は充血し、みるみる頭へと血がのぼっていった。握った鉄格子が少しずつその巾を広げていく。もともと腐食して弱っていたのか、守野の右手に握られていた鉄格子の熔接部分がへし折れて外れると、その隙間から彼は飛び出し勢いそのままに警備員へと頭突きをかます。
激しく後方に吹き飛んだ警備員は後頭部を激しく打ってうずくまった。
「うがぐわぐぐぅぅぅがっ……。」
倒れた警備員は後頭部を押さえ唸るような声をあげている。守野は波多野を抱きかかえると彼女に声を掛けながら走り出した。
「波多野、波多野、おい! 大丈夫か、しっかりしろ!! 波多野っ!」
彼女はゆっくりと目を開けると、その瞳にはたくさんの涙が溜まり始めていた。彼女は守野の首に手をまわし、しっかりと抱き付くと彼の胸で声にならない嗚咽をもらした。
震える彼女を抱いて走る彼は、ただただ胸の痛みをこらえて走った。『ごめん、波多野。ごめん。怖い思いさせちまって、本当にごめん。』
いくつもの檻が置かれた広い倉庫のような場所を全力で走った。あの場所から少しでも遠くへ。彼女を隠せる安全な場所を探して、彼は走り続けた。
暗闇にうずくまった警備員はゆっくりと体を起こす。髪の毛を振り乱し、血走った目にはギラギラと憎悪の影が渦巻いている。
腰に着けた無線機に手を掛けるとスイッチを入れ、呪いの言葉でも吐き出すように低い声で喋りだす。
「こちら第3警備部、班長・猪之木田。
あの小娘も小僧も絶対に逃がさねぇ。あのクソガキの前で小娘をなぶりものにして、死んでも死に切れねぇ程の苦痛と後悔を味合わせてやる。俺様に手をあげた事を死ぬまで後悔しながら自分の無力を思い知るがいい!
「待ってろよクソガキ。さあ、狩りの始まりだ!!」
邪悪な笑みを称えた警備員は守野たちが逃げ去った暗闇に向かってゆっくりと歩き出した。
ーつづくー
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