第4章 地底の楽園《エデン》

第37話 コード・ブルー①

 ふれあいの森・動物公園、いわゆる動物園である。総面積40ヘクタール程の小さめの動物園であり、8エリアに別れ各エリアにふれあいブースや放し飼いゾーンなど動物と直接ふれあう事を目的とした展示施設がある。また、動物とのふれあいを目的にした2つのレストランと1つのカフェがあり土産物の売店なども充実していた。


 園内はバードエリア、爬虫類エリアなど特殊なエリア以外は檻が少なく、柵も低めに設定されており、開放的な環境が維持されている。また、各展示スペースは独立していて、通常より深めのモート【ほり】と電柵により安全面でも配慮されていた。


 ふれあいを目的としたこの動物園にはもう一つの顔があった。個人飼育動物の保護と引き取り、新たな飼い主との縁組みを行う施設が4年程前から併設されており、県内の保護動物の殺処分件数を大幅に減らした功績が国からも表彰されていた。


 実はタクト達のメインの目的もここであり、猫用・犬用・その他の動物のふれあいパークや動物喫茶などがのきをならべ、多くの入場者でかなりの賑わいをみせていた。


「タクトくん、ねぇにゃんこ。凄く可愛いよにゃんこ! 肉球ふにふに~。」


 今日子さんはかなりご満悦なようだ。コンもびっくりな位ニャーニャー言ってる。


 彼女の満面の笑みを久しぶりに見た気がして僕も嬉しくなる。もっと早くに連れて来てあげれば良かった。僕はいつも自分の事にばかり追われて周りが見えてなかったのかも知れない。


 僕はこれでもか! と言うくらい今日子さんの写真を携帯でパシャパシャと撮っている。


「タクトくんも一緒に撮ってもらおうよ。」


 彼女からのせっかくの申し出だ、誰かに撮ってもらおうと周りを見渡すと犬と遊ぶ一人の男性が目についた。

 犬と遊ぶ……というか犬に遊ばれている彼の周りにはたくさんのがあふれ返っていた。


 犬に好かれるスキルでもあるのだろうか?

 そう思ってしまった自分の考え方に苦笑してしまう。いつからだろう、スキルやら魔法、超能力などが当たり前に思考の中に入り込んでしまったのは。


 これでも小学、中学、高校と自分しかない能力に不安と恐怖それから普通の人達との感じ方の違いからくる疎外感。そんなものに悩み続けた孤独な日々。他人との関わりを出来る限り避け、ぼっちを貫いて来た事の馬鹿らしさを今は痛感してしまう。


 今は誰かと通じ合える嬉しさを感じ、僕の顔にもつい笑みが浮かんでしまう。その時、彼と目が合った。人懐ひとなつっこそうな彼の顔を見て僕は少し犬達の気持ちが分かった気がした。


「すみません、写真撮ってもらえませんか?」


「いいっすよ。これ押せばいいだけかな。」


 携帯のカメラを構える彼の周りには遊んで欲しい犬達がまだあふれ返っている。その光景に僕も今日子さんも笑顔になってしまう。

 二人の笑顔が写るいい写真が撮れた。


「守野ーっ、そろそろ行くよー!」


「写真ありがとう、彼女さん呼んでるよ。」


「「彼女じゃないです!!」」


 見事にハモった。自分で言っておきながら彼女の方はちょっとだけ不機嫌そうに見える。


 彼らは職場の同僚で、3ヶ月前この動物園に預ける事になってしまった犬の【ポチ助】の現状を確認しに来たのだそうだ。

 ポチ助は彼らの会社の前に捨てられていた子犬で、保護した波多野さんのアパートでは飼う事が出来ず社内で里親になってくれる人を探したらしい。


「そこで手を上げたのがこいつって訳。」


 広い庭もあるし犬好きであった彼が引き取る事になったのだが、そこで意外な事実が発覚したのだ。


「すまん波多野。まさか母ちゃんが犬アレルギーだったなんて思いもしなかったんだ。」


「仕方ないよ。ウチだってペット可のアパートだけど猫のスノーだけで手一杯だもん。」


 困った二人はいろいろ調べた結果、この動物園で預りと縁組みを行っている事を知り、ここに預ける事にしたのだ。

 だが、心配性な彼が毎月のように引き取り手が決まったか確認しに来ているのだという。


「アイツすげー寂しがり屋なんだよ。かまって欲しい時、『フォーン』 って変な鳴き方するし。だからアイツにちゃんと引き取り手が見つかるまでオレが責任を持って会いに来てやらないとさ!」


『こいつホントに 馬鹿でしょ。』と言いながら笑顔で背中をバシバシ叩く彼女の表情は凄く優しげだ。


「ってーな。てか、おまえ勝手に付いてきた上に言いたい放題でひでーな。」


「でも、そこがあんたのいい所でもあるし、悪い所でもあるんだから仕方ないでしょ。さっ、そろそろ行くよ!」


 彼はこちらにペコリと軽く頭を下げると彼女を追って歩きだした。口は悪いが仲の良さそうな二人だった。今日子さんは二人を見送りながらポツリとつぶやいた。


「なんか、あーゆうのもちょっと良いね。」


「うっ……、今日子さんもたくさん言いたい事あります……よね?」


 口にしてから気が付いたのだが、思い当たる事が多過ぎて言葉に詰まってしまう。だが、『うん、たくさんあるよ。』と言った彼女は、僕を軽く抱き締めると耳元でこうささやいた。


「でも、今日は楽しいから全部忘れちゃった。」


 彼女の優しい香りが僕を落ち着かせ、幸せな気分にする。いつもありがとう……。この時の僕は何の保証もないのに、こんな幸せな時間がずっと続くと思っていた。




 守野と波多野の二人は保護した動物の管理や縁組み等を行う施設【アドプテイションセンター】の受け付けに来ていた。


「お尋ねのポチ助くんは先日、里親様に引き取られました。里親様については個人情報保護の観点からお伝えすることは出来ません。申し訳ありません。」


 受付の女性はまるでカンペでも読むように淡々と現状を説明した。


「良かったじゃない、守野。」


 彼女はああ言ってるが何かしっくりこない気がしている。何の当てにもならないただの俺の勘なのだが、どこかでポチ助が呼んでいる様な気がするのだ。


「すまん、波多野。ちょっとどこかで暇をつぶしててくれ。」


 言うが早いか守野は建物の様子をうかがいながら裏手へと回り込む。窓はなく施錠されたドアが一つあるだけだ。


「くそっ、やっぱ開いてないか。」


「守野あんた、何やってんの! 馬鹿なの、ねえ、あんた馬鹿なの!! 不法侵入なんてしたら警察沙汰になるわよ。」


「だってよー、なんかこうモヤモヤするんだよ。ポチ助が呼んでる気がするっていうか……。」


 心配して追って来た波多野の後ろに誰かが立っていた。一人……いや二人だ。漆黒の長い黒髪を携えたとんでもない美人。胸を強調した真っ赤なタイトドレスが彼女のスタイルを際立たせている。

 そしてその後ろにもう一人。40代後半だろうか、オールバックにした白髪混じりの髪の毛を頭の後ろで縛っている白衣を着た男性。度の強いメガネの奥から鋭い目付きでこちらをねめつけている。


「ほう……君、動物の声が聞こえるのかね? 面白い。面白いねぇ。次の素材にいいかも知れんな。ふみな、この二人を研究施設にお連れしなさい。」


「はい……、お父様。」


 返事をするが早いか既に守野の腕を掴んでいる。細身のグラマーな見た目に反して物凄い怪力だ。無理に引き剥がそうとして腕の骨が軋み、守野の顔が苦痛で歪む。


「ちょっと、まっ……離せ! 俺達は何も……。」


 何とか波多野だけでも逃がそうと抵抗した守野だったが、ふみなと呼ばれた黒髪の女は暴れる守野と波多野の二人の後ろを簡単に取ると手刀の一撃で眠らせた。


 ふみなはカードキーで裏口のドアを開けると、白衣の男を先にいかせ、自分は後から人間二人を軽々と抱えて建物の中へと消えていった。




 誰もいなくなったその場所で、その光景の一部始終を見ていた透明な男は深くため息をついて呟いた。


「さて、どうしたものか。先ほどの二人、素性確認の為に少々尾行していたのだが、まさか事件に巻き込まれてしまうとは。」


 こんな時、小森なら『たとえ自分の彼女じゃなくたって、女の子を救うのに躊躇ちゅうちょもなにもないっすよ!』とか言って無駄に首を突っ込んで行くんだろうけど。


 立場上、業務でない事に会社の装備を使うのをためらってしまうのだ。とはいえ、このまま見ぬ振りをして彼らに何かあれば、後悔で胃に穴が開くのは明白だ。


「やれやれ仕方がない、少しだけ様子を見て可能であれば脱出の手助けくらいはしてやるとするか。」


 ふと、樺山の言っていた台詞を思い出し苦笑する。

一ノ瀬あいつと関わるとロクな事がない。もう、勘弁して下さい。』


「まったくだ……。」


 重い腰を上げた透明な男はため息混じりにつぶやくと、正面玄関から堂々と施設内に侵入して行った。





 ーつづくー

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